銀の指輪

 「スノー様、おめでとうございます」
 バグバットがその無骨な面手を柔和に綻ばせ、そういった。
 「有難う、バグバット」
 それを受けてスノーも、やんわりとした優しい笑みを浮かべて答える。
 今日は2月2日。
 ルネージュ公国の女王、リトル・スノーの誕生日である。
 女王の誕生日だという事で、この戦時中だというのにルネージュはお祭騒ぎだった。
 普段、戦争だ戦争だとすさんだ毎日だから、たまにはこういった事をしないと気が滅入ってしまうと言う事からだった。国の軍事の上層部も兵士の士気向上にいいだろうと言う事で許可した。
 理由はどうあれ、国民が慕っている女王の生まれた日だ。
 めでたい事なのである。


 「スノー様、本当におめでとうございます。皆もリトル・スノー様のご生誕日を我が事のように喜んで祝っておりますぞ」
 大臣の一人が派手な身振り手振りをつけながらいう。スノーはそれに少し苦笑し、大きく取られた執務室の窓に手を振れて外を見る。
 まだ外には白銀の雪が積もっている。だけれど、家々を繋ぐようにかけられた旗や色とりどりの布がその雪の白さにはえて鮮やかだ。大通りでは寒いのにもかかわらず、芸人達が歌ったり踊ったり楽器を奏でたりと、にぎわっている。普段、雪深いこの国のこの時期はとても静かなのだが、やはり今日は別である。
 冷たい、静謐な風が旗や布をゆらす。全てを洗い流してくれるかのような、そんな綺麗な白銀の風。
 空はまるでこの日を祝福するかのように真っ青に晴れ渡り、鳥が高く高く鳴いている。
 「…去年も祝ってもらったけど、なんだか変な感じですね。ただ、私一人が産まれた日なだけなのに、こんなに大勢の方達に祝ってもらうなんて…」
 「何を仰います、貴方様と言う奇蹟が産まれた日なのですよ。これを祝わずにおれましょうか」
 奇蹟。
 それは大概大げさに聞こえるが、一つの命が生まれるという事は、確かに奇蹟なのだ。
 どんな形を成そうとも、一つの命から産まれ出でる新たな命。何よりも尊いもの。
 スノーはまたくすりと笑う。
 確かに祝ってくれるのは嬉しい。ただちょっと気後れしてしまうのだ。少し前までは考えもつかなかったようなこの状況。だけど今、実際にこうして、大勢の人達から祝福されている。
 嬉しいやら気恥ずかしいやら。
 と。
 「……?」
 後ろで大臣が何やらとくとくと、悦に入りながら何かを話しているが、窓から外の様子をぼんやり見ていたスノーはふと、眼下にある門のところで目をとめた。
 「…スノー様?」
 自分の言葉に反応してくれない女王を怪訝に思ったのか、大臣が声をかける。
 「あ、すみません、ちょっと…ごめんなさい」
 そう言って窓から手を離し、スノーは大臣達をおいて執務室から出ていく。
 「スノー様?何処へいかれるのですか!」
 大臣達の後ろに控えていたバグバットが慌ててそのあとを追っていった。



