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明るい灰色の空から大地へと、ちらちら、真白な結晶が降り注ぐ。
その真白な世界の中を、くすんだ緑色が駆けて行った。

立ち止まり、空を見上げて塊のような白い息を一つ吐く。
灰色の空から降り来る雪は、渦を巻き、吸い込まれるようだった。

くすんだ緑の髪の少年は、再び駆け出す。
主の元へ。



淡く柔らかな草色の部屋で、青紫色の波が起こる。
大きくとった窓を開け放ち、寒さも気にせず灰色の空を眺めた。

退屈さを固めた吐息が零れて、項垂れるように窓辺に体を預ける。
窓から見える世界は、狭苦しい柱と壁の群れを映し出すだけだった。

青紫の髪の姫君は、再び吐息をつく。
退屈でたまらない。







屋敷の中へ堂々と入っては、人に見つかってしまう。
特に、尊敬しているが鬼のように怖い大老に見つかったりなどすれば、間違いなく雷が落ちる。
少年は身軽に雪の積もった木を登り、屋根を駆け、空を飛ぶ。
目指すは主の部屋。



部屋の中に篭っていては息がつまる。
だから外で遊ぶのだと主張すれば、己が責務を果たしてからだと、山のような勉学を与えられる。
嫌いな物を押し付けられても身に付くはずもなく、一応広げてみたけれど既に放置されている。
外に出たい。







主の部屋がある場所から見て、正面に構える瓦屋根の上に降り立った。
見れば、部屋の窓が開け放たれ、主の姿が見える。
以前はそのすぐ側に、大きな木があったのだが、主が容易く脱走できるとあって、切り倒されてしまった。
尤も木がなくとも、主であれば抜け出せるのだが、それも見こして周囲に見張りが立てられている。
それも淑やかな侍女ではなく、腕に覚えのある侍従ばかり。
何せ主が本気になればそこいらの男など、赤子の手をひねるようなものなのだ。



階下に見える渡り廊下では、楚々と働く女中の他に、屈強な男どもが立ち居並んでいる。
それを忌々しげに睨み付けつつ、さて、どこが手薄かと思考した。
力任せに投げ飛ばし、強行突破を計ってもいいが、それでは大騒ぎになってしまう。
そうなればあの大老が駆け付け、それこそ外で遊ぶどころではなくなるのだ。
大老は頼りになるが、どうにも頑固でいけない。しかし怒ってばかりだというに、八十は近いだろうというに、いまだ髪がふさふさなのはどうしてだろう。
ぼんやりとそんなことを思いつつ、また溜め息をついた。







主は階下を見ていてこちらには気がついていないようだった。
物憂げな表情で、窓の棧にもたれかかっている。
いつも破天荒に明るい姿を見ているので、その姿は珍しくもあり。

改めて、可愛らしいと思うのだ。

そういえば、と思い出す。
初めて出会った時も、あんな風にぼんやりと外を眺めていた。



ちらちら降る真白な雪が窓から入ってきては溶ける。
頬にも注いでその冷たさを感じるが、寒いと身をすくめたりはしない。
外に出たくてたまらないが、仕方が無い、今は待とう。

あの真っ直ぐな、少年が来るまで。

待つのは性にあわないが、騒ぎを起こすより確実だ。
それに、子犬のように駆けて来るあの姿を見るのが、好きだったりもするのだ。







親代わりの里の大人に連れられて、この屋敷にやって来たのは確か六つか七つの頃だ。
なんでもお館様の姫様の遊び相手になってくれという言い付けで、幼い自分はよく理解していなかったが、大変なことだった。
けれども屋敷の中で余所見をしてしまった拍子に大人とはぐれてしまい、半分泣きながらさ迷った。
早く誰でもいいから大人に泣きつけばいいものを、当時の自分はとにかく周りが怖くて、知らない人を見れば逃げ出した。
迷いに迷った挙句、心細くなりながら歩いていると、ふと、見つけたのだ。
離れの部屋で、退屈そうに窓の外を眺める少女を。
ふくふくと愛らしい横顔は、今でなくとも自分の心を引き止めた。
誰だろうと疑問に思っていると、不意に少女がこちらに視線を向け、自分を見つけた。
そして、きょとんと琥珀の眼を見開いて問い掛けてきたのだ。
おぬしは誰じゃ、と。



少年は初めて会った時から大人しくおどおどとしていた。
名前を聞けば真っ赤になってどもり込む。それに苛立ってはっきりしろと怒鳴り付けたらやっと名前を言った。
弱々しく頼りなさそうではあったが、屋敷の中で初めて会った子供でもあった。
だから部屋の中から飛び出して、少年を離れの庭に引き込んで一緒に遊んだ。
すると、見た目と態度に反して意外にも鍛えてあるらしく、自分の要求に少年はついてきた。
大人でも早々に音を上げるというのに、少年は、情けない声を上げつつも最後までつきあった。
身の軽さで言えば、自分を凌ぐほどだった。
聞けば、自分と同じ歳で、親に連れられてここに来たが、はぐれたという。やはり情けない、と思った。
だから一緒に親を探してやれば、何と少年は、自分の父親が、遊び相手が欲しいとねだった自分にと、連れてこさせた子供だと言う。
それ以来、少年は修行の合間に屋敷にやってくるようになった。







あれから幾年月が経ったか。
破天荒な主は、いまだ駆けまわるのが好きだった。
自分を供に。
たまに無理難題過ぎる注文をつきつけてきて困り果てることもあるのだが、結局自分は主の供につく。
自分に向けてくれる、晴れ渡る空のような笑顔を見るのが嬉しくもあり、楽しみでもあるから。
あの万人を引き付けて止まない笑顔を一番の側で見れるのならば、大老の雷が落ちても、本望かな、と笑みを浮かべた。



呼べばいの一番に駆け付けてくる。
真っ直ぐな大地の眼をした子犬のような少年。
大人しくて気弱そうで情けなくてたまに拳や蹴りの二、三発いれたくなる時もあるが、意外に頑丈でしぶとくて強かでもある。
なんやかんや言い付けても、最後まで付き合ってくれるのもあの少年だ。
振り返ればそこにいる。
情けない声で自分を呼ぶ姿を思い出し、くすくすと笑いを零した。














白い世界にまぎれて跳躍する。
主のいる部屋の真上の屋根へ降りると、音も無く近付く。
そっと上から待ち人へと声をかけた。








「姫様」








―了―







大昔に暇博士さんに送ったものです。
鈴&シロ。
主従であり幼馴染であり友達であり。
シロー君は物腰穏やかだけど空恐ろしい男前に育つと思いますよ、姫。