闇黒の影法師


 「お前に忍びの資格はない」
 吹きさらしの長い草のはえる草原。周りに木などなく、青白い月光がそこに立つ者に鋭い細い刃のように降り注ぐ。
 「お前は忍びだ。だが、お前には心がある。忍びは技と体のみあればいい。心は不要だ」
 黒装束に身を包んだ男。歳は顔をおおう布のせいでよくわからないが、声は経験を重ねた深みのあるものだ。ただし、酷く冷淡ではあるが。
 心を持つ事は、忍びにとっては弱点にしかならない。
情に流され敵を助けてはならない。人を殺めることこそ忍びの役目。
己以外の誰かを心に住まわせてしまえばそれは己の心臓となる。それを利用するのはこの世界の定石。
 だからこそ。
 「忍びは、心などいらぬ」



 確かにそうだ。
 忍びっていうのは主に諜報活動と、暗殺。ただすばやく、闇に紛れて遂行するもの。
 それには心は必要ない。
 だけれど、自分にはどうしても出来なかった。
 心がいらないって事は、感情も必要ない事じゃないのか。
 そうしたら、嬉しい時に笑って、悲しい時に泣いて、腹が立ったら怒って。そんな当たり前の事がで
きない。誰かを好きになる事も許されない。そんなのはつまらない。
 よく言われた。中途半端だと。
 かまいはしない。中途半端で結構。
 心をもったまま、強くなってやろうじゃないか。
 そう決めたのはまだ幼い頃。月組忍軍に入り、誰かを好きになった頃。


 誰かを想ってはいけぬ。
 感情など必要ない。
 そんなものは全て捨ててしまう事だ。
 いつかは己の命を奪う事となる。

 いつもそう言っていた師匠がいた。

 だが師匠。
 俺はやっぱり誰かを好きになるし、笑ったり怒ったりしたい。
 忍びにはふさわしくはない。だが、俺は忍術自体は嫌いじゃない。
 だから、心を持ったまま忍びになってやる。

 そう言ったらぶたれた。

 だけれど自分は言葉のとおりに生きた。
 修行をして、奥義を極めて。
 想った相手に想いを告げて、相手はそれを受け入れてくれた。
 師匠。大丈夫だ。
 心を持ったままだって、生きてゆける。



 しばらくして。
 ムロマチ内乱が酷くなって。
 大蛇丸率いるムロマチ軍と、月組忍軍の直接対決があった。
 俺は大蛇丸の片腕の男の片目を奪ってやったけれど、そのあとが悪かった。
 どこぞのくそ坊主に騙されて、大蛇丸を討とうとしたけど土壇場で裏切られて。
 おかげで胸くそ悪いきえない傷痕がのこって。
 そうして月組忍軍は敗北する。
 心を持っていたから、そこにつけこまれたのか。
 単純で短気で。そうでなかったら、あんな策謀に軽々しくのったりはしなかったか。
 今思ってもせん無き事だ。
 捕らえられて、死を覚悟する。不思議と恐怖はなかった。
 だが大蛇丸は、一族皆の命だけでなく、俺をも許した。
 片腕の男の片目を奪い、そうして手前の命を狙った自分を。
 男は豪快に笑って言う。

 「また、いつでもかかってこいよ。相手してやるぜ」

 器が違うと、思った。
 戦において情けは不要。
 だがこの男は。
 無駄に殺すのではなく、無駄に生かすのではなく。全てに全ての選択を与える。
 己で考えさせ、己で決めさせる。

 戦場においては、忍びも侍もない。
 相手を殺すことこそその場に立つ意味。
 だが。
 心を殺し、誰かを殺める事にためらいをもたないようにするわけでもなく。
 ただわがままに。我が、侭に。己の心の侭に。
 強い相手と戦う事のみを求めていて。

 情けなくなった。悔しかった。

 そうして、命を狙われるのもかまわず国を飛び出した。
 全部を捨てて。
 もっと、もっと強くなってやる。
 そう決めて。

 大陸に渡って旅をして。
 悪友と呼べる奴等とであって一緒に仕事をして。
 そうして、出会う。
 何よりも、守りたいと想う人に。

 「サトー!」
 何の因果か、捨てた故郷に帰ってくることになって。
 やっぱり自分は、忍びのくせに、心に誰かを住まわせて。
 「姫様」
 呼ばれて振り返ればその当の本人。
 「何をしているんだ?」
 「ん?ちょっとな。墓参り」
 ここは見晴らしのいい丘の上。目の前には質素な墓石が立っている。
 「誰のだ?」
 「・・・俺の師匠だよ」
 「ふぅん」
 そう言って彼女は目を瞑り、手を合わせる。
 「・・・ありがとうよ、姫様」
 「何を言っている。お前の師匠なのだろう。当然だ」
 だが、少し照れているようで頬が僅かに赤い。
 「・・・そうだな」
 師匠。
 俺はやっぱり忍びの資格はねぇのかな。
 一度は想いを殺して生きようと想った時もあったけど。
 駄目だった。
 心があるほうが、俺にはあっているみたいだ。
 だからこそ、強くなれるから。
 また、「忍びの資格はない」って、怒られそうだよなぁ。


 「・・・帰るか、姫様」
 「ああ」
 そうして二人で丘を降りて行く。
 昔、戦で自分を守って死んだ、男の墓をあとにして。
 



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今回は短めです。
サトーの過去の話。
(ちなみに、題名の「闇黒の影法師」。暗闇の影。黒の黒はいわゆる裏の裏で、表。つまり光。いや、ただそれだけ)

大蛇丸。
この人の事を「わがまま」と表記していますが、この「わがまま」は、書いてあるとおり、「われのまま」
という意味。自分の心に嘘偽りなく、ただ純粋に戦う事が好きで。
本当に自由な人。己のままであり続ける人。そのままで強くなる人。
うちのサトーは大蛇丸の事は嫌いじゃないです。むしろ尊敬してます。凄い男だなぁと。
なんか不如帰の事でありそうですけど、それはもう吹っ切れてそうですし。

作中に出てくる師匠さん。
この人は一応、サトーが月組忍軍に入ってからの親がわりな方です。入道法師は、この頃多分修行の旅。
6、7歳頃から入った事に。師匠さんと入道法師はいわゆる戦友と言う事に。だから、託していったと。

ちなみに。
サトーの年齢を1000年時20代後半から30代前半にしてるんで
ムロマチ統一戦のお話が990年頃になってしまってます。
正確には985年から990年の間の年・・・くらい。だからサトーが10代後半頃から20歳までの間・・・。
これは勝手な私の設定なので、気にしないでください。ごめんなさい。

心を持って生きる事。
誰かを想って生きる事。
その人と生きたいから。生きて一緒にいたいから強くなろうとする事。
それが何より強くなる事。

最初から全部なかったら、確かに想い切りやれるけど。
守りたいものがあるから。それを失いたくないから、必死になる。

命を捨てて戦う事と、命をかけて戦う事は、けして同じではない。