遠き故郷の人
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「ねぇねぇ緋魅華」 「なぁに?ミュウ」 とある天気の良い日。 今日も今日とて、二人で新しく見つけた店にて食べまくりをし、満腹になり幸せに浸りながら食後の腹やすめを学園近くの公園でしていた時。 「緋魅華のいた里ってどんな所だったの?」 「え?」 手入れされた芝生の上、太陽の光を沢山含んだ自然の絨毯の上に二人で寝転がっている。 ごろんと転がってうつ伏せになると、頬杖をつきながらミュウが問い掛けてきた。 肩口のあたりまで伸びている赤い髪に黄色のカチューシャ。大きな眼は海の色とも空の色とも思える深い青だ。年相応に幼い顔立ちで、現在通っている学園の白と赤と黒を基調とした、少々突飛ではあるが可愛らしいデザインの制服を着ている。 「なんでそんな事聞くの?」 きょとんとしながら、仰向けに寝転がったまま、顔だけをこちらにむけて緋魅華が言う。 長い長い漆黒の艶やかな髪を藤色のリボンで高く結い上げ、リボンと同じ色の藤色の瞳をもっている。ミュウと同じ学園に通っているが、こちらはその学園の、同じく白と赤とそしてこげ茶が基調の体操着をきていた。首にはこれまた長い長い優しい色合いの黄色のマフラー。 「いや、前少し里の話してくれたでしょ?それでなんとなく。」 「うーん、どうっていわれてもねぇ。前にもいったように忍の里で、訓練は凄く厳しいけど、里の人たちは普段は明るくって。辛いことも沢山あったけど、大好きな所よ」 心からそう言うように、笑顔で答える。 「訓練かぁ。そうだよね、緋魅華ってばボクといっこしか違わないのに凄いもんなぁ。特に素早い動きとか気配を殺してモンスターの後ろとったりとか…」 「ま、忍は素早さが命だからね」 「…あんなに食べてるのに何でそんなに素早いんだろう…。いいなぁ〜」 更が山とつまれるほどに食べるのに、出会った頃から全然体型が変わっておらず、さながら獣のようにしなやかだ。かえして自分は、と言えば、祖父に『子豚』と連呼されている。年頃の娘さんとしては重要な問題である。 「食べてる分だけエネルギー消費してるから。あとは幾ら重さがあっても素早い人は素早いのよ。要は人よりも先に動ける脚力かしら。あとは感知力。先手先手を取ることよね」 もっともなことをもっともに緋魅華が言うので、ミュウはぐったりと芝生の上に寝そべる。 「うう…ボク鈍いからなぁ」 「ふふ、でもこういうのは修行すれば磨かれるものだから、そう落ちこまなくてもいいわよ」 同じようにごろんと転がってうつ伏せになり、上半身を片肘で支えて、ぽんぽんとミュウの頭を叩く。 「う〜…。あ、そうだ。それじゃあさ、里の人達ってどんな人がいたの?やっぱりお師匠様とかっていたの?」 「お師匠様?ええ、いたわよ。尤も普段忙しい人だったから、訓練は他の人に習ってたけど…でも、大切なことはあの人に習ったわね」 故郷の里にいるであろう彼の人をおもいだしながら、緋魅華は眼を伏せる。 「どんな人だったの?」 興味深々そうにミュウが身を乗り出してくる。 「そうねぇ…一言で言えば………」 「一言で言えば?」 「『変』ね。」 すぱ。とあっさり凄いことを言い放った。その返答にミュウは暫し呆気にとられる。 「…え?」 ようやく我に帰ってぎこちなく首を傾げると、緋魅華はあっけらかんとしたいつもの口調で言葉を続けた。 「だって、見た目はボーッとしてるしぽやんとしてるし、あの人が仕えてた御館様にいつも振り回されてたし。端から見たらさながら子犬みたいな人だったのよ。もう20代半ばはいってたはずなのに。 だけどいざ仕事となると怖いくらいに変わってね。黙々と任務をこなし冷静沈着冷酷無比。あの人にかかればどんな忍も歯がたたないんじゃないかってほどだったわ」 「へぇ………」 「普段と任務との差が極端すぎるから、二重人格じゃないかっていわれてたわね」 「…それは緋魅華も人の事いえないんじゃ…」 ミュウのさりげないツッコミに緋魅華はさも心外だといわんばかりに眼を見開く。 「私なんかメじゃないわよ。ミュウも先生にあってみたら分かるわ。どれだけ変かってことが!」 ぐっと拳を握り締めて力説をする。というか、己の師匠をそんな変呼ばわりしていいのだろうか。 と。 「あれ、お師匠様じゃなくて、先生って呼んでるんだ」 ふと思い至ってきいてみる。 「ああ、ええ、そうよ。先生が自分は師匠と言えるほどの教えはしていないから呼ばないでくれっていうのよ。それに先生ってばお人好しで面倒見が良くて、他の子供達からも頼られてたし。大人からも信頼されてたしね。まるで学校の先生みたいじゃない?だから」 「なるほど。」 