金衣公子(きんいこうし)3
「・・・う・・・・」
ふと眼が覚め、眉をひそめて眼をこする。
「お、眼、覚めたか?」
声の先には見なれた金と黒の髪の、頬に刀傷を持つ男。
「サトー・・・私は・・・」
サトーに抱きかかえられている事を悟り、どうしてそうなっているのかを思いだそうと頭をおさえて
考える。
「あんまりのめねぇのに無理するからだぜ」
言われて思いだす。無理に強い酒を飲み、そのあと暴れたりしたから、酒が回ってしまって・・・・。
「・・・・・」
しまった、というふうに目元を手でおおう。
「・・・それで、なんで私はお前に抱えられているんだ?」
「宴会が終わったからな。あんたを運んどいてやってくれってシンバにいわれたし」
もっとも、そんな事を言われなくとも部屋へ連れて行くつもりではあったが。
「・・・・・」
暗い廊下は窓から差し込む月明かりに照らされ、蒼い道を作っている。
サトーの腕は逞しくて、安心感がある。ことん、と胸に頭を預けて目を瞑る。
「眠いか?」
「いや・・・ただ」
「ん?」
「・・・・ほっとする」
「・・・・・」
血なまぐさい戦場に身をおく大魔王の娘。その細い身体で、いくどの死戦をこえてきて、それでも休
まる事なく戦い続ける。
新生魔王軍にいた頃、彼女が歳相応の少女の顔を見せる事は滅多になかった。いつも毅然として、王た
る威厳を無理に誇示しようとしている風にも見えた。
そんな風に思うのは、彼女が父と姉を失った時に見せた、幼い少女の涙を見たせいか。
「・・・・姫様」
「なんだ」
「・・・ここにつれて来て、よかったのかな」
「・・・どうした。いきなり」
不意の質問に、意外そうに視線を向ける。
「あの時・・・ここまで来なくても、どこかに逃げちまってりゃ、あんたは少なくとも、戦いのない静かな
暮らしができたはずなんだ。でも、俺は・・・・」
それでも心に傷を負ったまま、生きる姿は辛いと思って。彼女が本来、戦いを好むものでない事は知
っている。戦場で好戦的に見えるのは、心に渦まく人間への憎悪と魔族の血のせいだろうか。
「・・・・・・」
考えに沈むサトーの顎を、ヒロは思いきり殴り上げる。
「!!!!」
「何をくだらない事を言っている」
「・・・・・」
大蛇丸に殴られ、今度はヒロにも殴られ。今日はなんだか散々だ。だが、ヒロはしっかりとこちらを
見据えて言葉を続ける。
「戦いというのは、こちらの望む望まざるに関係なく襲ってくるのだ。どこかに逃げても、それから
は逃れられない。特に私は大魔王の娘だ。いやがおうでも争いの渦中に引きずり込まれる。それに、逃
げると言うのは私のしょうにあわんしな」
「・・・・・」
「そんな顔をするな。少なくとも、私は今の状況に不満はないさ。ただ・・・父様の国をとられてしまった
のは・・・悔しいがな」
苦笑しながら、ヒロはサトーの頬に手を触れる。
「すまねぇ、俺達がもっとしっかりしてりゃ・・・」
「だから!」
パン!と頬を叩いた。
「そんな顔をするなと言っているだろう。あれはお前達のせいではない。お前達はよくやってくれた。
私があの時、油断してジャドウなんかに襲撃されたのが悪いのだ。どこかを攻めこんだあとの国に攻
こむのは戦いの定石なのにな」
「・・・・・」
「それよりどうしたんだ。お前らしくもなく沈んでいるな」
影を落とすサトーに、心配げに聞いてくる。
「・・・いや、なんでもねぇよ」
不安な気持ちを覆い隠すように、笑って見せた。
「それじゃ、またな」
部屋に戻り、足もとのおぼつかないヒロをベッドまで運んだサトーは、そのままさっさと帰ろうと、
