葉月の事。−宵闇−





 「おーじうえ!」
 元気の良い声が葉月の夜に聞こえる。
 「叔父上!」
 すぱん!と勢いよく襖をあけはなつ。
 みればそこには自分の父親と酒をかたむける自分の叔父。
 明るい月夜の空のような深い蒼の髪を簡素にうしろでゆった、少し苦行者めいた風貌の男。
 「おぅ、鈴。まだ寝てなかったのか?」
 先に声を上げたのは金と黒の髪を持つ、金の瞳の男。
 「まだ眠くないのじゃ!」
 父親の言葉に、襖をあけはなった少女は憮然と言いかえす。
 夜に変わりはじめる頃の青紫色の空のような長い髪を高くゆいあげた、大きな深い琥珀の瞳が印象的な可愛らしい少女。
 「それよりも叔父上!妾とお話をしよう!」
 たすん、と深い蒼の髪の男の側に正座をして、その着物の袖を両の手で掴んで楽しげに言う。
 「…鈴魚。もう寝なければいかぬ時間だろう?いくら眠くなくとも、睡眠はきちんととらねばな」
 そういって蒼い髪の男は杯をおき、自分よりも二回りも小さい手をとる。
 「大きな手じゃのう〜。父上と同じくらいじゃ。でも父上より細いのう。蓮撃みたくごつごつもしてないし…」
 自分の手を取った大きな手を、何がそんなに楽しいのか、逆に握りかえし、眺めやりながらきゃらきゃらと笑う。
 「鈴、旦那と話がしたいから部屋から抜け出してきたのか?」
 「そうじゃ!」
 元気に満面笑顔で答える。

 初めてであった自分の叔父。
 大きくて物静かで、どこか影をおとした部分がある男。
 自分の母親の、兄。

 せっかくあえたのに、もう夜遅いからと言って夕食をすませた後、すぐさま大老の蓮撃に寝所においやられた。
 幾ら出会った先の墓場からの帰り道や、夕食の時に話が出来たとはいえ、まだまだものたりない。
 いっぱいいっぱい話したい事があるのだ。聞きたい事も山ほどとある。
 だからこっそり抜け出してきたのだ。
 「なら明日でもいいじゃねぇか。旦那はしばらくここにいるんだし…」
 「駄目なのじゃ、今話がしたいと思ったから、今でなければだめなのじゃ!」
 はっきりきっぱりと言ってのけるので、大蛇丸は一瞬、ぽかんとしてからくくっと笑った。いったい誰に似たんだかともらす。
 「間違いなくお前だろう」
 そこへ鋭くツッコミ。
 桜水は鈴魚に手を取られたまま、核心をついた言葉をはいた。すると大蛇丸は不満げに言いかえす。
 「あ。ひでぇな、桜水の旦那。俺ぁこんなに我侭だったかぁ?」
 「わがままとはなんじゃ!父上っ!!」
 指をさされていわれたので、鈴魚は憤然となり、桜水の手を離すと大蛇丸の体をぽかぽかと叩いた。
 「いてぇな鈴。そんなに叩くな、こら」
 「父上がわるいのじゃ!妾のどこがわがままなのじゃ!」
 「蓮撃のいう事きかねぇで城を飛び出すとこ。」
 「ぬぅーーーーっ!」
 自分の事を棚にあげて言ってのける父親に娘はうなる。
 「……よく似ているぞ。」
 微笑ましい父子のじゃれあいを見やりながら桜水がしみじみと呟いた。
 「…本当に、よく似ている…」
 静かに、まるでその言葉を確かめるように呟きながら微笑む。
 「皆してそういうのじゃ。そんなに妾は父上と似ておるのかのう」
 「ああ、お前を見ていると昔のこやつを思い出すよ」
 真剣に悩んだように腕を組みながら言う鈴魚に、桜水はくすくすと笑いながら答えてやった。
 昔の記憶にあるこの弟弟子は本当にきかん坊だった。喧嘩が大好きで負けず嫌いで悪戯もよくやって師匠に怒られていた。

