Happy Happy Birthday.



 「ほい。姫さん」
 「───────なんだこれは。」
 ムロマチにきて1年。季節は真冬。四季の変化に富むこのムロマチは、辺り一帯を全て覆い隠すほどの白い雪につつまれていた。今日はそれでもさんさんと晴れており、暖かい日の光のおかげで、いつもほど寒くはなかった。
 ネウガードは、一年のうちのかなりの期間が雪にかこまれているので、雪自体はそれほど珍しくはない。更にいうなれば魔王の娘は寒いのが嫌いなので、どこぞの君主のように、昨日たっぷりと降りつもった雪にまみれて遊ぶ事などせず、外にすら出ていなかった。
 そんな、自室で日の光を反射してきらきらと銀に光る雪の世界を眺めていると、己に付き従う忍の男が何やら丁寧に包装された包みをさしだしてきた。
 そう言えばこの男は、普段は諜報活動で滅多にいないのだが、昨日、うけおった仕事を終らせてきたのか、戻ってきていた。随分と慌ただしい帰還であったが。
 「何って、プレゼント。」
 「──────は?」
 きょとんとした顔をしてから、少し照れくさげに言われて、今度はヒロの方が素っ頓狂な声を上げた。
 「プレゼントって………なんでいきなり」
 「なんでって………。………もしかして姫さん、忘れてるのか?」
 「だから何が」
 少し呆れたように言われたので、訝しげに眉をひそめてやる。すると、苦笑まじりのため息を一つついて、とりあえず、とその包みを手渡した。





 「今日はアンタの誕生日だろ?」






 「─────────」
 言われて、はた、と止まった。
 今日は、1月。ムロマチでは『睦月』と言うらしい。その、25の日だ。
 そうしてその日は確かに、自分の生まれた日であることに、ヒロは今日初めて思い出した。
 「その顔からすると、完全に忘れてたな?自分の誕生日じゃねぇか、ちゃんと覚えてろよ」
 くすくすと笑いながら、サトーはくしゃりとヒロの頭を撫ぜた。
 「うるさいな、もうそんな、誕生日を祝う歳でもないだろう。まったく、当の本人すら忘れているようなことをきちんと覚えてるなんて、豆な奴だな」
 「そりゃ、アンタの事だしな」
 殊更関心ないように言いはねると、さらりとかえされて、その台詞にヒロは赤くなった。そうしてふと気がつく。
 「…もしかして、昨日慌ててかえってきたのは………」
 「あ?あー、はは、やっぱりこういうのは直接渡した方が………いいかと思ってよ」
 照れながら、それをごまかすように頬をかく。
 図星だ。
 まったく本当に、豆な男である。普段はああも大雑把なくせに。
 しかしそれでも、根が真面目なので、与えられた仕事は適当にはこなさず、きちんと完璧にやり遂げる。日常の言動や態度などで単純だの乱暴だのと言われるが(実際本当の事でもある)何事も疎かにはしない。自分で頭が悪いとも言ってはいるが(事実机上の計算などはまったく駄目である)、その真面目さがあるだけで十分に美点になる。
 「………馬鹿者が」
 恥かしくなって、つい悪態をつく。サトーはそれに、にかりと笑う。彼女の性格を十分承知しているからだ。
 「………しょうがない、せっかくだからもらっておいてやる」
 「そいつは有り難い」
 わざと偉そうに言ってやれば、心得たように感謝の意を述べる。その言葉のやりとりに、何となく劣等感をいだきつつ、いつか言い負かしてやると思いながらも、もらった包みに手をかけ紐をほどく。
 綺麗な和紙をはった箱の中にはいっていたのは。

 「………カンザシ」

 見事な細工を施した、それは簪だった。
 小さな白い花の細工が三つ、そうして白銀の鞠のような飾り。それに連なってチリチリと鳴るのは同じく白銀の細い細い板。鞠の中には本当に小さな、赤い鈴がいれてあって、ゆらせば白銀の板とともに、ちりん、ちりんとなるだろう。
 「………おい」
 「ん?」
 「………なんでカンザシなんだ?」
 尤もな質問に、サトーは破顔する。
 「いつだったか、街に行った時によ。アンタそう言うのじーっとしばらく見てただろ?俺が『ほしいのか?』って聞いたら『別に』っていってたけど、そのあともずっと見てたからさ。だから。」
 「………」