 「…だから、ちゃんと許可をとってないと駄目なんだって。いくら今日がめでたくても、決まりを破るわけにはいかない」
 門番が半ば困り果てたように言う。目の前には小さな、6歳くらいの少女と、その親と思われる父親がいた。
 「すみません、いいだしたら聞かないもので…ほら、門番さんも駄目だっていってるから、あきらめよう?な?」
 「やー!」
 父親が門番に恐縮しきって謝り、少女に問いかけるが、少女はぶんぶんと大きく首を振って拒否の声をはりあげた。それに父親と門番は御互い顔を見あわせて、思わずため息をついてしまった。
 「ぜったい、スノーさまにあうのー!!!」
 更に、癇癪まじりに大声をあげる。
 「だから、ちゃんと許可をもらわなきゃ駄目なんだ。スノー様はこの国の王女様で、忙しいんだよ。我侭を言ったら駄目だ」
 父親は諭してみようと試みるが、やはり少女は首を横にふる。願いをきいてもらうまで、頑としてそこを動かないつもりらしい。
 「どうしたのですか?」
 そこへ、バグバットを後ろに従えたスノーが小走りに駆け寄ってきた。
 「ス、スノー様?!」
 不意に現れた、長い銀の髪の自分達の国の王の姿をみて、門番と父親は驚愕の声をあげる。
 「スノーさまぁ!」
 少女はぱぁっと喜びに顔を彩らた。
 「どうしたんですか、いったい…?」
 三人の前に立ち止まり、もう一度首を傾げつつ聞いた。
 「え、あ、いや、あの、この子がスノー様に直接あいたいとせがむものでして…」
 「私に?」
 門番の言葉にスノーは少女を見る。
 「も、申し訳ございません、私の娘の我侭でして、すみません」
 父親は一層恐縮して、ぺこぺこと何度も頭をさげる。逆に少女は、目の前に現れたあいたかった人をみて、本当に嬉しそうに目を輝かせている。
 陽光を受け、淡く輝く銀糸の髪。朝日が昇る前の、青紫色の空の瞳。白雪のようなきめ細やかな肌。優しく、暖かな笑顔を形作る顔のつくり。
 本当にその名の通り、まるで雪の精のような人だ。
 「…私にあいたかったの?」
 スノーはしゃがみ込み、少女の視線にあわせて微笑む。その笑みに少女は思わず頬を赤く染める。そして、力いっぱい頷いた。
 「お名前は?」
 「ブランシュ!」
 問いかけに、少女、ブランシュは満面笑顔で、気持ちを嬉しさに昂揚させながら答えた。
 「そう、ブランシュ、いい名前ね」
 「うん!」
 「それでブランシュ、どうして私にあいたかったの?」
 自分の名前をよばれ、更に嬉しそうに笑顔をうかべながら、少女は言う。
 「あ、あのね、あのね、今日、スノーさま、おたんじょう日でしょう?だからね、これ、あげたくて」
 そう言って、ブランシュは抱えていた包みをスノーに見せる。
 薄い白い布にくるまれた、だいたいスノーの両手にちょこんとのるくらいの、背丈は15〜20cmくらいのもの。スノーはその包みをブランシュの手から受けとった。しっかりと手に重みがつたわる物だ。
 「これ、ちょくせつあげたくて、だから、このお兄ちゃんにスノーさまにあわせてって」
 「すみません、門番の方にスノー様に渡してくださるよう頼めばいいといったのですが、どうしてもきかなくて…」
 「いいですよ、そんなに謝らなくても…ブランシュ、有難うね」
 頭を下げる父親に制止の言葉をかけ、娘に礼を言う。娘はそれに頬に両手をあてて、至福の表情をする。嬉しさで顔が紅潮し、笑みで顔がほころぶ。大好きな人に喜んでもらえて、御礼を言ってもらえて、堪らなく嬉しい。
 「あ、あのね、あのね、あけてみて!スノーさま!」
 「いいの?」
 「うん!」
 いわれて、スノーはそんな少女の姿に微笑ましく思いながら、白い包みをあける。
 「…これは…」
 はらりと布を取ると現れたのは、小さな鉢植えだった。何か、職物が生えている。芽が出てそれなりにそだったところのようだ。
 だがそれは、見覚えのある姿。
 去年、あの人が同じようにして手渡してくれた。
 「あのね、それ、スノードロップなの!」
 「スノードロップ…」
 やはり。
 まだ葉と茎だけで、蕾もつけていないが、それは確かにスノードロップであった。
 「スノーさまが大好きなお花だってきいたから、わたし、見つけてきたの!」
 「見つけてきたって…確かにスノードロップは冬の花だけど、時期的にもう少しあとのはずでしょう?」
 まだ雪深い。この花は確か、雪解けの頃に咲く花のはずだ。
 「うん、でもね、いっぱいいっぱいさがしてさがして、さがしてたらみつけたの!でもまだお花、咲いてないから、はちに入れかえたの!こうすれば、いつかちゃんとお花、さくでしょう?」
 そういってまた笑う。
 雪の中を一生懸命探し、やっと見つけた小さな花の苗。手折らず、根ごと土ごと鉢に入れて。
 大好きな人に喜んでもらいたい一心で、その人が大好きだと言う花を。
 「…………」
 スノーは少女の小さな手を片手でそっととる。
 「…ありがとう、ブランシュ。大切にするわね」
 もう一度、微笑んで心からの礼を言葉にした。
 少女はその自分だけに向けられた雪の精の頬笑みに、耳まで真っ赤にして、でも満足そうに深く頷いた。




