彼女が望むもの





 ♪ぴんぽんぱんぽーん♪(あがり気味)

 この御話は、魔王軍サイドです。
 そしてもってルネージュ女王、リトル・スノーを仲間にしております。
 まぁぶっちゃけ早い話、邪雪なんです。
 それと少々邪兄さんがキャラ違いますが大目にみてください。
 どっちにしろスノー馬鹿ってことで。

 ♪ぴんぽんぱんぽーん♪(下がり気味)






 「ジャドウ様?どうなされましたか」

 ザラックがジャドウに資料を届けに執務室へはいると、その部屋の主は腕組みをしながら妙に難しい顔をして悩んでいるようだった。

 「…ザラックか」

 しかしすぐまた考え事に没頭する。

 「貴方がそれほどまでに悩むなんて珍しいですね。いったい何事を思案なさっておられるのですか?私で良ければ微力ながら御手伝いいたしますが」

 この君主は人にかまわれるのを嫌うので、基本的に用がない時は仕事以外は口出しはしない。
 だが、あまりにも真剣に考えこんでいる姿が珍しかったため、興味をもってたずねてみた。これで断られれば、引きあげようと思いながら。

 「いや…。………ふむ、そうだな。お前の方が存外あいつの思う処が少しはわかるやもしれんか………」

 断ろうと思って口をひらきかけたが、不意にまた考え直したのか、ぶつぶつとジャドウは呟いた。その内容にザラックは内心首をかしげる。

 「ザラック」

 「はい」

 「女が貰って嬉しい物はなんだ?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 単刀直入な質問に、ザラックはらしくなく、呆気にとられた。そうして、勘の鋭さからすぐに状況を把握した。

 「………リトル・スノー様の事ですか」

 「………。」

 何ヶ月か前にジャドウは己の配下にかつてのルネージュ女王、リトル・スノーを加えた。
 とはいえ、その扱いは部下ではなく、彼の側にいるべき者として、酷く大事に、そして厳重においていた。四魔将の面々は、己の君主と女王の関係を知っているため、その処置になんら異を唱えない。尤も、その女王自身が特別扱いをされる事を嫌っていたのだが、君主は問答無用だった。

 黙っている処を見ると当たりらしい。
 更に畳み掛ける。

 「そう言えば確かスノー様の誕生日が明日ですね。誕生日というと我々魔族にとってはあまり馴染みない習慣ですが人間達はその日を、豪華な食事や菓子、そしてプレゼントなどで祝うようで」

 寿命のおそろしく長い魔族にとって、己の生まれた日を正確に把握している者は少ない。まだ年若い者ならばともかく、それが長く生きた者になると尚更だ。ザラック自身、自分がいつ生まれたのかなどという事は覚えておらず、また興味もなかった。

 「失礼ながらあまりにも意外ですが………スノー様に差し上げるプレゼントの事を御考えで?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・そうだ。」

 物凄く不機嫌そうな表情を浮かべながら、ジャドウはそれでもえらそうに振舞いながら答えた。

 「私は例え大事にされておられる方相手でも、あなたがそのような事でお悩みになるとは思いもよりませんでした。………そう言えば貴方の御父上のジャネス様も奥方様の誕生日には贈り物をしておられましたね。そうして奥方様も。………まぁ、この場合貴方とジャネス様を比べるのは些か性格的に違い過ぎるため、失礼ですかね」

 「………そう言う時点で十分に腹立たしいのだが」

 「これは失礼を。さて、ご質問の方ですが、貴方らしからぬ行動とはいえ、御手伝いすると言った手前、一つ怖れながらも提示いたしましょうか」

 「………貴様、わざと回りくどく慇懃無礼な事を言うな」

 「ははは、気のせいでございますよ」

 さらりと笑ってジャドウのびしばしと伝わってくる怒気を受け流す。
 実際、内心物凄く楽しんでいるようだが。

 「………そうですね、やはりまずはオーソドックスではありますが、花などはいかがでしょうか?あの方も花を愛でるのはお好きですし」

 「以前やった。」

 何年か前に、彼女と同じ名を持つ花をやった事があった。

 「おや………それでは、お二人とももう良い関係なのですし、指輪などの装飾品などはどうでしょう」

 「それも前にやった。それにあいつはそういう貴金属にはあまり興味をしめさんしな」

 1度別れる少し前の彼女の誕生日に、自分が母親からもらった銀色の指輪を贈った。彼女は事の他喜んでくれて、自分も表に出す事はしなかったが、確かに嬉しかった。
 そうして確かに、彼女は高価で豪華な貴金属にはほとんど興味を示さない。それを身につけるとすると、どちらかと言えば小さく可愛らしいものを好んだ。