窓辺に手をかける。
「ちょっと待て」
しかし、それをヒロは止めた。いつも帰り際になると名残惜しそうにするが、今日はいやにはっきり
と引きとめるので、疑問に思いつつも側へと歩み寄る。
「?」
ちょいちょいと、指でサトーを呼ぶ。もっと近くまでよると、不意にヒロはサトーの胸倉を強く引っ
張った。
「う、おっ?!」
いきなりのそれに驚く暇なく、ヒロがサトーに口付けた。
「・・・・っ姫様?!」
そういう雰囲気にならない限り、それでも滅多にヒロの方からしてくる事は稀である。口付けられ、
ヒロの柔らかい唇の感触に我に帰って、サトーは慌てたように顔を離した。
「・・・どうだ、少しは元気が出たか」
自分の方からしたくせに、顔を真っ赤に染めながら、ヒロは轟然と言う。
「・・・・・・・」
こちらも負けじと頬を赤くして、口元を押さえながら唖然とした顔でヒロを見る。
「何があったのか知らんが、あんまり暗い顔をするな。・・・心配、するだろう」
ぷいとそっぽを向きながら、いつもの妙に尊大な口調でしかる。言葉の最後には照れがかなりはいっ
ている事がわかる。そんな姿が、ひどく愛しくて。
サトーは赤い顔のまま、頭をかいた。
「・・・はい。すみません」
「わかったらもうへんな事で悩むな。いいな?」
「ああ。・・・・・・・・・・・・・」
返事をしたものの、サトーは何やらいいたそうに頭をまたかく。口をつぐみ、視線を斜め下へとむけ
る。
「・・・どうした」
それに気がついて、ヒロは問いかけてみた。
「あー・・・いや、・・・・んとな」
「なんだ」
「・・・・・・・」
ここで言わずに誤魔化して帰ろうとしても、どうせヒロは引っつかんで無理にでも聞いてくるはずだ。
サトーはその結果を知りつつ、やはり言いにくそうにうなる。
だが、どうせそうなるのだとわかっているので、決然と口を開く。
「・・・・押し倒しても・・・いいか?」
「!!!」
その言葉に瞬時にヒロの顔が、先程よりも真っ赤になる。
「・・・なっ!」
「あー、やっぱいい、いいや!わりぃ、俺も酔ってるみたいだ。何言ってんだか。やっぱりこのまま
帰るわ」
サトーの言葉を理解して、勢いよく立ちあがろうとしたヒロをせいして、サトーはせわしなく言葉を
吐いて再びヒロに背を向け帰ろうとする。
滅多にされない事をされて、照れつつも心配してくれる姿を見たら。しかもそれが、めちゃくちゃ惚
れてる相手だ。抑制がきかなくなってくる。
だが、今度は後ろからがっしと服を掴まれ引っ張られる。
「今度はなんだよ!」
これ以上側にいると、本当に押さえがきかないかもしれない。理性は強いほうだが、その強さは、意
外にもあっさりと崩れ落ちる事がある。なにせ前例が。
「・・・別に、いいぞ」
「 ─────── 」
振り返って相手を見れば、耳まで真っ赤にしながら、挑みかかるような上目で、恥ずかしい事を必死
の想いで言ったような表情でいた。
その表情と言葉にサトーは今日三度目の衝撃を頭に受けた気がした。
「・・・な、何、言ってんだよ」
いつもいつもこの姫君には驚かされるが、最近あまりに衝撃的な台詞や行動ばかりで、ぶっ倒れそう
になってしまう。そこを堪えつつ、サトーは言葉を返す。
「だから、・・・・いいと、いっているんだ・・・」
再びその言葉を、サトーを見据えて言うには恥ずかしかったらしく、視線をはずして、声を小さくし
ながら繰り返した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらく思考が停止して、石像のように固まってしまう。ついでに呼吸をする事すら忘れていたり。
