愛しき者よ。 |
「大蛇丸」 その声は、酷く酷く響いたようだった。 小さくどこか生気を欠いたような枯れた声のはずなのに、酷く響いてその男の耳に届いた。 その腕には今年一歳になったばかりの赤ん坊。 「…どうしたぃ。姫様よ」 その声の理由を知っている男。金と黒の髪の、輝く金の瞳をもつ、『元』ムロマチ軍君主。 今は、国を追放されてしまった、身だ。 「・・・・・・」 黙ったまま近づいてくる娘。 はじめて見た時より、少し大人びて見えるのはやはり、大切な者との出会いと、そしてその相手との間に生まれた1つの光によってだろう。伸びはじめた髪が歩く動きに合わせてゆれる。 焦げ茶の髪。赫の、魔族特有の眼球色素。子供を優しく抱くその左手は異形の腕。 「・・・・すまんが、こいつを預かってくれないか」 そういって娘は今はくぅくぅと健やかな寝息を立てている男の子をみせる。 「…なんで。」 誰しもが思う疑問を男も素直にはく。 娘はく、と笑う。 「…預かると言うより、そだててくれ、かな。この場合は」 「だから何で」 再び問いかける。 理由は、わかっているけれど。 「…私は、国をでる」 「・・・・・・・・」 「もう、あそこには、いれない」 「・・・・・・・・」 ぽつり、ぽつりと喋りだす。 「あの男には…。もう、なんの言葉も…とどかないらしい…。お前が、叫んでも。私が、怒鳴っても。…あいつが────……」 ぶるりと体が震えた気がした。 赫い瞳に涙が浮かび潤ませている。まるで水の中の宝石のようだ。 「…だから。もうあんなとこには、いれない」 「・・・・・・・・」 「私はあそこをでる。だから、お前にこいつを、頼みたいんだ」 再度言われ、男はふと意地悪ないいまわしを思いつく。 「…俺にかい?何でだ。俺ぁ、もう国を追放された身だぜ?言ってみりゃ罪人に近しいだろうよ。そんな奴にアンタの大切な息子を預けるってのかい?」 すると娘は疲れたように笑う。 「相変わらずだな。だが、これでも私は物凄く非常に限りなく絶対的に不本意ではあるが」 思わず男が鼻白む。 「…信用してはいるのさ。困った事にな」 「…へぇ。そいつぁ嬉しいねぇ」 口の端だけ吊り上げて笑う。 「それに」 娘は続けていう。 「…何よりも。あいつが信頼していた相手だしな…」 「・・・・・」 その男を追いもとめるような視線。空虚に投げ出しているけれど、確実にどこかにその男の背中を求めている。 「お前とあの女は、あいつが一番信頼していた。そして私も信用している。だから」 だから。 「・・・・・いいのかい。それで」 今更いってどうすると思いつつも。この娘の思いはもう決まっているのに。 「…ああ」 短く答えた。 「…私に育てられるよりも、遥かに幸せだろうさ。私といては絶対に危険にさらされる」 魔王の娘。魔族の女。人間に忌み嫌われ、迫害される。 元々ほとんど相容れることのない種族同士だったけれど、それでもあの戦争の時はともに手をとり、目指すべく理想と想いを共有しあったはずだ。 だのに。 あの時ともに戦ったあの男が世界を再びそんなふうに変えた。 「…それに。」 そして。 「…今の私では多分…こいつを傷つけてしまうだろう」 それは身体的な言葉じゃなくて。 それはきっと心理の言葉。 今の彼女の心では、きっと、己の子でさえ痛みをあたえてしまうだろう。子供は酷く気配に、心に敏感だ。だから。今の彼女の心では、この子の心が傷つく。 「…そうかい」 同じように、短く答えた。 すると、いつの間にそこにいたのか、烏の濡れ羽色の女が立っていて、けれど娘は驚くふうでもなく、己の子供をそっと労わるように手わたした。 「…頼むな」 「…ええ」 子供は抱かれる者が変わったのにゆっくりと目を覚ます。 「・・・・・・・」 こちらを眠たそうな目で見上げる。 深い深い、黒の瞳。どこか、大地の色のまじる。 「…元気でな」 そういって崩れそうな顔で、必死に笑って。その子の頭をなでた。 顔を上げ、金の瞳の男をみる。 「…頼むぞ。私と…あいつの子供だから…」 「・・・・・・・」 そういって娘は想いを振りきるように、後ろ髪をひかれる想いを振り払うように、男達に背を向けた。 「…お姫さんよ」 その背中に、男は声をかける。 「…これから、どうするんだい」 やぼな事を聞くと我ながら思う。 「…さぁな」 また、く、と小さく笑う。 「安心しろ。死ぬなんて事は絶対にしないから」 「・・・・・・・・」 「…あいつが、そう言ったから」 本当は。 今すぐにでも、あいつの側へいきたかった。あの男の側にいきたかった。 金と黒の髪の、優しい大地の色の瞳をもつ。 けれど、あいつは言ったのだ。 ─────生きてくれと。 それは優しく真摯な声とは裏腹に、娘を地上に縛りつける重い鎖となった。 今までと同じように、娘はまた一人、のこされた。 「…だが、お前さんにはまだこいつがいるだろう?」 大地の瞳の男との間に生まれた小さな命。 愛おしくて大切で、本当なら、最後までずっと側にいて守りたかったもの。 「…ああ。けれど、な」 けれど。 「…私にとって。あいつのいない世界は…あまりにも苦し過ぎるんだよ」 だからきっと、自分は愛しい己の子ですら、想いで傷つける。あの男と同じくらいに愛しいけれど、半身をもがれたようなこの身では、きっと優しく抱いてやれない。 それならば。 「…だから。…頼んだぞ」 「・・・・・・・・」 小さなその背中は、痛いほどだった。 「・・・なぁ」 「はい」 男の呼びかけに女が答える。 「…そいつも、忍者に育てるか」 「え?」 にぃ、と屈託なく、不敵に笑う。 「…そうですね。あいつとあの娘の子ですから…きっと強い子に育つでしょう」 「だなぁ。ああ、そうだ。大きくなったら鈴を守ってくれねぇかなぁ。そうすりゃ俺も安心だ」 もうすぐ一歳になる我が子を想いだす。愛らしい娘。 「それはこの子が決める事ですが、多分きっと、己が守るべき相手を見つけたら絶対に守り抜くでしょうね」 娘が愛したあの男の子だ。約束はきっと違えない。 「父親としちゃ、どこぞの馬の骨よりもこいつの方が断然いい」 「あら、ふふ」 少し憤然と言う男に、女は少し驚いて、それから小さく笑った。 気の早い事である。 それから1017年、某月。 シンバ帝国から元ムロマチ軍君主が追放されたのと同じくらいの頃。 魔王の娘が帝国から姿を消した。 その行方は、誰も知らない。 ──── 了 ──── ←小説トップ |
GOCをプレイする前に書いたお話です。 何だかサトーが亡くなってはおりますが、こういうこともありうるだろうなぁ…と。 私はやはりサトーもヒロも仲睦まじくいてほしいのですが。 シロー君の両親は結局誰なのでしょうかね。 (それを気にするより鈴の母親の方が気になるだろうに) サトーはどうしてるのかなぁ…。 01/08/11 |