 「…………」
 さて。
 ジャドウがスノーの部屋にいってみれば、ドアをあけたとたん向かえたのは様々な贈り物の山だった。
 この時期、どこから仕入れたのか色とりどりの花束。豪華な、あるいは繊細な、またはシンプルではあるが上等なものでつくられたドレスの数々。高名な画家が描いたと言われる絵画や、至高の腕をもった職人が作ったと言われる工芸品などなど。
とにかく凄い量の贈り物が所狭しとおかれていた。
 「…何だこれは。」
 奥の方にいた、この部屋の主の姿を見つけて問いかける。
 「あ、ジャドウ、御帰りなさい」
 一緒についていたと思われるメッセージカードを1枚1枚読んでいたらしいスノーが顔をあげて、男をむかえた。
 「…いったいどうしたんだ。これは」
 呆れたように、贈り物の山を見渡す。
 「実はもっとあったんですよ。色々整理して、やっとこれだけになったんです」
 苦笑してスノーは答えた。
 「何だってこんなにあるんだ。何かあったのか?」
 ずかずかと奥へとはって、大きなソファに腰かける。それに彼女はきょとんと目を見張る。
 「ジャドウ、忘れたんですか?」
 「何がだ」
 「…本当に忘れたんですか?」
 「忘れたって、何がだ」
 「…………忘れたんですね」
 問いかけに、眉を顰めて怪訝そうな顔をするジャドウに、スノーは少し憮然とした表情をした。
 「だから、何がだ?」
 「いいです。もう。」
 ぷい。と、拗ねたような声とともにジャドウに背を向ける。
 「おい、何を拗ねている」
 「拗ねてなんていません。」
 訳がわからないといった風に心の中で首をかしげる。
 何があったのだろうともう一度考える。
 今日は…2月の2日?2月2日…。2月…。
 はた。と気がついた。
 ……なるほど。そういうわけか。
 内心呟いて、ジャドウはまた呆れたようにため息をついた。
 「…お前の誕生日か」
 「………………。」
 正解を言い当ててみれば、自分に背を向けていたスノーが、やっぱり少し拗ねたような表情でこちらをみてきた。
 ジャドウにしてみれば誕生日を祝うなど、くだらないの一言である。
 たかだか自分が産まれた日だ。それを何故祝うのかわからない。同時に酷くくだらなく思えてしまうのだ。
 対してスノーは、確かに自分の誕生日をこんなにも大勢の人たちに祝ってもらうのはこっちに来てからだが、それでも自分の元の世界でも昔はよく祝ってもらっていた。それはとても楽しく、嬉しかった。一つ、自分が大きくなったような気がして、嬉しかった。
ここしばらくは、その喜びとも疎遠ではあったが、やはり、祝ってもらえて、嬉しい。
 「…なるほどな。道理で周りが喧しいと思ったわけだ。…しかし何故他人の産まれた日でこんなにも喜べる。くだらん事この上ないな…」
 ふん、と鼻先で笑いとばすかのように腕をくみ、吐き捨てる。
 「…誰でも、親しい方の誕生日ともなれば、嬉しいですよ。その人が、この世界に生をうけた日なのですから。」
 「…………」