先程、自分だって結構な事をいったくせに。
だが、もう一線を越えて3年も経つというのに、この二人のあまりに初々しい雰囲気はなんだろう。
「・・・っと、まて、姫様。・・・意味わかって言ってんのか?」
ようやく我に帰ってサトーは頭を押さえつつ、ヒロに問う。
「何を?!ば、馬鹿にするな!!」
「いや、馬鹿にはしてねぇよ。でも、あれだ、意地の張り合いの勢いで言ってんなら、このまま寝て
くれ、お願いだから」
「勢いでなどいってはいない!だ、だいたい!お前が、・・・・したいと、言ったんだろう!」
「いや、そうだけど・・・でも、マジでもう寝てくれねぇかな、その・・・・」
「・・・・・」
一つ、息を吐き出す。まるで騒ぎ立つ想いを静めるように。
「・・・押さえが、ききそうにねぇんだ」
「・・・・っ!」
彼女の一つ一つの行動が、ことごとく理性を打ち崩しにかかっていて、それを押さえるのに正直必死
だ。だが、想いのままに行動する事は、その崩されかかっている理性が死に物狂いでとめている。
「・・・・な?」
そういって、服を掴んで離さないヒロの手を離そうとすると、ヒロは逆にサトーの手を掴み取る。
「・・・・だ、だったら、やれば、いいだろう。私が、いいと、言っているんだ・・・っ」
「・・・・・・・」
あまりの羞恥に口調がしどろもどろに上擦りながらも、ヒロはようやくそれだけ言った。サトーはそ
んなヒロを見て、大きく溜め息をつく。
「・・・ったく・・・」
一人ごちて、サトーは掴まれた手を軽く引く。そうすると、自然にヒロの身体が前の方へと動き、そ
のまま彼女の腰へと腕をまわし、抱き寄せる。
驚いて顔を上げると、頬に手が添えられて、そのまま唇がふさがれた。
「ん・・・・っ・・・・!」
思わず身を引きそうになったが、腕にこめられた力と、先ほど、自分でいいと肯定した事もあり、ヒ
ロはそれを受けとめる。サトーの肩を掴む手が、少し震えていた。
「・・・・・」
深く抱き込み、逃さないように力を入れる。抵抗のない唇を割り、そのまま舌を滑りこませる。口内
をくまなく犯し、舌をからめとって蹂躙する。巧みなそれに、ヒロは流される。
「ふ・・・ぁ・・・・っ」
一度僅かに唇が開放され、熱い息を漏らすが、すぐにふさがれる。
何度も具合を変え、何度も口付ける。息が混ざり、お互いの呼吸を感じ取る。
「あ・・・・ぅ」
熱にうかされたように瞳を潤ませる。体に力が入らず、そのまま落ちていきそうになるが、しっかり
と抱き締められる。
「・・・・っぁ・・・・」
足腰の力が抜け、立つ事ができなくなりそうになったとき、ようやく唇が開放された。
「は・・・・ぁ・・・・っ」
知らずに熱っぽい呼気が吐き出され、サトーは窓辺の桟に座り、そんなヒロを自分に寄りかからせる
ように抱きかかえる。
しばらく呆然と、ヒロは床に視線をなげ、サトーにもたれかかる。
「・・・今日は、これで我慢するからよ」
耳元で言われ、潤んだ瞳で力なく睨みつける。
「・・・っ・・・ずるいぞ・・・サトー・・・!」
「何がずるいのかしらねぇけど、これ以上無理したら、あんたが辛いだけだぜ?」
「・・・・っ」
言い返せなくて、悔しそうに黙り込む。
「・・・・一段落したら。そん時には有りがたくいただくさ」
「っ!」
その言葉にヒロは思わず息を呑む。肩口にうずめていた頭を持ち上げて自分を抱く男を見る。
「一日じゃかえさねぇよ」
「・・・・っサ・・・・っ!!!」
低く囁くような声音で求められ、ヒロは文字通り声を失う。
「ああ、でも、俺が本気になったら姫様、壊れちまうな」
「っ!!!!」