 ─────だが、それ以上に。

 己に正直で、真っ直ぐ生きる男だった。

 何者にも臆さない心。我が道をゆく心。何より誰より、自由な。
 …たまに酷く、そんな弟弟子が、自分はうらやましかった。

 「ならば、母上には似てはおらぬのかのう?」
 「─────────」
 不意の言葉に、はっと顔を上げる。
 母。
 烏の濡れ羽色の髪の。
 「のう、叔父上。妾は母上とは似てはおらぬのか?」
 再びその袖を掴み、鈴魚は桜水をみあげる。
 「母上の事は姿絵でしか見た事がないのじゃが、妾としては母上に似ておるとおもうんじゃ♪」
 姿絵ですらわかる、その端正な面持ち。
 そっと、父の影のようにいるのではっきりとは見えないけれど。
 「……」
 桜水は、だまって顔をうつむける。
 記憶にあるのは里をでるときの自分をみおくる、幼き姿。
 長い烏の濡れ羽色の髪をゆいあげた、おおきな深い深い月のない星空のような藍色の瞳。
 それ以後の姿は、知らない。
 「のう、叔父上?似てはおらぬのか?」
 答えぬ叔父に鈴魚は小首をかしげながら再度聞いた。
 「…鈴」
 「ぬ?」
 父親によばれふりかえる。
 「…旦那は目が見えねぇんだよ」
 「────………!」
 いわれて鈴魚は一時、どういう意味だかを考えた。そうしてその意味を悟った時、はっと桜水をみた。
 「…すまぬな。私としてもお前の姿を見てやりたいのだが…」
 ふ、と、少し困ったように、寂しげに、桜水は笑った。
 「…この盲た目には…なにもうつらぬのだ」
 光のない、ただ虚空を眺めやる瞳。
 何も見えず、目の前にいる姪御の姿すらうつさない。
 けれどその色は確かに己の妹と同じ深い深い藍色。
 「……」
 そんな風に笑う桜水の手を、鈴魚は自分の頬にそっとあてた。
 大きくて、少し細くて、何処かしら苦労を忍ばせる剣客の手。
 暖かい。
 「鈴魚?」
 手の平につたわる、きめ細やかな柔らかな肌。
 さらりとして、ふくよかな頬の感触。
 「…目が見えなくても、さわれば何かわかるじゃろう?」
 「……」
 「目で見ずともさわれば、せめて形だけはわかるはずじゃ。前に蓮撃がいっておったのじゃ。目にうつるものがすべてではないと。みえないのなら、さわってたしかめればいいのじゃ!」
 すこし、蓮撃がいいたかった事と内容が違うのだが。
 幼い鈴魚がそれを理解するにはまだすこし時間が必要なのだが、今はそれは必要なかった。
 「…………」
 確かに、そうなのだ。
 ふれるだけでもわかるものが確かにあるのだ。こんなふうに。
 「妾の顔はこんな感じじゃ。目の色は…この間みせてもらった琥珀と言う石に似ておるとおもうのじゃ。髪はこんなに長いんじゃぞ」
 そういいながら、今度はその豊かな髪を桜水にさわらせる。
 「……」
 そのさわりごこちは、どちらかと言えば大蛇丸のものに近いようだった。記憶に残る己の妹の髪は、もっと細く、さらさらと手の平を流れるようで。
 頭を撫でてやればくすぐったそうに、少し気恥ずかしそうに肩をすくめてするりと逃げた。あまり、人との付き合いが苦手な娘だった。
 「色は…そうさのう…」
 形だけわかっても色合いがどんなものか分からないと、それは朧気ではっきりしない。鈴魚は、んー、と指先を顎につけて上目で考える。そして、
 「おお、そうじゃ、妾の髪の色は少し叔父上のに似ておるぞ!」
 ひらめいたようにぱっと顔を明るく輝かせた。
 「私に?」
 「そうじゃ!叔父上の髪の色をもう少し明るくした感じじゃ♪母上とも父上とも似ておらぬ色だったからふしぎだったのじゃが、そうか、叔父上に似ておったのじゃな!」
 そうとわかって、鈴魚は酷く嬉しそうに、頬を染めて笑った。
 「……」
 そんな嬉そうな鈴魚を見て、大蛇丸もふ、と笑う。
 「私の髪の色と…」
 「そうじゃ♪叔父上に似ているところがあってうれしいのじゃ!」
 どうしてそんなに嬉しいのかわからぬほどに鈴魚は喜んでいた。
 ただそれは、けして不快なものではなかった。
 目に見えぬその幼き姿。
 目にうつらずともわかる、そのカタチ。
 弟弟子と、己の妹の血を受け継ぐ小さな命。
 そうして、自分のこの血すらもその体に秘めた幼子。
 「叔父上は似ていて、嬉しい?」
 否定の言葉など考えぬ無邪気なといかけ。
 その笑顔を曇らせる言葉を誰が吐こうものか。
 桜水はそっと小さく笑う。
 「…ああ」
 多くを語らない短い一言。
 だけれどどんな言葉よりも雄弁に、その思いを告げている。
 その言葉をもらい、鈴魚はまた、無邪気に笑った。
 頬を染めて、その叔父の懐に抱きつきながら。
 



 ────了────




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青志さんに捧ぐ。もらってやってください。
この話は、青志さんちにある「葉月の事。」と言う小説のあとに読まれる事をおすすめします。
もう私、あの話が大好きなんですよ!鈴が滅茶苦茶可愛くて!!何度読んでもあきませんね!
で。
桜水さんの髪の色と、鈴の髪の色は似ているなぁと。
桜水さんの顔アイコンをよーくみてください。髪のてかりが鈴の髪の色に似てませんか!?
にてますよーねー…?(汗)
まぁとりあえず、そんなとこで、両親の髪の色に似ていないのは、叔父の色を受け継いでるからかなーなどと…。
あと、桜水さんの手を鈴がとって、頬に当てるシーンが個人的に好きです。

しかしあれですね。
これで母親が彼女ではないと言われたらどうしましょうか。
…取りあえずドリー夢ってことで。(おい。)