 「その人が、その日にうまれてこなかったら、もしかしたら逢えなかったかもしれないでしょう?そんな偶然と奇蹟が、嬉しいんです。例えそこまで考えなくても、その人が産まれた日と言うだけで、嬉しいものなのですよ」
 ただ、産まれてきたと言うだけで。
 その日に、誕生したと言うだけで。
 それだけで、その日はとても嬉しい日になる。
 産まれてきてくれて有難う。
 産んでくれて有難う。
 生をうけた事に祝福を。出会えた事に感謝を。
 とてもとても、大切な日。
 「…………くだらん」
 ジャドウはやはり、短く言い捨てた。スノーはただ、苦笑するしかなかった。
 「…くだらないかもしれませんが…今日くらいは、いいでしょう?」
 自分がこの世界にきて3度目の誕生日だ。あちらの世界とこちらでは時間軸が違うとはいえ、時は同じように廻る。
 「これ、見て下さい」
 そう言って、先ほどブランシュからもらったスノードロップを見せる。
 「小さな女の子からもらったんです。これ。まだこれが咲く時期じゃないのに、沢山探して、とってきてくれたんですよ。去年の貴方と同じように、鉢に入れかえてくれて」
 「……………」
 去年、ジャドウからもらったスノードロップの鉢植えは今もこの部屋にある。もらった鉢植えよりも室内にあるから育ちはよく、花は咲いていないものの、もうすぐ蕾をつけるだろう。
 「寒かったでしょうに、その子、一生懸命探してきてくれて。…嬉しかったです」
 そういってやんわりと微笑んだ。
 「…何だ。何か欲しいのか?」
 先を読んで問いかける。
 「違いますよ。ただ、お祝いしてくれるだけでいいんです。プレゼントはその心を形にしたものですから…ただ、お祝いしてくれるだけで、十分です」
 いつもは冬といえばほとんどが雪雲でおおわれるプラティセルバ。それが、この日はとても晴れやかだ。大きく取った窓からさしこむ、冬の日の清冽な陽射しのもとで、スノーは言う。
 「俺にそれをさせるのか?」
 誰かを祝うなんてやった事がないのではないだろうか。去年の彼女の誕生日の時は丁度仕事で外に出ていたし。
 「いけませんか?」
 小首をかしげて、悪戯っぽく笑う。ジャドウが苦手とする事をあえて問かけてみている。あっさり拒否されるか、それとも憮然として考えこむか。
 「………………………………」
 口元に手をあて、ジャドウは黙る。どうやら後者の方だろうか。
 が、言葉にされたもの想像していたのとは違ったものだった。
 「…お前は今年で何歳だ?」
 「え?歳ですか?…向こうの世界にいた時から数えれば、今日で19歳ですが?」
 「19…」
 繰り返し呟くと、ジャドウは不意に立ちあがった。
 「ジャドウ?」
 「用を思い出した」
 「え?」
 そういうや否や、スノーに背をむけて歩きだす。
 「どうしたんですか、ジャドウ?」
 「今夜には戻る」
 短くそう言い捨てて、ジャドウは部屋を出ていってしまった。残されたのは、スノーとプレゼントの山々。
 「……もう。」
 やっぱり少し拗ねて、スノーは椅子に座り直した。