 「ふむ、そうですか。ならば………少々幼いやもしれませんが、おいしいお菓子などどうでしょう。彼女は紅茶がお好きですし、女性は得てして甘いものを好みますし。あとは………服と言うのもありますね。やはりどんな方でも己を綺麗に見せたいものですし、それを着て二人で逢瀬などと言うのも宜しいかと」

 随分と女性に詳しいものだがこの際それはおいといて。

 「今更そんな物。何度もやっているわ」

 そうである。
 綺麗な服など何着もおくったし、菓子と言わず、美味い食事をいつも彼女に届けさせている。
 そうしてやはり、やんわりと、しかしはっきりと、彼女は自分が必要とするごくごく最小限のものだけを丁重に受け取るだけでほとんど拒否していた。

 だから悩んでいる。

 花や指輪をおくった時、彼女は本当に嬉しそうだった。
 今おもえば、花など自然に咲いていたものだったし、指輪は母の形見とはいえ、素っ気無いほどシンプルなデザインだ。そこらの女性ならば、あれほどまでに満足しないだろう。
 つまるところ、彼女は、ただ単に金をかけただけの豪華な物など喜びはしない。
 そういった、外見だけでははかりえぬ、慎ましやかで毅然とした、豪華な華やかさではない、凛としどこか儚げな美しさと強さを彼は好んでいた。

 普段ならこんな、『相手が喜んでくれること』など考えもしないのだが。
 例えどんなに大切な女性であろうとも、世間一般的と見られるような『優しさ』など垣間見せない。過去に色々あったおかげで不遜で尊大で、捻くれ曲がった愛情表現が主だ。
 とはいえそれでも、彼女を一方的に傷つけることは(あまり)しない。

 ところが、今回にかぎって何となく、彼女にしてやりたくなったらしい。
 純粋に、彼女が喜ぶ処を見るのは好きなのだから。

 「………意外にマメなんですね。ジャドウ様」

 「やかましい」

 ザラックのツッコミにジャドウは即座に切り返した。

 「それにしてもはてさて………困りましたね。提示してみましたが、確かにあの方は世の女性が好むところの高価な物には興味がないようですし………それよりも貴方といる方が………、………そうだ」

 そこまでいって、ふと、何かに気がついたようにザラックが一声あげた。

 「なんだ、いったい」

 一息つくための茶を飲もうと口をつける。






 「ならばいっそ、ジャドウ様ご自身を贈ってみてはいかがでしょう」








 それは見事にジャドウは思いきり吹き出した。飲む寸前だった茶はカップから勢いよくこぼれだし、腕や机を汚した。

 「………いきなり何を言い出す!!」

 カップを片手に持ちながら、ダン!と拳で机を叩いた。しかしザラックはあっけらかんと言葉を続ける。

 「あの方は物質的なものより、貴方と一緒にいる事の方を好むでしょう。ならば、いっそ貴方自身をおくってみてはと思ったのですよ。貴方も、彼女自身を貰ったら嬉しいでしょう?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 人は誰かにあげたり貰ったりするものではないのだが、この場合、御互いが好きあっているので伏せておく。
 何よりザラックの言う事はジャドウにとってもっともだった。
 ジャドウはカップをおき、汚れた手を拭くと、暫し思案の態勢にはいった。その間にザラックは使用人を呼んで汚れたテーブルの始末とカップを片付けさせた。

 「…よし。ザラック、手伝え」

 何かを決めたらしく、ジャドウはたちあがった。

 「御意」

 ザラックはそれに短く答えて、主の後をおった。






 そうして次の日。

 リトル・スノーにあてがわれた部屋の方から、巨大な魔力が集結したかと思うと、城全体が揺れるほどの振動と轟音が鳴り響いたのだった。

 「おいザラック、今女王様んとこから凄い音がしたが、何があったんだ?」

 「さぁ。私は知らぬよ」

 同僚のゴルベリアスの質問に、ザラックはさらりと答えた。
 続いてそのあと、その方角からバイアード13世の主の名を叫ぶ声がしてきたと言う。











 「………まったく、何を考えていたんですか、貴方は」

 見事に眺めがいいほど崩壊した己の部屋を後にして、話題の中心人物であったリトル・スノーは手に魔力をこめながら、半ば怒っているような、呆れたため息をついた。
 スノーの回復の魔法を受けながら、ジャドウは憮然として座っている。
 二人がいるのは、轟音に慌てて駆けつけたバイアード13世が用意した部屋だった。

