■ある平凡な日


 「ただいま! 作兵衛、三之助、帰ったぞ!!」
 すぱんと三年ろ組長屋の三人部屋の戸を勢いよく開けて入ってきたのは神崎左門だった。あちこち薄汚れ、髪も制服もぼさぼさのよれよれだったが、本人は至って元気だった。
 中では同じく薄汚れた三之助と、その三之助を正座させて怒っている最中らしい作兵衛がいた。
 「お、左門、お帰り」
 「おう! 三之助! 久しぶり!」
 突然の登場にも関わらず大して驚きもせず、三之助は手を上げていつものことのように挨拶を交わす。左門も同じように手を上げる。そして。
 「……何がただいまだお帰りだ久しぶりだこの馬鹿野郎どもーーーーーーーーーー!!!」
 そんな二人に作兵衛の雷が落ちた。



 神埼左門と次屋三之助は忍術学園でも有名(?)な方向音痴コンビだ。神崎左門は決断力のある方向音痴、次屋三之助は無自覚な方向音痴。二人が道を教えるなど言語道断、二人に道を聞くなど自殺行為に等しいとすら言われている。
 そして二人は時折、ふ、といなくなる。つい先ほどまでいたのにいつの間にか消えている。北へ向かうとすると南へ走り、西へ行こうとすれば東を目指す。周りはそれほどの方向音痴だということをよくよく分かっているのだが、気を付けているのだが、それでも二人は行方不明になることが多い。毎回探索隊がくまれる。裏山から裏々山まで駆け回る羽目になり、おかげで三年は、特にろ組は総じて体力があったりする。怪我の巧妙というものだろうか。
 けれど下手をすると二人は数日帰ってこないことがある。それでも、数日後には何故か元気に帰ってくる。さ迷い歩いても、帰巣本能でもあるのか、学園に戻ってくる。おかげで二人の体力は委員会のこともあって三年とは思えぬ化け物並みだ。

 だが、しかし。

 「もーいやだ! お前ら、何度言ってもききやしねぇ!! 勝手にいなくなるなって、ちゃんとついてこいって言ってるのにほいほいほいほいほいほいどこにでも行きやがって!! この数日、どんだけ探したのか分かってんのか!! 馬鹿!! 阿呆!! 間抜け!! 人に心配ばっかりかけさすな!!」
 同じ年で同じ組でさらに同じ部屋の富松作兵衛にとっては、頭痛と胃痛の種の塊でしかない。
 「ご、ごめんなさい……」
 二人とも正座して、かなりの剣幕で怒る同級生に頭を下げている。
 「一日で見つかる場所にいるならまだしも、二日も三日もいなくなるような迷い方するなよ!! 好きで迷ってるんじゃないって分かってるけど、だったらもうちょっと迷わないように気をつけろよ!! おっ、俺が、昨日も、おとついも、この部屋で、一人で、どんだけ、ひっ」
 最後はとうとう泣き混じりになりながら、作兵衛は二人に説教する。気持ちが昂ぶりすぎて涙が出てきたのだ。
 「泣くなよ作兵衛ー」
 「そうだ、泣くな! 男だろ!」
 「誰のせいだ誰のーーーーーーーーーーーー!!!」
 本日2度目の雷。



 何だかんだと怒りながらも作兵衛は面倒見がいい。割り当てられた風呂の時間だと分かると、薄汚れた二人を連れて風呂へと向かう。
 「あ、左門、三之助、お帰り」
 途中で三年は組の浦風藤内と三反田数馬に出会う。勿論二人が行方不明だと知っていた数馬は作兵衛の後ろにいる二人の姿を見つけてほっとした。
 「お前ら、また作兵衛を怒らせただろ。俺たちの部屋まで聞こえたぞ」
 「いやー、申し訳ない」
 藤内の呆れた声に左門がさすがにばつが悪そうに苦笑して頭をかく。作兵衛は未だ眉間に皺がよったままだ。
 「孫兵は?」
 「先に行ってるんじゃないか? 私たちも早く行こう。込んでくるし」
 三之助の質問に数馬が答える。5人は連れ立って風呂へと向かった。



 「しかしまぁよく何日も迷って帰ってこれるよな。これも忍者の勉強していたおかげか?普通だったらのたれ死んでるか山賊に襲われてるだろ」
 「それが不思議と山賊とか盗賊には会ったことがないんだよな。飯は何とかなるし。それにどうしてちゃんと目的地の方向へ行っているはずなのに違うとこに出るんだろう」
 藤内の冷静な指摘に三之助は首をかしげる。三之助は無自覚に行く方向を間違っているので、本人は間違っていると気がついていないのが物凄く厄介だ。
 「三之助は時々ぼやっとしているから間違うんだ。私はしっかり地図を見て道を判断してから進んでいるぞ!!」
 風呂の中で胸を張りながら左門が言うと、すかさず背後から首に腕がかけられる。
 「どの口が何をほざくかこのバカタレがああああああっ」
 「ぐぇっ、くるしい、くるしい、さくべ、やめっ」
 左門の言葉が聞き捨てならなかった作兵衛が遠慮なしに左門を締め上げた。じたばたともがく左門を誰も助けない。自業自得とため息交じりに苦笑するのみだ。
 「無事に帰ってきたからよしとしておいた方がいいんじゃないか、作兵衛。お前の体がもたないぞ」
 風呂に入るときはさすがにペットたちは一緒ではない孫兵が一歩離れたところから見るように作兵衛を宥める。
 「よくいなくなる毒虫を探すお前の気持ちが分かるよ孫兵」
 「何を言う、皆、学園から出ることはないぞ!」
 「でも数が多いからなぁ、探す苦労は同じだよな」
 三年生はある意味探索力も備えられつつあるのかもしれない。