「でもね、そう呼んだら呼んだで先生ってば、『先生』なんてほど偉くもないからやめてくれ〜って、いうのよ。でもすっかり定着しちゃってたから先生の抵抗も無駄だったけどね」 その時の有り様を思い出してか、緋魅華は小さく笑う。 「本当に変な人なのよ。実力は里の中でも群を抜いてるほどなのに、全然威厳も何にもなくて。いつもにこにこ笑っていて優しくて。そういう人って裏で実は…とかっていう人が多そうだけど、でもそんな所なんかこれっぽっちもないの」 同級生にまさにその典型な少女がいたりするが、彼女とはまったく雰囲気が違う。 「自分を卑下している…ってわけでもないと思うんだけど、穏やかで、自分より他人優先なのよ。任務を遂行し己が仕えた主のためにつくすのが忍の一つの顔だから、それはいいんだけど…。誰に対してもそうなのよね。あの人。 実力はあるけどそれを誇示したりもせず優しくて、しかもそれが自然なものだから、逆に尊敬されてるのよ」 「ふーん…なんか凄い人だねぇ」 「そう、凄いのよ。変なのよ」 びしり、と人差し指をたてて、真面目な顔をしてミュウに詰めよって言いきる。その迫力に思わずミュウはわずかに匍匐前進ならぬ匍匐後退をしてしまった。 「あとはどこかずれてるのよね。任務の最中に今日の夕ご飯の心配したりするんだから」 「え」 「私が先生のとこに一時期下宿してた時にね。急な任務がはいって出掛けなきゃいけなかったんだけど、その先で夕ご飯の仕度をしてくるのを忘れたって。 別に他の里に残った大人の人が面倒見てくれたんだけど、帰ってきてから一緒にいった人が話してくれたの。ずっと『夕ご飯の仕度をしてこなかったけれど緋魅華はちゃんとご飯を食べているだろうか』って心配してたって。任務中ずっとよ? そのあと先生、ずっと私に謝りっぱなしで、しばらく豪華な食事が続いたわね…」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 その昔話に、ミュウはまたもや唖然となる。確かに、それは。 「…変、だねぇ」 「でしょう!」 ぼそりともれた呟きに緋魅華が声を上げる。が、真面目な顔から一変して、詰め寄った姿勢から元に戻るとにこりと笑った。 「…でもそんな先生だけど、私、大好きなのよね」 それが実に嬉しそうにしあわせそうなので、ミュウもつられて微笑んだ。 「あ、もしかしてそのマフラーって、その先生から貰ったものだったりして?」 首にまかれた、少し季節はずれな長いマフラー。裾のところは長年つかってきたものだと言う証か、擦り切れてしまっている。 「ピンポン♪あたりよ。私が小さい頃、冬の時にね。寒がっていたらくれたのよ。寒さもしのげるし、修行にもつかえるからねって」 「修行?」 「ほら、聞いたことない?ながーいハチマキとかつけて、その先が地面につかないように走る修行。素早さを上げるためのね。小さい頃は長すぎてずるずる引きずってたのよ。だから多めに首にまいて長さ調節しながら修行したっけ」 たまにそのマフラーの裾を自分でふんでしまったり誰かに踏まれてしまったりで、首絞められて苦しい思いもしたりしたが。今となっては笑って話せる事だ。 「ご飯をきちんと美味しく食べれるようになりなさいって言ったのも先生だし。 前に言ったでしょ?体力付けるために無理にでも食べてたって。でも無理矢理食べてても最初は吐いてばっかりだったの。修行が厳しかったから尚更。 そうしたら先生がご飯作ってくれてね。一緒に食べてくれたの。最初から無理しないで、まずはきちんと残さずに美味しく食べれるようにって。無理矢理食べてたらそのうち食べれるようにはなるだろうけど、ご飯を美味しく感じられなくなるから、そんな事したら人生損してしまうって。 本当、そうよね。ご飯が美味しくなかったら人生の楽しみ半減だわ!」 今現在の緋魅華からすれば、食事を、ただ食物を摂取するためだけの行為としてしまっていたら、とてもとても耐えられない。世の中にはまだまだおいしいものがわんさかとあるだろうし、近場にだって隠れた名品がある。普段食べなれた料理でもちょっとした工夫で様々に味がかわり、更に美味しく食べられる。 そんな美味しい料理を食べる瞬間はまさに幸せだ。 この幸福を、ただの一つの行為としてしまわなくて心底よかったと切に思う。 「確かにそうだよねぇ〜。ご飯が美味しくなかったらがっかりだし。やっぱりご飯が美味しく食べられることって大事だよね!」 同じく食べることが大好きなミュウも然りとばかりに頷いて同意をする。 「先生には感謝だわ。ああ、何だか先生の手料理が食べたくなってきた…先生ってば、料理も得意だったのよね…」 「へぇ〜いいなぁ〜。手料理かぁ、食べてみたい…」 「あ、じゃあ夏休みとか冬休みにでもいいから、私の里に一緒にくる?」 「え?いいの?」 不意の申し出に声を上げた。 