アンクロワイヤー&ロゼ




静かに降り積もる雪の如く。
少しずつ、少しずつ積み上げられ創ってゆく、種族の絆。
儚いものかもしれないけれど。
それでも信じられる人がいる。
その暖かな手と真っ直ぐで不器用な心。
何よりも、信じられる人。


タカノ様から戴いた寒中見舞いアンクロゼ。今回も小噺つきです!イエア!!

ああもう大好きですタカノさん。共にこれからもアンクロゼスキーでいきましょう。

なんというかこう、静かで幻想的なイメージがあります。タカノさん。

でも根はしっかりしていて、読みごたえがあるというか。

とにかくもう、この熟年夫婦みたいな二人が凄いいいです。

表はあっさりさっぱり。でもつかず離れずで実はらぶらぶ。

そんなまさに『パートナー』とも言うべき関係が大好きだー!!!

本当に有難うございます!てなわけで、小噺【降雪】をどうぞ。





 
-----------------『降雪』-----------------


 雪が、降っていた。
 静かに、地上を覆い尽くすように、雪が。




 ロゼ殿、という言葉に、半魔の少女は振り向いた。ひとに頼まれ自分を探しに来たのであろう、ベランダの窓を開けて立つアンクロワイヤーの姿にロゼは苦笑した。
 「冷えます。」
 自分の苦笑に幾分気を害したのか、やや憮然とした口調で自分に肩掛けを手渡した。
有難う。と応えながらまた少し、苦笑を浮かべる。
 「今回は誰に頼まれたの?」
 そう問い掛けると、エティエル殿より頼まれました。と、先程と同じ抑揚の応えに、ロゼはくすくすと笑い声を上げる。そんなにも、面白いですか。という彼の言葉に、違うの、御免なさい、悪い意味じゃないのよ……。と、それでもまだ口元から溢れてくる笑みを手で覆いながらロゼは軽く手を振った。
 「あなた、律儀なんですもの……。」

 本当に、驚くほど彼は律儀な人間だった。当初互いに敵同士として戦場として会った折の男の第一印象としては「石頭」とか「規律魔」とかそんなイメージを覚えたものだったのだが、男の勢力が降伏し、自分たちと共に戦うようになってこうして話をするようになると、男が盲目的に規律を重じているというわけでもなく、ただ単に、真面目なひとなのだなという好意的な印象に変わった。
 そうした反面、果たして完全に信用しても良いのかという声も身近にあった。男は強く、人間からの信も厚い。そうした人間にあまり力を与えすぎるのは不安だと言うのである。
それももっともな意見だと思ったが、人と魔族の社会を創りたいと言った時に協力しようと頷いた、男の目を信じることにロゼはした。もとより、「魔族」というだけで集まった、いわばならずものの自分たちだ。
互いを信用しあわねば、先へと進むことは出来なかった。そして、戦を進めるうちに魔族も人間も、種族が違うというだけで、大差が無いのだということに気がついた。
 ――ならば、信じる相手に「人間」という種族が加わった。ただ、それだけの事だとロゼは思った。

 「……律儀、ですか……。」
 「悪い意味じゃないのよ。頼まれるだけ、人に信じられているという事だわ。」
 そんな自分の言葉をどう受け取ったのか。はぁ。とだけ応えた。体よく扱われているだけだとでも思ったのかも知れないな、と思い、ロゼは少し困ったように笑みを浮かべた。
 「そう、それと、会議の場でも無いのだから敬語を遣わなくても良いと言っているでしょう?イフやバイアードなんか、会議の場でさえも遣わないのよ。無理にとは言わないけれど、仲間なのだから、呼び捨てをしてくれて構わないわ。」
 そう言うロゼの言葉に、若干戸惑うような視線をこちらに向けた。普段、イフやミュールに、敬語を遣ったりはしないでしょう?と肩をすくめながらの言葉に、やや、目をぱちくりとさせて、理解したようにああ、と一つ頷く。

