共に


 凍てつく夜である。

 人々は、しっかりと窓を閉ざし、暖かな暖炉の前で静かに時を待つ。

 あと数刻で今年は終わりを告げる。そしてまた、新たなる一年が幕を開けるのだ。

 ドラバニアでは、新年を家族で祝うのが常だった。クリスマスには恋人や友人と共に過ごす者が多いが、新年には、日頃離れている家族が一堂

に会して、ささやかな宴を催す。

 クレインクレインは一人、不機嫌極まりない表情で部屋にいた。広大な屋敷の一室である。

 「ジナ、寂しがってないといいんだけどね……」

 ソファにだらりと身体を投げ出し、ひとりごつ。

 コツ、コツ。

 扉が二度、規則正しい間隔で叩かれた。幾分控えめなその叩き方は、執事のものだ。それと知るや、彼女の不機嫌さが一層増した。――――

また、父か母の怒りを伝えに来たのかと思ったのだ。

 「なに?」

 扉をできる限り細く開け、クレインは外を覗いた。老いた執事の、苦労が顕著に滲み出た顔が視野に入る。

 「クレインさまにお客様なのですが」

 執事は、小声で言った。

 「私に客?……こんな時間に」

 眉をひそめる。

 彼女は、日頃は実家を離れて一人で暮らしているのだが、新年なので実家に帰ってきていた。そして、険悪とはゆかぬまでも、けして良好とは

言えぬ父親と顔を合わせるのが億劫で、ずっと部屋に閉じこもっていたのである。

 彼女が今、ここに帰ってきていると知っているのは、限られた人物だけだ。

 頭の中で、一通りその顔を思い浮かべてみる。

 「まさか、ジナ?」

 真っ先に浮かんだのは、姪のジナだった。だが、執事はジナの名に必要以上に過敏に反応すると、慌ててかぶりを振った。

 「い、いえ。ジナ様ではございません。その……」

 先をためらう執事の話しぶりに、クレインは客の正体を素早く察した。ああ、と肯いてみせる。

 「言わなくていいよ。誰かは分かった。――――裏口だね?」

 「は、はい。そのう…お会いになられますか?よろしければ、私お断りして……」

 「勝手に決めるんじゃないよ」

 とても大貴族の令嬢とは思えぬ口調で、クレインは執事の言葉を強引に奪い取る。そして、コートを手に取ると、するりと音もなく部屋を滑り出

た。

 「やはり、会いに行かれるので…?」

 クレインはにやりと笑う。

 「ごめんね。そっちは任せたよ」

 「は、はあ…。しかし、もうすぐ新年ですから、なるべく早くお帰りください。また旦那様に見つかれば……」

 「分かってる」

 右から左へと聞き流し、クレインは口先だけで返事をすると、軽やかに階段を下り、そっと裏口へ回った。



 小さな扉を開けて周囲を見回すと、コートをしっかりと着込んで外に出る。

 「寒…」

 雪は、相変わらず空を埋め尽くすように降り続けている。

 肌を突き刺すような寒さに首をすくめ、クレインは裏庭を抜けて門まで走った。背の高い鉄製の門扉の向こう側に、闇に紛れて赤い色が動いた。

男の後姿だ。

 「どうしたの?こんな時間に」

 声をかける。

 男は、顔だけこちらに向けた。燃えるような紅蓮の髪と、冷酷とも言える鋭い視線を持った男である。他の女であれば、その目に射すくめられた

ら怯えに似た感情を抱くかも知れぬ。だが、クレインは違った。この瞳が、男の最大の魅力であると思っている。

 男は薄い笑いを浮かべると、クレインに背を向けて歩き出した。「ついて来い」とも「少し歩こう」とも言わぬ。男のいつもの行動だった。クレインも

当然のごとく後に続く。

 サク、サクと雪を踏みしめる音だけが、やけに大きい。

 「…………なのか」

 男の声が雪に混じってクレインの耳に落ちてきた。二人は足を止める。男はようやく振り返り、彼女と向き合った。

 「大丈夫なのか」

 「何が?」

 「いや…。家を抜けて」

 クレインは、笑って肩をすくめた。妙なところで律儀なのだ。この男は。

 「あんたこそ、いいの?弟や妹に会うのは、久しぶりだって言ってたのに」

 「ああ……」

 男はコートの襟をかき寄せ、ぶるりと身震いをすると、絶え間なく雪を降らす漆黒の空を恨めしそうに見上げた。

 「まったく、よく降るな」

 「いつもの事だよ。これが、ドラバニアの冬さ」

 そう言った後、クレインは口を閉ざす。用件は何だ、とは訊かない。男から切り出すのをじっと待つ。