 「私の誕生日を祝って下さるのは嬉しいですが、あんな贈り物はいりません。」

 「………。」

 きっぱりと言われたので、尚更ジャドウはぶすりと不機嫌になる。

 誕生日の当日、不意にスノーの部屋に現れた何故か珍しく正装したジャドウは、突然、『お前に俺をやろう』などと言いだしたのだ。その発言にきょとんと、状況を把握できないでいるスノーを抱き上げたかと思うと、そのままなんと寝室へ直行。事におよぼうとした訳である。
 当然、こんな日の高い昼間から、いきなりそんな行為に出ればスノーが怒らないはずはなく。



 思いきり『ラ・デルフェス』をブッぱなしたのだった。



 さしものジャドウでも聖属性の最強技に属する彼女の必殺技を受ければただではすまない。
 というか、彼女の性格を把握している割には、結局男性と女性の違いと言うか力技で行くあたり詰めが甘い。
 駆けつけたバイアード13世は、何となく見ただけで状況を把握し、慢性的になりつつある頭痛と胃痛をかかえながらも、瀕死のジャドウを引きずり出し、スノーを安全な場所へ連れて行ったのだった。

 「………お前は、俺と共にいるのは嫌いではないだろう?」

 大分回復したジャドウは、不意にそのスノーの細い腕を掴む。

 「………なんですか、いきなり」

 「こたえろ」

 追求されて、スノーは少し黙る。

 「………嫌いでしたら、とっくの昔にこの城を出ています」

 「………そうでなくとも俺を拒んだ事もあるだろう」

 過去の、彼の申し出を彼女ははっきりと拒んだ。
 決して彼の事を嫌った訳ではないが、進む道があまりにも違った。どんなに思っていても、一緒にいる事はできぬと判断し、彼女は袂を別ったのだ。

 「あれは………。………今でも正直、悩んでいますけれど………けれど、少なくとも、嫌では………ありません」

 そうして今、彼の元にいるけれど、悩んでいた。自分はどうしたいのか、どうする事が一番よいのか。まだそれは闇の中にあるようで、不確かだったが、それでも彼の側にいる事がよいのではないかと考えたのだ。
 あの時とは違う状況。それが別の道を指し示しつつあるようだった。

 「だったら何故拒む。俺をやると言うのだから、ともにいるのが当然だろう」

 「………そう、かもしれませんけど………でも、少なくとも今私はそんな事を望んではいません」

 ジャドウの言わんとしている事を理解して、頬を薄っすらと赤くそめながらそれでもはっきりといった。
 すると、何故かジャドウはにやりと笑った。

 「ならば、夜であればいいのか?」

 「ジャドウ!!」

 露骨でないにしろ、匂わせる台詞に更に赤くなった。

 「………私としては、それよりもただ………一緒にいるだけでいいです」

 「それだけか?」

 「はい」

 スノーの返事に、ジャドウは内心つまらないと思う。と。

 「そうだ、ジャドウ、貴方が貴方を私にくださると言うのなら、今日一日、私に付き合ってくださいませんか?」

 「何?」

 良いことを思い付いたように、スノーは少し身を乗り出してジャドウを覗き込む。

 「はい、私のする事に付き合ってください。私にくださるのですから、私の言う事をきいてくださってもよいでしょう?」

 にっこりと微笑まれ、ジャドウは顎に指を添えて少し考える。
 確かにそういったし、彼女に付き合う事は嫌ではない気分なので、別段支障はない。

 「いいだろう。で、何をするんだ?」

 問いかければ、彼女は嬉しそうに笑って、たちあがった。









 「駄目ですよ、ジャドウ。そんなに強くかき混ぜたら硬くなるわ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 多種多様な料理器具と、様々な食材のそろった調理場。
 そこに揃いのエプロンを身につけたスノーとジャドウがいた。

 「スポンジケーキの生地を作る時よりは混ぜますけど、例えクッキーでもそこまで強く混ぜたら駄目です。ほら、せっかく振るった粉もこんなに飛んでしまって」

 見ればジャドウのエプロンは真っ白で、周りの調理台も床にも白い粉が舞い散っていた。
 しかし、何やら混ぜ合わせた物が入ったボウルに木べらを持っている姿ははっきり言って似合わない事この上ない。

