Happy Happy Birthday2







 「ヒロ、いるかい?」

 戸の向こうから聞こえてきたのはムロマチの軍師の声だった。

 「ああ、どうした?」

 返事をしてやれば、長い赤い髪の青年がはいってきた。そうして、部屋の中にいた背の高い金と黒の髪を持つ男を見止めて笑った。

 「サトーさん、やはりこちらでしたか。シンバが探してましたよ?一緒にあそぼうって」

 「はは、じゃ、もうちょいしたら行くって言っといてくれや」

 「了解しました。そうそうヒロ、手紙がきてたよ」

 あの無邪気な君主の姿を思い出して微笑ましく笑うサトーに、ソルティも笑顔で応えた。そうして、本来の用事であった事をヒロに告げ、もっていた書類の束の上においていた1通の手紙を差し出す。

 「手紙?誰からだ?」

 受けとってみれば、そこには差し出し人の名前はなかった。少し膨らみのある、それでも軽い物だ。

 「それと、荷物………と言うか、こんなのもきてたよ」

 続いて渡されたのは、手の平にのるくらいの小さな箱だった。

 「それじゃ、渡したからね。僕は戻るよ」

 「ああ、すまんな」

 そう言ってソルティは仕事へと戻る。
 小箱と手紙を受け取ったヒロは、いぶかしげな視線でそれらを交互にみやった。

 「こっちの箱にも差し出し人はないな。いったい誰からだ?」

 首をひねって考えてみれば、横から手がのびてきて、それをとりあげた。

 「別段変な仕掛けはねぇみてェだが………あけてみてもいいかい?」

 サトーが問いかければ、ヒロは頷いた。
 ヒロは立場上、色々な恨みを買っていたりする。
 この国に来て一年、君主やその周りのものは結構すんなりと彼女を受けいれたが、一般の兵士やこの国に住む者にとってはそうもいかない。何せ、今まで自分達を苦しめてきた(と思ってる)大魔王の娘だ。簡単に受けいれろと言う方が無理である。
 そのため、頻繁といってもいいほど、いろいろなものが送られてくる。
 大抵は、彼女に対する無記名の抗議文だ。(流石に堂々と名前をかいてくる勇気はないらしい)更にいくと、手紙に鋭い刃がしこまれていたり、贈り物と称して危険物が入っていたりと様々だ。
 そいうものは概ね、最初にそういう物がないかを調べてくれる者がいるので、彼女の手に届くのはほとんど安全な物となる。
 だから、こうして届いたこの手紙と小箱も安全な物となるのだが、念には念を、だ。
 サトーが用心深く手紙の封をきると、そこにはカードが1枚、そして何かの種が入った袋がはいっていた。そのカードをみたサトーは、思わず目を見張り、そして実に嬉しそうに笑い出した。

 「ははっ、なるほど、粋な事をするようになったなぁ」

 「何だ?どうしたんだ、何がかいてあったんだ?」

 笑うサトーに声をかけると、満面の笑顔で、その手紙と種を手渡された。
 うけとったそれに目を通してみれば。そこには。




 『誕生日おめでとう。姫様』





 と、素っ気無くも心がこめられている一文と、サインがはいっていた。
 綺麗で整ったその筆跡には見覚えがある。サインを見ずともすぐに分かった。

 「………ザキフォン!?」

 そうである。すみにかいてあったサインは確かに、あの、大柄な体躯をもつ生真面目な剣士の名前がかいてあったのだ。

 「ほら、こっちも」

 驚いている間に小箱の方も開けたサトーがそれも渡す。小箱の中にもカードが入っており、一緒にはいっていたのは手作りと思しきキーホルダーアクセサリーだった。
 そうしてカードを見てみれば、やはり同じように『Happy birthday』と短い一文が添えてあり、こちらにも懐かしい名前がかいてあった。

 「こっちはチクじゃないか………!」

 小柄な、機械オタクだと言われていた銃使いの軍師の名を上げた。

 「あいつら、無事だったんだなぁ………よかった」

 新生魔王軍が滅ぼされてから4年。彼等と別れてから4年だ。
 ばらばらに別れたあと、身を隠すために一切の連絡も、彼等を探す行動も起こせなかった。何年も共に組んだ信頼できる仲間だった。絶対生きているはずだとは思っていたが、それでも不安はあった。
 思わずもれた声は、本当に嬉しそうだった。

 「ああ………今、どうしているのかは書いていないが、こうして送ってくると言う事は、少なくとも良い状態なのだろうな。………フフ、そうか、元気そうなんだな………」

 心に受けた傷が原因で、滅多に笑わなくなっていたヒロも、サトーの前では感情を表すようになっている。そんな中でも、久しぶりに見た、心からの喜びを示す、穏かな優しい笑みだった。