 人は、それぞれ自分なりの話し方というものを持っている。そして、彼は、そういう自分の流儀を他人よりも重んじる傾向にある。だから、もしも用

件を言うように促したりすれば、掌を返したように機嫌が悪くなる事を、彼女は十分に知っていた。

 だから、待つ。

 「…………」

 空を見上げていた男の琥珀色の瞳は、たっぷりと時間を取った後に、つと滑るように流れてクレインの上に止まった。その時になって、彼女は初

めて男の名を一度も呼んでいなかったことに気づいた。

 「フェデギア」

 火竜の名でもある男の名を呼ぶと、心が熱くなる。クレインは、静かに男の名を呼んだ。

 「何だ」

 呼んだものの、次に何と言おうか、迷う。

 しばし迷った末に、口にしたのは。

 「…………もう、今年も終わりだね。今年は…あんたにとって、いい年だった?」

 そんな、ありきたりの質問だった。

 「さあな」

 フェデギアは、他人事のように即答する。彼らしいその(いら)えに、クレインは思わず苦笑を洩らした。

 彼がこの手の質問にまともに答えるはずがないことは、百も承知だった。だが、あえて問うた。当然のごとく、それには理由がある。

 今年は、ずっと友として関わってきた二人が、恋人という存在に変わった年なのだ。それを彼はどう思っているのだろう?その答えを聞いてみた

かった。

 だが。

 「どうせ、あと数分で終わる。今更今年のことを言っても仕方がない」

 返ってきたのは、淡い期待をあっさりと砕く冷たい反応。

 「……まあ、そうなんだろうけどね」

 フェデギアの口から、期待するような言葉を導き出そうとする方が間違っているのかもしれない。クレインは、内心ため息をついた。



 言葉を切り、しばらく黙って雪を眺めていた二人であったが、やがてクレインは思い出したように口を開いた。

 「ああ、そろそろ帰らないと……」

 自分が抜け出したことが分かれば、父はまた喚きたてて大騒ぎをするだろう。執事にも迷惑がかかってしまう。

 クレインは、フェデギアを見上げた。まだ、用件を言おうとはしない。いや、もしかしたら用件など初めからなかったのか。

 「フェデ……」

 名を呼びかけた。

 その時。

 不意に、街の時計台の鐘が重々しく鳴り響いた。同時に、明かりの灯る家々から、かすかな興奮が外へと洩れ伝わってきた。

 思わず周囲を見回す。ざわざわとした興奮と喜びが、街中のいたるところから湧き出てくるのが分かった。

 年が明けたのだ。

 鐘の音は、雪の合間を縫って大都の隅々まで新たな幕開けを告げていく。そして、きっちりと十二を数えた後、空気を震わせる尾を引いて、少し

ずつ闇に溶けていった。

 「CC」

 鐘の音が鳴り止むと同時に、フェデギアの静かな声がクレインを呼んだ。

 眼が合うと、ほんの少しだけ琥珀色の瞳が細められた。いつもの冷笑ではない。それは、愛しい人にだけ見せる穏やかな眼差しだ。

 クレインの心臓がドキリと大きく波打つ。

 「新しい年になって、一番初めに……お前の顔が見たかった。それだけだ」

 「…………」

 頬がカッと熱くなった。まさか、この男の口から、こんな言葉が聞けようとは。

 クレインの反応に、フェデギアの顔には何とも言えぬ照れたような表情が浮かんだ。

 「そんな顔をしなくてもいいだろう」

 クレインは微笑むと、つと一歩踏み出してフェデギアとの距離を詰めた。そして、手を伸ばしコートに包まれた彼の身体に両手を回す。

 フェデギアの手がクレインの髪に絡みついた雪を落とすと、その頭を己の胸に押しつけた。

 どこかから、子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。

 「今年は、いい年になるといいね」

 頬に温もりと鼓動を感じながらつぶやいたクレインの耳に、ふわりと息がかかった。

 「今年()、だ」

 クレインは笑った。笑いながら、心の中で祈る。



 ――――そう。今年も、幸福な年になりますように。






mayu-geさんよりいただきました年始挨拶フェデクレSSー!!
ああもう私を悶え転げさす気ですかー!転げ回ってやろうじゃないかー!
言われて恥かしくなってしまう台詞も兄さんなら許せるよ!むしろ言ってくれ!
そしてあの姐御なクレイン叔母さんをおおいに照れさせてくれ!
言ったあとで叔母さんの反応みて照れる兄さんがまたいいですな。うふり。
年始めからいい物をありがとうございました!