 冬の日の夜空はいつにも増して冷たく寒く、そして静謐で美しい。
 夜になっても空は晴れ渡り、深い深い、それでも透明感のあるような藍色。それを彩るは金や銀や青白の星に、大きく欠けた白金の月。まるで藍色の水に砂金や宝石をちりばめたような。 
 スノーは自室の窓辺で、その月を見あげていた。
 月光浴。
 この世界の月も、あちらの、自分の世界で見る月と同じで綺麗だ。見ていると心が休まり、静かになっていく。

 きぃ。

 と、ふいにドアがきしんで開く音がした。その音に振り返れば、青みがかった銀髪に、赫い瞳をもつ魔族の青年。
 「…お帰りなさい。ジャドウ」
 昼間、戻ってきたと思ったらさっさとどこかへ行ってしまった己の恋人に声をかける。
 「ああ」
 それにジャドウは一言で答えた。
 「何処へ行ってらしたんですか?」
 「どこでもいいだろう。────それよりスノー」
 「はい?」
 「手をだせ」
 スノーの問いかけには答えずに、ジャドウは逆にいいかえした。きょとんとしながらも、スノーは素直に片手を出す。
 「やる」
 そういって手の平に置かれた、飾りっけも何もない小さな箱。何かを収めるような、箱の身に蓋がついた物だ。
 「私に?」
 「他に誰がいる」
 ふん、と言いながらスノーの隣に当然のように腰掛けた。
 「…別にいいって言ったのに…」
 小さく笑いながら、スノーはその手の平におさまる箱を撫ぜた。
 プレゼント。
 昼間、くだらないとかいっていたのに。
 隣を見れば、ジャドウも月をみあげている。青白い光を受ける青みがかった銀の髪が何だか綺麗だ。
 「開けていいですか?」
 「ああ」
 ぱくん、と音を立てながらそれはあいた。
 「…これは…」
 そこにあったのは、シンプルな銀の指輪。
 特に細かな細工がしてあるわけでもなく、飾りがあるでもなく。
 だけれど、月の光の下、それは綺麗に輝いている。
 「…どうしたんですか、これ…?」
 驚きを隠しきれないように、スノーはジャドウを再び見る。
 「…何でもな」
 その視線の問いかけを予測していたらしく、ジャドウはスノーをちらりと横目で見てから、再び月を見あげ、言葉を続けた。
 「19歳の誕生日に銀の指輪をもらった女は幸せになれるんだそうだ」
 「…え…」
 「お前は今日、19になったんだろう。だから丁度いいと思ってな」
 昼間に歳を聞いたのはそのせいか。
 だがしかし、スノーは答えを得ても、更に尚更驚いていた。
 あのジャドウが、そんな、ジンクスみたいな事を口にするなんて思ってもみなかったからだ。
 「…何を止まっている」
 「あ…や、だって、ジャドウがそんな事いうなんて…」
 信じられない。
 御尤もである。
 本当に驚いているスノーに、何となくジャドウは不機嫌になりつつも、再び口を開く。
 「…それを俺にくれた、………母が教えてくれたんだ」
 「……ジャドウの…御母様…?」
 「そうだ」
 「じゃあ、これ、ジャドウの御母様の指輪なんですか?」
 「ああ、母が19の時にもらったものだそうだ。かなりの骨董品だな」
 そういってにやりと笑う。
 だがスノーは再びその指輪をまじまじと見ていた。
 「…そんな大切な物、戴けませんよ…!」
 顔をあげ、ジャドウを見る。けれどジャドウはその指輪の箱をスノーの手から取り、指輪を取りだして、スノーの手をとった。
 白い左手。
 「俺がもっていてもしょうがないものだ。何せ母自身が誰かにやれと言っていたしな」
 細い薬指。
 「…ジャドウ…」



 思い出す。
 魔力を奪われ、人の世界にうち捨てられたあの頃。
 小さな幼子となった自分をひろってくれた、あの人間の女性。
 自分の子だと、魔族の己を大切に愛おしんでくれた唯一の人。