けろりと言われたそのとんでもない言葉に、ヒロは思いきりサトーの顎を殴りつけようとした。が、
寸でのところでかわされ、そのまま無理に力を使ったため、へたり込みそうになる。そんなヒロを、サ
トーは抱き上げて、再びベッドに座らせる。
「あんまりなぐらねぇでくれよ。あんたの拳は痛いんだからよ」
「・・・・っ自業自得だ・・・っ!」
赤い顔で悔しそうに言い返す。サトーはくすくすと笑って、額に口付ける。
「じゃあな、姫様」
そうしてすばやく姿を消してしまう。月夜だというのに影すらみつからない。
「・・・っくそ・・・っ」
己の胸元を掴み、もう片方の手で口元を覆う。早鳴りの鼓動がおさまらない。顔の熱さもひいてくれ
ない。ヒロは、恨めしく男が出ていった窓辺を睨みつけた。
「・・・・・・・」
体の火照りを冷やそうと夜風にあたろうかと外に出る。
見れば、満開の桜の花が青白い月の光に照らされて、淡く発光しているようで幻想的だ。
「おや」
後ろから聞こえてきた不意の声にヒロは振り返る。そこには寝巻き姿のロイが立っていた。
「眼が覚めたのかい?」
ロイもあの宴会の会場にいた。自分が酔いつぶれて眠ってしまった事は知っていて当然だ。
「サトーにはお礼は言ったかい?あいつ、酔いつぶれて寝ちまったあんたにずっと膝をかしていたん
だよ?」
だが、ヒロは、ぷいとそっけなくそっぽを向く。
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか」
「うるさい。お前には関係のない事だ」
その態度に苦笑しながらロイが言うと、ロイの方も向かずにヒロは答えた。
「つれないねぇ。これは、こんなわがままお姫様相手じゃ、あいつも悩みもするわね」
「!!」
言われた言葉にヒロは素直に反応した。
『我がまま姫様』というところもかなり癪に触るが、それ以上に気になったのは、最後の言葉。
そういえば、先程サトーは何か変だった。今更に、ここへつれて来てよかったのだろうか、などと聞
いて来て。
「・・・どういう意味だ。あいつが悩んでいるだと・・・?」
ひたり、とヒロはロイを見据えて問いかける。
「・・・こういうのは、本当は他人が話す事じゃないと思うけど・・・でもあいつに別段、口止めされている
わけでもないし・・・それにあんたにも知る権利はあるだろうからね」
「・・・・・・・」
「聞きたいかい?」
「・・・まわりくどい言い方はよせ」
にやりと含んだ笑みを見せるので、ヒロは苛立たしそうな声を上げる。
「じゃ、一つ約束」
ぴっと人差し指を立て、己の口元に当てながらロイが言った。
「今から私が言う事を、決してサトーにはいわない事」
「・・・・・」
「サトーが悩んでいる事をあんたが知っているってあいつが知ったら、多分、あいつは少し辛いだろ
うからね。私が見た限りじゃ、あいつは何があろうともあんたの方が断然大事みたいだからねぇ」
「・・・・・・」
「好きになった相手が自分より大事ってのはわかるよ。でも、見ているとなんだかねぇ。もし、あん
たの命が奪われてしまうような事が起こったとしたら。あいつはなんの躊躇もせずに自分の命投げ出し
てでもあんたを助けるだろうさ」
ヒロは答えない。
「そういう時ってのは、理屈や理由なんか関係ない。考えるより先に体が動いちまうもんさ。その後
に待っているのが死であったとしても。その事で、相手を泣かせてしまう事になったとしても」
泣かせたくない。だが、愛しい者を死なせたくはない。だから己の命を差し出した。
それは自己犠牲というあまりにも自分勝手な行為だ。その事によって、相手を泣かせてしまうのに。