「もちろん!しばらく里に帰ってなかったし、里の皆にもミュウを紹介したいし♪どう?」 「うん!行く行く!いいならボク行くよ!わー、楽しみだなぁ。緋魅華ってムロマチ出身だよね。本場のムロマチ料理か…じゅる。」 「ミュウ、よだれよだれ」 遠い異国の地の料理に思いを馳せ、うっとりとした顔になっていたミュウに緋魅華がすかさずツッコミを入れる。 「うわわ。いけないけない」 起き上がって慌てて顔をそむける。その姿にくすくす笑いながら緋魅華も体を起こした。 「きっと先生もミュウの事気にいると思うわ。先生、元気で美味しくご飯食べる子、好きだもの」 「そっかな、でも緋魅華のお師匠様だもんね。話きいてたら良い人だし。あ、でも忙しいっていってたよね。大丈夫かな」 「んー、そうねぇ。連絡いれておくから大丈夫だとは思うけれど…でもたまに突拍子もない事がやってくるから………」 ミュウの心配に緋魅華が少し考えこむ。 「突拍子もないこと?やっぱり忍の仕事って大変なんだね」 「確かに任務は大変なんだけど。先生の場合、それ以外にもあるから………」 「え?」 「台風っていうか嵐っていうかそんな人に仕えてるからね…」 「台風?嵐??」 一人でうーんと思いをめぐらせながら難しい顔をしている緋魅華。それをミュウは首を傾げてみている。 己の師匠はあの破天荒な主に仕えているので、任務がなくとも日々が大変なのだ。たまに周りから同情をかうほどに振り回されている。が、本人は別段いやがってもいないようで。困った声を上げながらも、まるで忠犬のように側に仕えている。 「ま、その時はその時よね」 頷きながらどうやら自己完結をしたらしい。 「さて、それじゃあそろそろ行きましょうか」 たち上がって体についた芝生や土をはらう。 公園に備え付けられている時計をみれば、3時をまわる頃だ。 「もうこんな時間か〜、そうだね、帰ろうか」 ミュウも同じように立ち上がって草をはらう。 「あら、何言ってるの。帰るなんてまだ早いわよ」 「え?」 そう言って高くそびえる時計台を指さしてにっこりと微笑んだ。 「3時と言えばおやつの時間じゃないv」 「え。2時間くらい前にお昼食べたばかりだよ?」 流石に食べるのが好きなミュウでも難色を示して眉を下げる。だが緋魅華はかわらず笑顔で言ってきた。 「だからおやつよ。何もご飯を食べようってわけじゃないんだし。この間美味しい飲茶を出してくれるお店を見つけたのよ。そこのゴマ団子が美味しくってね。どう?」 「う。ゴマ団子………」 「最近ケーキとかばかりだったでしょ?たまに飲茶系はどう?」 あのゴマの香ばしさと、中の餡のふくよかな優しい甘さを思い出す。あつあつを、口の中を火傷しそうになりながら食べるのだ。一緒にだされるさっぱりとしたこれまた香り豊かなお茶が実にあう。甘さをすっきりと流してくれて、また食べたくなるのだ。 ミュウは頭を抱えてその甘い誘惑に葛藤する。確かに食べたい。でもあまり食べると、太る。 「ほらほら!行きましょ行きましょ!揚げ立てのあっつーいのがミュウを待ってるわよ!」 悩むミュウの腕をひっつかんで、緋魅華は意気揚々と歩き出した。 「う〜っ、こうなったら食べてやる!食べてそして運動すればいいんだもんね!」 「そうそう♪特訓だったら私もつきあってあげるから」 「よし!じゃあまず食べる前の運動!お店までダッシュだー!」 このあと、ゴマ団子だけではなく小龍包系を軽く10皿ほど二人は平らげてしまった。 家に帰り体重を計ったミュウが声にならない悲鳴を上げて、それからしばらくはいつも以上に特訓にはげんでいたのはいうまでもない。 もちろん、緋魅華はまったくかわらずであったが。 小説トップへ。 |
いきなり何故かヴァラノワ小説。 しかも緋魅華とミュウのお話です。と言うか緋魅華の先生のお話。 この『先生』という人は、勘のよい人なら誰をさしているのかすぐにわかられたとおもいます。 いやー緋魅華が属している組織ってどこなんだかかいてなかったはずだからついマイ設定を…。 最初思い浮かんだのはほっぺた真っ赤にしながら、『先生』にマフラーをまいてもらうちいっちゃい緋魅華でして。 『先生』については、実は私独自の設定がつけくわえられているため、ちょっとイメージが違うかもしれませんな。と言うかそこらへんもいつか小説にかきたい。ネタはあるのだが、まとまらない。 それにキャラがかなり違ってきてるのではないかと思いますし、ある意味ファンに喧嘩うるような話かもしれんし、あまり好まれないような、私にしては珍しい半ば排他的な話だったりしますんで。 ヴァラノワでは、あとファーストとリュートの御話をかきたいです。 他にミルコとかヘレネの。まいらばーな二人…。 ともあれ、このへんにて。 03/06/27 |