 「………なんで俺がこんな事をしなくてはならない」

 「あら、だって私に付き合ってくれるのでしょう?」

 ジャドウの不満をスノーは笑顔でねじ伏せる。

 「久しぶりに自分でお菓子を作ってみたかったんです。それに、せっかくだから貴方と一緒に」

 「………」

 そう言って楽しそうに笑うスノーは密かに久しぶりに見る気がする。いつもはどことなく寂しそうに見えていたから尚更だ。

 「はい、ジャドウ、混ぜたらボウルの生地をこちらにうつして少しのばしてください」

 調理用の紙をひいたのを示されたので、ジャドウは憮然としつつもそこに生地をうつし、言われたとおりにのばした。この世界にラップやビニール袋は存在しないので、これでつつむのだ。

 「これを冷蔵室でやすませて、と」

 「どれくらいだ?」

 「そうですね、15分くらいでしょうか。その間に窯を温めておきましょう」

 そういいながら同時に、綺麗にした調理台の上に粉をふってのばしておく。必要な材料も揃えておく。
 そんなふうに、年相応の女性のようにお菓子作りに勤しむ姿は、思わず不機嫌な顔にも笑みが浮かんでしまうほどに微笑ましかった。
 少し機嫌がよくなったジャドウはそのまま、スノーと共に、生地を麺棒でのばし、型でくりぬいて、用意した砂糖菓子やナッツなどを飾る。

 時々通りかかった使用人や兵士達がその光景を目にするのだが、普段の自分達の君主の姿とはおもえぬほどのその姿を見て、明日は雨になるだのいや吹雪になるだの雹が降るだのどこかの国が攻めてくるだの、果ては天変地異の前触れだのと騒ぎたてたのは無理からぬことである。
 この場合、そういった兵士や使用人を責めてはいけない。
 確かに君主に対してあるまじき発言ではあるが、誰がどうみても絶対に違和感を覚えずにはいれない光景なのだから。










 焼き上がったクッキーをさまし、可愛らしいレースの模様の入ったペーパーをのせた白磁器の皿にもる。縁に淡い緑と赤の塗料で花をあしらった物だ。
 さましている間に調理場の後片付けをすます。

 「はい、ジャドウ」

 ジャドウが汚れたエプロンを投げ捨てるようにはずすと、スノーはクッキーを盛った皿を差し出した。

 「これをもって先に部屋へ戻っていてください。私も少し用意をしたらいきますから」

 訝しげな表情を向けてみたが、スノーは相変わらずにっこりと笑って有無を許さないように見えた。どうせ今日は彼女のいう事を聞くと了解したので、しょうがないと言うため息をついてそれを受けとった。

 ちなみにやはり、あの君主がおいしそうな匂いのするクッキーののった可愛らしい皿をもって歩く姿に、使用人や兵士達は震え上がり卒倒しかけたと言う。




 思えば、いつもの自分らしくない。
 普段ならばもっと、相手が何を言おうがおかまいなしに話術と行動で、逃げないように追い詰めからめとり事を進めているものなのだが。
 それが今日に限っては、何となく彼女のいう事に付き合ってやってもいいという気分だ。
 何故だろうなどとぼんやり思っていると、ノックの音とともにスノーが部屋にはいってきた。

 「お待たせしました」

 そういうスノーの手には、揃いのティーポットとティーカップをのせたトレイがあった。

 「それもお前が入れてきたのか」

 「はい。皆さんがいれてくださるお茶や、作って下さるお菓子はおいしいんですけれど」

 やはりたまには自分で作りたかったのだとつけたした。
 スノーはごく淡い、明るいベージュのテーブルクロスを広げたテーブルの上にそれらを置き、紅茶の用意をする。
 ここに来る前に空気をいっぱいに含んだ、熱い湯を茶葉のはいったティーポットに注ぎこんできたので、もう丁度良いほどに茶葉はポットの中で踊って落ち付いているだろう。茶漉しを用意し、でき上がった紅茶を注ぐと、見事な透明の琥珀色がカップにひろがった。芳しい香りが鼻腔をくすぐって、気分をなごませる。
 楽しそうに、流れるように仕度をするスノーをジャドウは黙って眺めている。
 二つのティーカップに注ぎ終ると、一つをジャドウの方へとおいた。

