■雨宿り
■ 「……静かですねぇ」 「ああ、そうだな。まぁ、たまにはこんな風にのんびりとするのもいいもんさ」 少し朽ち掛けた屋根をぱたぱたと雨がうつ音が聞こえる。さして強くはない雨だけれど、話に聞けば次の村まではまだ遠い。多少濡れても構わないのだが、丁度いい空き家を見つけたので、二人はそこで一時の休息を取ることにした。 「………………」 しばらくお互いしゃべらず、静寂の時間が過ぎていった。雨に濡れた空気が少し重い。だが、雨が上がり晴れ渡れば、きっと洗われたように清々しいものとなるだろう。 そんな雨音の中、かさり、と紙が擦れるような音が聞こえた。乾いたその音の方へ目を向ければ、覇王丸が薄汚れた書物をながめていた。 「…………どうしたんですか? それ」 「んぁ? ああ、ほれ、そこの棚にあったんだよ。ここにいた奴が置いてったんだろうな」 「そうですか……」 覇王丸はそのまま無骨な指で紙をめくっていく。かさり、かさり、と定期的に乾いた音がした。しばしそんな覇王丸を見ていたナコルルは、ふと、思ったことを口にした。 「……覇王丸さんって、本を読むんですね」 「あ?」 「あ、いえ、ごめんなさい。その、普段からだと、あまり本とか読むようには見えなかったものだから……」 少し不服そうに片眉を上げる覇王丸に、ナコルルは慌てて謝る。 「そうか? 俺ぁ結構文学派なんだぜ?」 「……そうなんですか?」 その言葉にとても疑わしい目でナコルルは言った相手を見る。だがナコルルでなくとも、文学派、と言う言葉に疑念を持つ者は必ずいるだろう。 「お前さんな。人を見かけで判断するなとか教わらんかったのか」 「すみません……」 「ん、まぁ、しょうがないっちゃしょうがないかも知らんけどな。本を読むのは好きなのさ」 からりと笑ってナコルルの頭をぽんと一撫ですると、再び書物に視線を落とした。 「……ガキの頃」 「え?」 「ガキの頃、近所に学者の爺さんがいてな」 「はい」 話ながら覇王丸は紙をめくる。ナコルルは少し驚いた表情で、話の続きを聞いた。 「この国のことだけじゃなく、他国のことも知っている見識深い人でな。よくそこで講釈と一緒に本も読ませてもらったもんさ」 「……へぇ……」 「面白い人でな。俺が尊敬している人でもある」 「……そんな方がいたんですね」 「ああ」 想いをはせれば思い浮かぶ、あの老学者。細い体に見合わず元気な老人で、彼から得た知識や雑学などが、後の覇王丸に影響を与えたのは間違いない。 「………………」 思い出して小さく笑う覇王丸を、なぜかナコルルが面白そうに見ていた。 「なんだ? なんか俺の顔についてるのか?」 「いいえ、そうじゃないんですけれど……少し、嬉しくて」 「嬉しい?」 鸚鵡返しに問いかければ、ナコルルはうなずいた。 「覇王丸さんと一緒に旅をして、長いって訳じゃないですけれど、短くもないと思うんです。でも、覇王丸さんがそうやって昔のことを話してくれるの、初めてだなぁって思って」 「……そうか?」 「はい」 確かに旅の途中、ナコルル自身は故郷や家族のことを話したことがある。だが、覇王丸といえば、自身のことは滅多に語らない。無口ではなく、むしろ朗らかで陽気なところもある。話題も、旅をして見てきたことを聞かれれば色々話す。けれど、自身のことは語らない。 「もう少し、聞いてもいいですか?」 「ん? ……別に話すもんでもないと思うがなぁ」 上を向いて頭をかきながら、視線だけは外を見る。まだ雨はやまない。 しとしとと草葉を濡らし、他の音を飲み込んでいく。静かだ。なぜか鮮明に昔を思い出す。普段は口にものぼらないことだが、少しくらいなら、いいか、と言う気分になる。 「……じゃ、少しだけ、な」 「はい」 静寂な空気の中、雨が上がるまでの、昔語り。 ■ 先頭へ■ 公式で覇王丸のインテリジェンスに気がついていなかったナコ。 |