そうして、その者の心を縛ってしまうのに。
死んでゆく者は、助けた者の命のかわりに、心を奪ってゆく。
「自分が悩んでいる事を知って、あんたまで悩ませてしまったとあいつが知ったら、多分サトーは自
分を責めるだろうよ。あいつはあんたには辛い思いや苦しい思いをさせたくないって思ってるみたいだ
し」
「・・・馬鹿な、事を・・・」
視線を落として呟く。春の夜風は冷たく心地よい。しかし、それを感じる事は今のヒロにはない。
「あいつが苦しんでいるのに、私はただ呑気に守られるなんて真っ平だ。そんな事もわからないのか
・・・!」
「そりゃ、本人じゃないもの。わからないさ」
「・・・・・・」
あっさりといわれ、ヒロは少し怒りを覚える。
「こんな時代なのに、皆、言葉が足りないのさ。明日が当たり前にやってくるとは限らない。もしか
したら、今日死んでしまうかもしれない。明日が必ず来ると信じて疑わなくて。言わなきゃいけない事
を言わずにいる。・・・そして後悔する。思ったらすぐに言った方がいいんだよ。こんな時代は特にさ
・・・・」
「・・・・・・」
桜を見上げて、まるでそれに語りかけるかのようにロイは言う。それから、ゆっくりとヒロの方へと
視線をむけ、目を細めて優しく笑う。
「約束は、守れるかい?」
ロイに問われ、ヒロは黙って静かに頷いた。
「・・・・あいつはね。あんたが自分と一緒にいて、本当に幸せなのかって、思ってるみたいだよ」
「 ───── なんだ、それは・・・・」
その言葉に、一瞬凍りついたように表情がなくなる。それから、ようやく口を開く。少し声が震えて
いた。
「サトーが種族の違いを気にするような奴じゃないのはわかってるだろう?」
「・・・ああ。むしろ・・・私の方が、拘っていた・・・・」
お前は人間だからと、一度、人間の国へ帰れと言った事があった。
だが、そのときサトーはこちらを見据えて轟然と言った。「魔族だ人間だと拘っているのはあんたの
方だ」と。
種族の違いなんて関係ない。あの男は、そんな事など関係なく、ただ、『自分』についていくと言っ
てくれた。
「でもね、気にしないなんて言ってても、抗う事のできない事があるんだとさ」
「・・・・・」
「寿命だよ」
「!!」
「生態系はほとんど大差がないけど、こればっかりはね・・・。人間は百年そこらで死んでしまうけ
ど魔族はその何倍も長生きするだろう?そうしたら、このままずっと一緒にいたら、自分は必ずあんた
を置いて先に死んでしまう。あんたを独りにしてしまうって。それがわかっているのに、一緒にいてい
いのか。それであんたは、本当に幸せなのか。・・・そうおもってるらしいよ」
「・・・・・・」
ヒロは苦しげに眉をひそめる。
そうなのだ。いくら愛おしくても。いくら大切でも。これだけは抗いきれない生きる者の摂理。
あの男は、必ず自分より早くいなくなってしまう。
自分を独りにしてしまうことが苦しいと。それには多分、もう一つ意味がかくされている。
自分はいつも、取り残されて、置いてかれてしまう方だ。
父も母も姉も。己の大切な人達は、自分を残して先に逝ってしまう。
何度も同じ苦しみを味わって、さらにもう一度同じ苦しみを与えてしまう。
そんな事。したくはないのに。
だから、男はそうなる前に一度は離れた。
しかし、それは自分がいやだった。
こんなに心を占めているのに、その人が側にいない事が、なんと苦しいことか。
生きていく先に、必ず辛い現実が待っているのに、それでも幸せを望む事は滑稽か。
「・・・おい」
「ん?」
