緋色の少女







─────何故。

 何故、こんな事をするのだろう。
 種族が違うというだけで。まるで自分達を生ある者としてみようともしないその視線。蔑みと嘲笑。罵声と怒号。
 人は、誰かを虐げるとき、ひどく恐ろしく、冷たく醜い眼をする。
 …彼らはそれに気がついているのだろうか。


 「…エミリア…?」
 帰ればそこに、妹が笑顔で待っているはずだった。
 だが。まっていたのは。
 荒らされた部屋の中。ぐったりと横たわる妹の姿。
 ざっと全身から血の気がうせて、ロゼは持っていた荷物を放り出してエミリアにかけより、その小さな体を抱き起こした。
 「エミリア、エミリア!!」
 何度か名を呼ぶ。体中が、熱くもないのに嫌な汗でじとりとなる。胸が締め上げられる恐怖に襲われる。力ないその体。抱き起こした腕に伝わる、命なきものに等しい、全ての重さ。
 「エミリアぁっ!!」
 もう一度叫ぶ。名を呼ぶ。そこで、ひくり、とエミリアの体が動いた。
 「…エミリア、エミリア?!しっかりして!」
 白いその顔を覗きこむ。少女はうっすらと重たい瞼を開けた。それすらも、ひどく苦しい行為のようにふるえている。
 「…ぇ…ちゃん…」
 ほとんど、音のない声だった。吐き出される呼吸と混じった自分を呼ぶ声に、ロゼはぎゅっとエミリアの手を握る。
 「…エミリア…!」
 よかった。まだ意識はある。けれど誰の目に見てもそれは明らかに危険な状態だ。ロゼは少女の体を抱き上げ、立ち上がる。
 「エミリア、頑張って!すぐにお医者様のところに連れていってあげるから…だから、頑張って…!!」
 切に願うように妹に囁く。

 早く。
 急がなければ、このままでは。

 ────だが、少女は何やらいいたげに、口を動かす。しかし、それは言葉にならない。声にならない。それでも。
 「…げて…逃げ…て…おねぇ…ちゃん…」
 「…にげてって…エミリア?!」
 それでも、音のださない喉から、言葉を絞りだすかのように、ようやくそれを言い終えたとき、びくんとエミリアが喉ををのけぞらせる。その急な変化にロゼは青い顔をさらに青くして、声を荒げた。

 ごぽり。

 引きつったように咳き込み、喉の奥から大量の血を吐き出した。べっとりと衣服が赤く染まる。白いその肌に、赤い血が、目が痛いほどに鮮明で。
 エミリアは、眉を顰め、必死にすがるようにロゼの手を握る。

 告げなければ。言わなければ。

 涙を浮かべながら、己の大切な姉に。体を己の血で染めながら。
 「…っはや…く…に…げ…て…!」
 「・・・・・・・・・」
 それでも、少女は音にならない声で言葉をつづる。
 大量の血と、その弱弱しくも必死な声に、ロゼは身動きができない。
 「…に…げ…」
 声が小さくなり、音が消える。
 自分とおなじ赤い色の瞳はその重たい瞼に閉ざされる。
 握り締めていた少女の手から力が抜け落ち、その手からするりと滑り落ち、垂れ下がる。

 かくん、と、首の力さえなくなり、頭をもたげた。

 「…エミリア…?」
 妹の名を呼ぶ。
 だが。
 「・・・・・・・」
 返事は、ない。
 「・・・ねぇ、エミリア、エミリア、エミリア!!」
 強く揺さぶり、覗きこむようにロゼは声を上げる。

 まって。ねぇ、まって。

 何度も何度も呼んでも。
 声はない。
 それが、如実に現実を彼女につきつける。
 「…エミ…リア…」
もう一度、呟く。だが、やはりあのいとおしい声は返ってこない。
 ロゼは目を見開き、その力ない体を懐に抱きしめる。
 「エミリア…」
 返ってこないとわかっているのに。しかし、彼女は名を呼んだ。
 そうして、やはり。
 「・・・・・・」
 強く抱きしめた腕から伝わってくる、確かに失われてゆく体温。
 開かれない瞼。握り返してくれない垂れ下がったままの手。擡げられた頭。
 「…エミリア」
 全てが、いやおうなく。
 「─────エミリア」
 鋭く残酷な現実として。
 何度呟いても、何度呼んでも。声は決して返ってこない。
 愛しいその声で、決して、自分を呼んではくれない。