 「はーっ、さっぱりした!」
 「左門、ちゃんと頭拭け! 風邪引くぞ!」
 「作兵衛は父ちゃんか母ちゃんみたいだなぁ」
 すぱんと手ぬぐいが三之助の顔面に叩き付けられる。好きでやっているんじゃないと言わんばかりだ。
 しかしそんなツッコミをしつつも、きちんと正座した左門の頭を半ば八つ当たりするようにがしがしと作兵衛は手ぬぐいで拭いてやる。
 「うおおおおおおおおお、おお、さく、べ、ちょ、つよい、ぞ、ぉおおおお」
 拭かれる衝撃に面白がりながら左門は声をあげる。
 「お前にはこれ位が丁度いいんだっ」
 「じゃあ俺が作兵衛の頭拭いてやるよ」
 膝立ちの作兵衛を、立っている三之助が後ろから拭いてやる。
 「じゃ、後で私が三之助を拭いてやろう!」
 「おー」
 わしわしと三人並んで頭を拭く。
 「………………」
 左門は楽しそうに頭を拭いてもらい、三之助は鼻歌まじりに作兵衛の頭を拭く。作兵衛は左門の真っ直ぐな髪を最後に手櫛でならす。
 昨日とおとついは、四人で風呂に入り、一人で髪を拭き、一人で布団に入って寝た。
 「どした? 作兵衛」
 手が止まったことに疑問を感じて首をひねって級友を見る。
 「……何でもないよ!! それよかほれ、三之助を拭いてやれ、風邪引くだろうが!」
 「おう! 三之助、座れ!」
 左門よりもかなり背の高い三之助なので、立ったままでは届かない。左門に言われるまま胡坐をかいて座る。
 「あっ、三之助、ここどうした? 変な風に髪が切れてる」
 「あー、どっか歩いてる時に枝に引っ掛けて、ほどけなかったから切った。結い上げてりゃ目立たんだろ」
 「そうだな」
 二人の会話を聞きながら、作兵衛は自分の髪を櫛で梳いた。二日間いなかった二人の声。
 二人がいなくなるのはしょっちゅうあることで、一人になることもよくあることだ。何かの実習で班が分かれれば(まず滅多にないが)、何日か会わないことだってある。
 けれど。
 「そこで見つけた木の実がな、丁度時期で甘くてうまかったんだ! 何個か土産に持ってきたから後で食べよう」
 「でももう寝る時間だろ? 明日の朝ごはんの時に食べないか?」
 「それもそうだな」
 「………………」
 二人はのほほんといなくなった最中の話をしている。今、ここでのんびりと話しているが、先ほど藤内が指摘したように、一人で迷っている間、何があるのか分からないのだ。だのにこの二人ときたら。
 「…………怒ってばっかりじゃ負けかなぁ……」
 長いため息をつきつつ、作兵衛は髪をまとめて机に頬杖をついた。
 「何がだ?」
 「何がだ作兵衛?」
 「何でもねぇよ」
 柄の悪い口調でぶすくれて作兵衛は言う。




 「ほらお前ら、もう寝るぞ! お前らは迷ってた二日間の補習があるんだから、ちゃんと寝とけよ!」
 「おう!」
 「布団敷くぞー」
 「おう!」
 もそもそと三組の布団を部屋に敷く。
 左に左門、右に三之助。真ん中に作兵衛を挟んで。
 いつもより布団を引っ付けて。
 「……………………」
 「よし、じゃあおやすみー!」
 「おやすみー」
 「おいこらちょっと待て」
 さっさと布団を被って寝ようとする両脇の二人に作兵衛が低い声をかける。
 「何だよ、作兵衛」
 「早く寝ないと疲れがとれないんだぞ作兵衛」
 「それは分かってるが、何でいつもより引っ付いてくんのお前ら」
 すると、二人は作兵衛を挟んで顔を見合わせる。それから、至極当然のことを何故聞くのかと言わんばかりに作兵衛に言った。
 「だって、二日間俺らいなかったろ」
 「作兵衛が寂しくないように今日は近くで寝るんだ! 安心して寝ていいぞ!」
 「──────」
 作兵衛の顔が見る間に赤く染まって行く。


 「誰が寂しがっているんだこのバカタレーーーーーーーーー!!!!」


 本日三度目、最後の雷が落ちた。


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三年ろ組はボケ一号と二号とツッコミ。