 「ザキフォンが送ってきたのは多分、なんかの花の種だろうな。春になったらまいてみようぜ」

 「ああ。いったい何が咲くのか………楽しみだな」

 「チクのはきっとあいつが自分で作ったやつだろうな。昔っから器用だったからなぁ」

 「でもたまに失敗もしてたりしたよな」

 「そうそう。一回メイミー嬢ちゃんも危く爆発にまきこまれそうだったとかいってたもんな」

 「………懐かしいな」

 「ああ」

 小さく笑いあいながら、あの時の事を思い出す。

 新生魔王軍を旗挙げした時はまだ、列強諸国からの攻撃も激しくて大変だったけれど、少なくとも楽しかった。種族は違えど、心から信頼できるのだと思える仲間と共にいて、幸せだった。
 思い返せば多分、一番笑えていたのは、あの頃じゃないだろうか。
 幼い頃に腕を切り落とされ、それ以来から心に壁を作ってしまった。無理もない話だが、そんな彼女が確かに笑えていたのはあの頃だ。
 種族の違いなんてまったく気にせず、気さくに、親しげに、でも信頼と敬愛をこめて接してくる彼等。君主と部下の関係ではあったが、どこか対等で、真っ直ぐに向きあってくれる者達だった。
 頑なだった自分に辛抱強く、そうして軽快に、待っていてくれ声をかけてくれた。嘘も虚偽もない。支えあえる仲間だ。

 「………サトー」

 「うん?」

 「………私はお前達と出会えた事に感謝をするよ。………姉様のおかげだな。姉様がお前達を雇ってくれなかったら多分、ずっと知り合えずにいただろうな」

 今は天魔剣を封じるために冥界にとどまる父親を、更に封じる役目を担う姉を思い出す。彼女が、自分のために選んで雇ったのが彼等だ。
 身を守る程に強い者ならばそこら中にいる。だけれど、その中でも彼等を選んだのは、きっと、その心根だったのだろうと、ヒロは思う。大金をだせば、どんな種族でもかまわずに雇われる者もいる。だけれどそれでは、彼女の護衛を任せようなどとは思わないだろう。
 彼女の側にいた自分達が二人ともいなくなる。ヒロはたった一人になる。そのあとも自分の妹が立ち直るくらいまでは、せめて、本当に少しの間だけでもいいから、側で支えてくれるような、信頼できる者を。
 そう考えて彼等を雇ったのだろう。

 「でもよ、姫さん」

 「なんだ?」

 「アンタの姐さんが俺らを雇わなかったとしても、多分、俺等はアンタのとこにいったんじゃないかな」

 え、と顔を上げると、サトーは少し面白げに笑った。

 「もしかしたら他んとこに雇われて敵としてかもしれねェけど。でも多分きっと、それでも俺等はアンタのところにいったとおもうよ。だってよ、前にもいったろ?他んとこで雇われるよか、アンタのとこにいた方が面白そうだしなって」

 「………」

 「大魔王の娘の護衛なんてそうそうなれるもんじゃねぇしな。毎日退屈しないだろうし、実際退屈しなかったしなぁ」

 殊更面白げな口調で身ぶりを加えて言ってみせる。命にかかわった事もあるのに、それすらもなんて事ないように楽しげに言ってみせる。それにヒロは小さく笑いを吹き出した。

 「………前にも思ったが本当に酔狂だな、お前達は」

 「そりゃどうも。でもま、確かに、アンタの姉さんには感謝だな。アンタの姉さんに雇われたおかげで、俺達はずっと早くアンタに会えたわけだし」

 「………うん。そうだな」

 手の平にのる、花の種と小箱の中のアクセサリー。懐かしく浮かぶ顔はあの頃よくみた笑顔だ。

 「また、会えるよな?」

 「………ああ。きっとな」

 ぽつりとこぼせば、優しく頭が撫ぜられた。その感触にくすぐったそうに肩をすくめた。

 「──────よし、残っている仕事をこなしにいくとするか。お前もシンバに呼ばれているのだろう?早く行ってやれ。あいつが騒ぎ出すと五月蝿くてかなわないからな」

 立ちあがり、顔を上げてはっきりとそういう。何かとても、すっきりとしたような凛々しい表情だった。それを見て、サトーはまた嬉しそうに笑みを刻む。

 「それじゃ、いくとしますか」

 「ああ」

 ヒロは、その手の平の物を、大切に、大事そうにしまった。あとで然るべき所に置こうと思いながら、優しげな顔でそれらを一目見てから、ぱたんと引出しをしめた。







 ───────そうして。

 かつての仲間とは再会する。
 相対する立場としての再会だったが、それでも、彼等との繋がりは決して切れてはおらず、なお強いものとなっていた。
 その後、再び別れる事となったが、それでもまた、彼等は再会する。





 わずかな束の間の平和の時に。









 ───────何よりも幸せな、笑顔で。












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