 『…母さん?それ、どうしたの?』
 彼女が、いつもはつけていない指輪を左の薬指にしていたのに気がついて問いかけた。
 『ああ、これかい?これはねぇ、むかーし、私が19歳の時にもらったんだよ』
 『誰に?』
 子供ながらの率直な質問。だが彼女は相変わらず笑って答えてくれた。
 『私が大好きだった人。』
 『母さんが?』
 『そ。もう死んじゃったけどね…たいしたお金もないくせに、頑張ってこの指輪を買ってくれたんだよ』
 懐かしそうに、愛おしむように、その指輪を見ながら彼女は言う。
 『何でもね、19歳の時に銀の指輪をもらった女性は幸せになれるっていう話があるんだって。だから、どうしても私が19歳の時にこれをあげたかったっていってたねぇ…ふふ、そんなジンクス、あてにならないのにねぇ』
 『ふーん…』
 『でもね、その話は満更嘘でもなかったみたいだね』
 『え?』
 自分の方に少し身を乗り出して、彼女は自分の頭をなでてくれた。
 『だって、お前と出会えたんだもの』
 『……』
 『お前とであえて、私は幸せだよ。ジャドウ』
 『…僕も!僕も母さんと一緒にいれて、幸せだよ!』
 いわれて、嬉しくなって、自分は声をあげていった。そうすると、彼女は少し驚いて、そして満面に笑顔で笑ってくれた。
 『有難う。ジャドウ』
 ぎゅっと、優しく抱き締めてくれる。暖かくて、いい匂い。心地がよかった。
 『あ、そうだ』
 ふと思い付いたように、彼女は自分を離した。そうして、指にはまっていたその銀の指輪をとる。
 『これ、ジャドウにあげる』
 『え?』
 『お前はまだ19じゃないし、男の子だけど、それでも少しはいい事があるかもしれないし。それに、いつかお前に好きな人が出来たら、19歳の誕生日にこれをあげればいい。ね?』
 『いいの?これ、母さんの大好きな人からもらった物でしょ?』
 『だからさ。だから、私が大好きなお前にあげるんだ。そして、お前は、お前が大好きな人にこれをあげな。古くてご利益はないかもしれないけど、でも、少しくらいは、いい事があるだろうさ』
 そう言って、己の小さな手に、その銀の指輪を握らせた。
 『大切にもってておくれよ、ジャドウ。そして、お前の大切な人に渡しておあげ』



 あの人から受け取った銀の指輪。
 そっとその細い指にはめこまれる。サイズはあつらえたようにぴったりだ。
 スノーは指輪のはまった左手の甲を顔の前にさらす。
 鈍く光る銀の指輪。僅かに魔力もこめられているようだった。
 「…有難うございます…」
 胸元に握り締めて、スノーは酷く嬉しそうに、少し泣きそうになりながら微笑んだ。
 「まぁ…そんなジンクスにたよらんでも、いいと思うがな…」
 そう言いながら、ジャドウはスノーの肩を引き寄せる。スノーはさからわない。
 「…貴方がいるから、ですか?」
 くすくすと笑いながら、スノーは己の髪を撫ぜる男の手の感触を味わう。
 「貴方といる方が、大変だと思うんですけど?」
 「………かもしれんな。色々と」
 ジャドウも口元を綻ばせながら、スノーの額に口付ける。
 「……それでも、いいですけどね」
 今は。一緒にいられるだけで。
 その言葉を聞き、満足そうに男は笑んだ口元のまま、娘の柔らかい唇をそっと塞いだ。







 ──────999年、2月2日。
 それは、二人を別つあの時より、少し前の話───────。
 




   ────  了  ────



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あいんさんに、バレンタインのおかえしSS。
補足事項。
ええと。スノーの年齢は999年時点で19歳としてます。つまりヒロと同い年になってんですわー。
事実はどうなでしたっけ…(おい)確か召喚された時17歳だとかどうとか聞いた覚えが。
そしたら999年の時は既に20歳ですねぇ…。
・・・・・・・・・・ごめんなさい(平伏せ)
(いやだって、997年の時はまだスノー、ジャドウの事怖がってたし。998年に19でもういちゃいちゃしてたとしても、そしたらいつあのスノードロップを渡したんだという話になるもんで(汗)…わざわざ設定くっつけなかった方がよかったですかねぇ…)
こ、細かい事はおいといて。(まてやこら)
こんな感じでどうでしょうか。かなーり甘いですが。でもって妙に長いですが。
ともあれ、受けとっていただければ幸いです。
この後どうなったかはご想像におまかせです(´▽`)ノ