 「どうぞ」

 席に座り、極上の笑みですすめる。
 ジャドウは紅茶に何もいれない。
 たまに極少量、はちみつを入れる。蜂蜜を入れると濁るのだが、極々少量だし、砂糖を入れるよりもこちらの方が好みらしい。それをスノーが知った時、物凄い意外そうな顔をされた。

 母親が好きな飲み方だったのだ。酷い生活をしていたが、それでもたまに贅沢だと言って薄い紅茶に蜂蜜をいれて一緒に飲んだ。その蜂蜜も決して純度の高い綺麗な飴色のそれではない、ざりざりと固まる前のような濁ったものだ。それでも十分に、うまいといえた。

 スノーは今日はティースプーンに一杯の砂糖を入れるだけのストレートにしたようだった。
 そうして立場から考えるととても質素な、それでも楽しげな午後のお茶会が始まる。
 (自身は気付いていないが、物凄い数の者達を怯えさせた)自分も手伝って作ったクッキーを一つ口に放り込む。ザクザクとした歯応えに香ばしさと甘さが広がった。

 「おいしいですか?」

 「…ああ」

 素っ気無く言ってやれば、またスノーは花が綻ぶように笑う。

 「良かった、久しぶりに作ったからちょっと心配だったんですよね。貴方が手伝ってくれたおかげかしら」

 それはないだろうと自分で心の中でツッコミをいれつつも、ジャドウはスノーのいれてくれた紅茶を飲む。今日は何もいれていないので、抽出された茶葉の旨味と香りそのものが良く味わえる。

 とくに何も、ぺらぺらと喋り続けるわけでなく、静かに、ぽつりぽつりと話をする。
 自分達で作ったクッキーと紅茶を存分に味わいながら。
 今日は雪はふらず、太陽の光をたっぷりとふくんでいるであろう明るい灰色の空が広がっている。
 午後の陽射しが、大きくとった窓から部屋を柔らかく包んでいた。

 とても穏かな時間だ。

 普段からは考えられぬほど、空気がまろく暖かい気がする。
 ゆったりと、ゆっくりと時間が流れていく。
 それだけなのに、酷く嬉しそうな顔を彼女はしていた。

 こんな時間とはほとんど無縁で、興味もなく、むしろ退屈でたまらないと感じるジャドウだが、そこにスノーがいると言うだけで満ちたりる気分がする。そもそも、彼女がいなければそんな時間などが訪れるはずもないであろう。彼自身が必要ないと思っているのだから。

 それでも彼女は、『幸せ』そうに笑っていた。










 「付き合って下さって有難うございます」

 一頻り午後の紅茶を楽しんだ後、スノーがジャドウにいった。

 「俺が付き合うといったのだし、礼を言われる覚えはないぞ。それよりも、こんな事でいいのか?お前は」

 尤もな疑問を投げかけると、スノーは可愛らしく小首を傾けて笑った。

 「はい。十分です。普段だったら絶対みれない貴方もみれましたし」

 「………」

 その台詞にジャドウは渋い顔をする。
 彼女が口元に手をあててくすくすと楽しそうに笑う姿は小鳥の囀りのようだ。
 しかし、その絶対にみれないジャドウを見たせいで医務室が大変な事になっていたりしたのだが、それは今の二人には預かり知らぬ処だった。

 「………お前は変な女だな」

 「あら、今更ですよ」

 ため息とともに言ってやれば、からりと何でも無いふうに言い返された。

 「………いつ、ああいう事ができなくなるのか、わかりませんもの」

 ぽつりと、笑んだ口元のまま、スノーが囁き零すように呟いた。

 「何か言ったか?」

 「いいえ、何も」

 ジャドウの耳に届かなかったそれを掻き消すような微笑み。

 「さぁジャドウ、せっかくですから、夕食も作ってみませんか?」

 「………………………………一緒にか」

 「はい。だって今日一日、付き合って下さるのでしょう?」

 ますます苦虫を噛み潰したように眉間に皺を入れた。
 ここでそんなものはもう無効だと言いながら抱き上げて口をふさいでしまってもいいのが、そうしたら間違いなく、しばらくは触らせてもくれない状況に陥るだろう。今この一時だけを手に入れるのに、後々の長い時を棒に振るのは愚の骨頂である。
 それに、別に急がなくとも、ちゃんとその機会は今日も廻ってくるのだから。

 「………しょうがない」

 「有難うございます」

 雪の女神は、その真白き美しい姿にも似た優しい笑みを、闇の魔王の息子へと振りそそいだ。



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