■迎え来る時


 「姉様ー!! 覇王丸さーん!!」
 村へと続く道を歩いてしばらく。そろそろ村の姿が見えてくる頃だとナコルルが告げたとき、その村の方角から手を振って駆けて来る少女の姿が見えた。
 『リムルルだわ、リムルルー!』
 暖かな陽光の中、この地の民族の模様を縫い止めた青い衣装がよく映える。ナコルルは顔をほころばせ、妹の名を呼んだ。
 「ははは、相変わらず元気だなぁ。おう、リムルル!」
 別れたときと変わらぬ姿に目を細め、覇王丸も少女を迎える。
 「覇王丸さん!」
 両手を広げ、地面を蹴る。
 「久しぶりー!!」
 「うおっ!」
 小柄な体が軽く浮き上がり、目の前にいた覇王丸の懐へ、まるで体当たりをするか如く飛び込んだ。いきなりのそれに驚いたものの、覇王丸はしっかりと受け止めた。
 「激しい出迎えだなぁ、リムルル」
 「へっへー、だって、姉様が覇王丸さんを迎えに行ってくるって言ってからずっと待ってたんだよ!」
 「おお、悪い悪い。ちぃと途中で雨に降られちまってな」
 『雨宿りをしていたの。遅くなってごめんね、リムルル』
 「ううん、いいよ! さっきの雨だったらしょうがないし。さ、早く行こう! お爺様とお婆様も待ってるよ!」




 村は自然に囲まれた静かなところだった。行き交う人々は多くはないが、皆似た意匠の服を着て、物珍しげに南からの来訪者を眺めていた。その視線に多少の気恥ずかしさを覚えながらも、覇王丸はリムルルの案内を受けて二人の家へと向かう。時折、リムルルやナコルルの姿を見て、眩しいように目を細めてから頭を下げる人もいる。
 ところでナコルルは覇王丸からリムルルの肩へと移動しており、何となく覇王丸は肩が寂しい気もした。
 「覇王丸さん、今日はうちで泊まってってよ、お爺様がね、お酒の相手してほしいって言ってたし」
 「お、いいのか? それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかね」
 どこの村にも、宿はなくとも旅人が泊まれるような家が幾つかある。以前は二人の家に泊まらせてもらった。今回、覇王丸はそこで厄介になろうと思っていたのだが、そう言ってくれるのであれば、有難く泊まらせてもらう。
 『でも覇王丸さん、あまり度を過ぎては駄目ですよ?』
 「そりゃ爺さんに言ってくれよ」
 実は以前訪ねた時、二人の祖父と酒のことで意気投合し、夜更けまで飲み続けたのだ。祖父は次の日けろりとした態度でいつもどおりの狩りに出かけ、覇王丸は多少の二日酔いがあり、しばらく眠り込んでいた。
 「けどまぁ、久方ぶりなんだし、たまには羽目外してもいいだろ?」
 悪戯好きの子供のようにくしゃりと笑みで顔を歪ませる。
 『もう、しょうがないですね』
 「ほんっとう、いくつになってもだらしないんだから。呆れちゃうよ。ねー、姉様」
 「へぇへぇ」
 口できついことを言いながらも表情は至って明るく気兼ねない。覇王丸は笑いながらリムルルの頭を撫ぜた。



 家に辿り着けば、見覚えのある老夫婦が気持ちよく迎えてくれた。それから家の中で道中の話をするうち、夕餉の頃となる。リムルルが祖母と一緒に料理と酒を運んできた。その姿に覇王丸が、ちゃんと料理もできるんだなぁと茶化せば、案の定、リムルルは膨れ面をして覇王丸の背中をばしばしと叩いた。
 それからそろって食事をする。ナコルルは食べることはできないが、夕餉を共にした。食べられないからと言って離れるでなく、一緒に話すのが大事なのだ。
 出された地酒はなかなかに強く辛く、しかし覇王丸の舌には心地よかった。以前、一緒に飲み交わしたときから大分時が経っているが、相変わらず祖父は酒豪だった。若いときより少しだけ飲む速さがゆっくりになった覇王丸だが、祖父は変わっていなかった。祖母が、いくら酒に強くとも歳を考えてくれと釘を刺したが半ばあきらめているような口調でもあった。再会を祝して実に楽しげに飲んでいたからだ。覇王丸も気持ちよく飲んだ。
 それでもさすがにそろそろ、と促されお開きとなる。しっかりとした足取りだが、真っ赤な顔で祖父は床につく。覇王丸は酔いを軽く醒まそうと外へでた。リムルルたちは後片付けだ。
 「ふー」
 外に出た覇王丸が空を見上げると、濃紺の空には砂金をばら撒いたように江戸では見ない星が浮かんでいた。帯のような光の群れも見える。まだ少し冷たい夜風が頬を撫ぜ、熱っぽい体を冷ましてくれた。吸い込む空気は草と水の匂いで、家々からもれる煮炊きが落ち着いた匂いも混じっていた。
 さくさくと草を踏みしめながら歩き進み、覇王丸は少し村の中心から離れた草原で、傍に刀を置いてごろりと寝転んだ。


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