 よくまぁ見ている。やっぱりまめな男だ。本人にいわせればそれは彼女限定らしいが。
 確かにヒロは、この間サトーが帰ってきたとき、一緒に街へでて、そこで見掛けた店先に飾ってあった簪が気になっていた。
 ムロマチ特有のデザインとも言うべき、文化を感じる髪飾り。それは精緻で繊細で、豪奢であったり清楚であったり、可憐でもあった。
 簡単に言ってしまえばピンどめなのだが、そんなものでも、ここの特色を見てとれるその作りに目を奪われた。

 だけれど、自分は髪が短い。

 それを髪に飾る、通りすぎる娘達を見てみれば、皆一様に髪が長い。そうして、ムロマチの者はどちらかと言えば黒髪か、それに近い暗い色の髪の者が多く、そうしてまさにそれにはえるように、金や白銀の簪はつくられている。色とりどりの布で作った花などが付けられている場合もあるが、やはりそれらは黒髪に実に似合う。

 髪の色はまぁ、こげ茶なのでいいとして。やはり問題は髪の長さだ。その簪を飾るとしても上手く纏めれない髪ではつけようもない。
 そして何より、彼女は着飾ることに抵抗がある。
 装飾品に興味がない訳ではない。身を飾ることが嫌いなわけでもない。
 ただ、幼い頃からどちからといえば外で駆けまわり、男顔負けに腕をふるっていたせいもあり、性格的にも少々男勝りと言うか、勝ち気なところがある。そう言うイメージが、己にも周りにも浸透しているため、そんな自分が、年頃の女性がするような『身を飾る』と言うのは、違和感を覚える。つまり。

 恥かしいのだ。

 女性が己を綺麗に飾るのは当然の行為なのだが(男性でもするのだし)あまりにもなれていないせいで、しない事をする時に、妙な照れ臭さを感じると同じように恥かしいのだ。
 それに、普段の自分を知っている者からすれば、そんな事をしたらどんな反応をされるか。
 それが嫌でもあった。
 他人の目など気にしなければいいのだが、それでも指を指されて笑われたりするかもと思うと、いやでたまらない。よしんば、『似合うね』と言われたとしても、逆にそれが、言われなれない言葉なせいもあって、なおさら恥かしくなる。
 どうしようもない。

 「………お前な」
 「ん?」
 「私は髪が短いんだぞ?」
 簪は気になっていたが、それを手にする事を諦めた理由を言ってみる。
 「でも結べねぇってほどでもないだろ?別にしっかり結った髪じゃなけいけねぇってもんじゃねぇしな。それに」
 いつもの、屈託ない笑み。
 「あんたに似合うだろうと思ったし、つけてみてほしいってのもある。けどそう言うのより先に、アンタが欲しいだろうなと思ってかったんだよ。俺が似合うと思ったりつけてみてほしいって思っても、アンタが欲しくもない物だったら、かったって無意味だろ?」
 「………」
 「………いらなかったか?もしかして」
 笑いもせず怒りもせず、黙って見上げて来るのに対し、不安が擡げたのか、頭をかいて慎重にきいてきた。
 それに、反射的にふるりと、見上げたまま首をふった。
 「………いらなくは、ない。…確かに私は、これが………ほしかった」
 うつむいて、箱の中にきちんとおさまっているその簪をみる。
 「ただ、髪を結えるほども長くないし、似合わないかもしれないと思ってたから………だからかわなかった。………でも」
 手に取ってもちあげてみれば、ちりちり、ちりん、と鈴と板がなる。
 「………有難う」
 僅かに頬を染めながら、視線はあげずに、呟くように言葉をもらした。
 その言葉が耳に届いて、サトーは目を細めて優しく微笑んだ。
 「───────おう。」

 酷く満足げに、笑った。



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姫さんの誕生日に雑多ノートに書いたのを清書しました。
相変わらず小道具が好きですね。私。
姫さんは多分、ムロマチへきた時、あまりにも違う文化の有り様に、興味を持ったんじゃないかな、と。
華美な格好はしないけれど(でもGOC以降、だんだん妙に装飾的になってるような………まぁ他の人よりは地味めですが。)やはりそれでも綺麗や可愛い装飾品は気になったりもするとおもうんですよね。
最初はピアスにしようかなーとも思ったんですが。
それは別の作品で書く予定なので今回は簪にしてみました。
04/01/26