 もう2度と。

 けして。


 「─────────・・・・・っ!!!」
 全身を裂かれるような痛み。あまりにも惨い、少女の、死。



 「・・・・いやぁあああああああああああああああああっ!!!!!!!」



 大切なものを、彼女は失った。





 「─────貴様!こんなところで何をしている!!」
 「おい、こいつ魔族だ!まだ魔族が残っていやがった!!」
 後ろから、そんな声が上がった。
 低い男の声。それはこちらに対する憎悪と嫌悪に満ちていた。
 「貴様、もしかしてここに住んでいた魔族のガキの姉か何かか?」
 人間達だった。
 ロゼはその問いに答えず、ただ、力ない、幼い妹の体を抱きしめたまま、動こうとはしなかった。
 「かまうこたぁねぇ!魔族は皆殺しだ!!やっちまおうぜ!」
 「そうだ、このまま野放しにしておいたら、何をするか…!!」
 憎しみと、怒号。叩きつけられて。それでもロゼは動かない。
 「おい、泣くこたぁあねぇ。今すぐ妹にあわせてやるからよぉ!!」
 そういって、一人がロゼを表に引きずり出そうと、その肩に手をかける。
 だが。



 「──────────────────!!!」


 ガリッ。

 と奥歯を強く噛み締め鳴らし。


ロゼは鋭く見開いたその赤い瞳をぎぃっと男へと突きささるほどに向ける。
ぎらぎらとその双眸はまるで炎のように鈍く揺らめく。

 赫い、炎。

 憎悪、嫌悪、憤怒。

 その眼光の前にさらされているだけで、男は息ができない錯覚に陥る。ひくりと喉を引きつらせ、怒りと憎しみの嵐を叩きつけられる。
 「え・・・・あ・・・・・?」
 体ががたがたとふるえだした。全身が危険を知らずに感じ取り、汗がふきだしてくる。こんな、少女に。自分達よりもか弱く見える、少女に。
 怖い。恐ろしい。───────恐怖。
 ロゼはエミリアの体をそっと横たえて、ゆっくりと立ちあがった。
 それに人間達はびくりと身をすくませ、あとずさる。
 「・・・・して・・・」
 「・・・・え・・・・?」
 呟かれたその言葉を、うまく聞き取れなかった一人が、つい、声をあげた。
 「・・・・かえして」
 1歩。踏み出した。
 ぱきり、と、荒らされたせいで割れてしまったガラス細工の破片が、ロゼの足の下でさらに砕け散る。
 「あの子を、返して」
 1歩。また1歩。
 殊更ゆっくりと。ロゼは人間達をその赫い瞳で見据えたまま、歩み寄る。
 人間達はあとずさろうとするが、あまりの恐怖に腰が抜け、体が思うように動かなかった。それでも必死に逃げようとするのだが。やはり足は動かなくて、でもその両の手で地面をかきむしりながらも立ちあがろうとする。
 先程までの威圧を秘めた残酷なほどの殺意をもった者達が、今ではみっともなくも地面をはいずっていた。
 我先に逃げようとあがき、もがく人間達。
 「・・・・・・・・・・・・・・・」
 それをロゼはひどく冷たい視線で見下ろしている。
 「…あの子を…エミリアを…」
 ロゼは、ゆっくりと人間達のほうへと近づいて。
 人間達は、迫りくる魔族の少女を、がちがちと歯を鳴らし、土と血に汚れたまま、目を見開いて、見上げる。


 妹の血に濡れた服を纏った、赫い瞳の魔族の少女。

 それは。

 まさに。





 「──────かえしてぇ!!!!」





 その瞬間。

 人間達の意識は、そこで途切れた。








 「…エミリア…」

 こう、と風がなる。
 地面は赤黒く染まり、その両手も赤く染まって。
 だのに残酷なほど、空は青くて。
 頬をつたう涙を、風は止めてはくれなかった。







 愛しい妹の亡骸を、丁重に葬り、大地へと還す。

 娘はその長くのばした美しい髪を、ばっさりと切った。

 身軽な服に着替え、簡素な防具を身に付け、その手には武器をもち。

 そうして娘はこの地をあとにする。





 全てを失った。

 それを奪った者達への復讐を、娘は心に決める。





 それは、優しい娘が復讐の修羅へと堕ちた時。



 それは、この世界が再び、動乱へとかえる時────。









 ────了────






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掲示板にゲリラ的に書いたロゼの話です。
真書2のロゼの表情集と、キャラ設定を読んで思ったことを描いてみました。
ロゼには幸せになってほしいです。
GOCやりおえて、ほのぼのした話が書けるといいなぁ。と思っていたり。

手直ししました。
01/04/09