 「――雪を、見ていたのか?」
 「――ええ――。」
 進軍の妨げになるな。という彼の言葉に、え?とロゼは振り向き思わず顔を見た。見つめられたアンクロワイヤーはと言うと、予想の外れたのにこちらもやや驚いたのか、違うのか?と問い返した。
 「――違うわ。御免なさい。そうね、国王なんですもの、進軍だとか、民のことを第一に考えるべきだったわね。 ――昔のことを、思い出していたの。」
 「昔?」
 「そう。軍を立ち上げる前。――妹と、二人で暮らしていた時のことよ――。」

 おねえちゃん、と自分を呼ぶ声。子供特有の暖かな体温。寒い日には人肌も恋しくなるのか、もう一人で眠れる筈なのに、枕を手にして自分のベッドへともぐり込んで来た、あの日。
おねえちゃん、暖かい。という言葉に、エミリアが暖かいのよ。と、くすくす笑いながら齢離れた妹を、抱き締めた。
 朝は妹より早く目を覚ますと暖炉に火をいれ、朝食の準備に取り掛かる。ことことと鍋が音を立てる頃に妹は起き出し、寝癖の立った頭をくしゃりと撫ぜて、顔を洗っていらっしゃいと笑みを浮かべる。
 しあわせが、そこにあった。

 「王としては、雪が好きだというのは良いことではないのかも知れないけれど、私、雪が好きなの。 妹が、好きだったせいかもしれないわね。」

 風邪をひいちゃうわ。という自分の言葉にも躊躇わず、手袋をした少女は降り積もる雪を掴まえようと高く空に手を伸ばす。
大丈夫だよ。と満面の笑みで応えながら、兎のように飛び跳ねる。積雪に残る、小さな足跡。

 「寒いから、だからなのかも知れない。ひとの暖かさを求め、それをより一層感じてくるの。」  アンクロワイヤーの返事は無かったが、別段それを気にしなかった。もとより、言葉を求めての話ではなかった。
ただ、話したくなった。それだけのことだ。
 「――御免なさい。寒いのに、こんな事。エティが呼んでいるのよね。行きましょう。」

 そう、踵をかえし扉へ寄ろうとした瞬間。
 肩を、掴まれた。

 「!?」
 「……大丈夫だ。」
 え。と呟く。両の手を肩に乗せて、再度、アンクロワイヤーは大丈夫だ。と声を発した。
 「もう二度と、あのような惨劇は起こさない。起こさせたりなど……しない。悲しみを生み出したりなど、しない。人としての誇りにかけて、尽力する。誓ってもいい。」
 しっかりと、その双眸に見据えられて。肩を掴まれて。するりとその腕から逃げ出すことも、目から逃れることも、言葉を誤魔化すことさえも出来ず、絡め取られたかのようにロゼはアンクロワイヤーを見つめ返していた。
 一体、誰から妹のことを聞いたのかと思ったが、そういえば自分はアシュレイの他にも、信の置ける仲間たち――バイアードや、エティといった者たちには話をしたことがあった。彼等は自分の事情を知っている。
どういういきさつでその事情がこの男の耳に入ったのかは知らないが、恐らくは彼と同じヒトの行った者のこととして話をしたのだろう。
そうでなければ、彼がこうも己の事のように、辛そうにすることはあるまい。だとすれば、言ったのはアシュレイかも知れない。
ふと、暗がりでこの男を追い詰める半身の姿が、脳裡に浮かんだ。

 「信じては……くれないか。」
 長い沈黙を否定と取ったのか、諦めるように肩からそっと外した手を、今度はロゼがそれを掴んだ。 掴み、握る。逃さぬように、離れぬように。
 「……信じるわ。だって、一緒に創って行くんですもの。ヒトと、魔族と……皆が住まう未来を。
 皆が、生きる未来を……。
 ――有難う。」
 万感の思いを込め、そっと掴んだ手を握り締める。握った手は暖かく、思わず、胸の奥から込み上げてくるような熱いものがあった。

 このままでは冷える、戻ろう。と言う言葉に頷き、ロゼは身を覆う肩掛けを抱き締めるようにして部屋の中へと入っていた。部屋の中は、暖かかった。
きぃ、と音を立ててアンクロワイヤーが窓を閉める。振り向くと、まだ静かに雪が降り積もっていた。



 雪が、降っていた。
 静かに、地上を覆い尽くすように、雪が。




END



ブラウザの『戻る』でおもどりを。