「・・・・死ぬ事がわかっていて・・・・だが、それでも幸せになりたいと望むのは愚かだと思うか」
風が、こう、と少し強く鳴る。桜が舞い踊り、ヒロの短めの髪を梳く。
「・・・さてね。それは本人が決める事さ。愚かでもなんでも、そうしたいと望むのなら。それがあ
んたにとっての答えで、幸せじゃないのかね」
夜桜を見上げる。ひどく切ない思いが湧き起こる。だが。
「・・・・・・」
私は、それでもお前といたいよ。
先の事を考えて、離れてお前を思うより、側にいてお前の死を見取ってやりたい。
その方が、お前が私の知らないうちに死んでしまうよりも、はるかにいい。
「・・・・あんたは、あいつと一緒にいて、幸せかい?」
ひどく柔らかい、優しい笑みをしながらロイがといかけた。
「・・・・ああ」
偽りのない言葉。心の叫ぶままの想い。ヒロは、笑みを浮かべてはっきりと深く頷いた。
「じゃ、あいつの事をもっと愛しておやり。いくら想いあっていても、言葉や、態度に示さなきゃ伝
わらない想いもあるから」
自分もそうだったとぼんやり思いながら言うと、ヒロがこちらをじっと見て、それから少し笑った。
「・・・お前は変な奴だな」
「なんだい、それ」
「・・・・いや。なんでもない。気にするな」
「・・・・・」
だが、なんとなく言わんとしている事がわかったロイは、くすくすと笑う。今度はそれにヒロが怪訝
そうにきいてきた。
「なんだ」
「ふふ、何だかね。サトーがあんたに惚れたのがわかった気がするよ」
「?」
「・・・ともかく、あんたの思ったとおりにいけばいいさ。決して後悔のないようにね」
「お前にいわれるまでもないさ」
いっそ晴れやかに、ヒロは笑みを浮かべていた。
後日。
「サトー!」
活発化する魔王軍の動向をまとめた報告書を届に来たサトーと会い、ヒロは毅然として己より頭一つ
と少し背の高い男を見上げる。
「姫様」
何事だろうと、小柄な姫君を見下ろす。ヒロはサトーの頬に手を伸ばしてそっと触れる。
「・・・お前は、今、ここにいる事が不満か?」
「・・・何だよ、いきなり」
「質問に答えろ」
問いかけを跳ね返されてサトーはしばしだまる。
「・・・俺自身は・・・この道を選んで後悔はねぇよ。でも・・・・」
ヒロはどうなのか。不満はないと言うが、本当にこれでいいのか。
するとヒロはふっと不敵な笑みを浮かべる。
「だったらいいだろう」
「・・・・・・」
「私は前にもいったが、ここにいる事に不満はない。それは、お前が私の側にいてくれる事もあるか
らだ」
「姫様・・・」
大切な人が側にいてくれると言うだけで、それはなんと心強いことか。
今はお互い忙しくて滅多に会えないけれど、それでもとても近くに感じる事ができる。
とても、愛しく思える。
「・・・だから」
ひどく優しく、柔和な笑顔を向ける。
「どんな事があろうとも・・・ずっと私の側にいろ」
「・・・・・・」
「私は、お前が側にいてほしいし・・・それに、私がお前の側にいたい」
「・・・・・!」
確実な別れが待っていても。抗いきれない終わりが潜んでいても。
それでも。どうか。
側にいて。側にいさせて。
どうか、ずっと、側に。
「・・・駄目か?」
笑んだ口もとのまま、かえってくる答えを知っているかのように問いかける。
「・・・・・・姫様・・・・」
サトーは、一瞬、ひどく泣きそうな顔して、それからヒロの身体を抱き寄せた。
言葉のかわりに。
ヒロが待っている答えを告げる。
強く、彼女を抱き締める事で。
『小説』に戻る。
『サトヒロ同盟』に戻る。
ロイさん・・・
きっぱりはっきりいって、しかも深みのある女性。
旦那と娘と幸せに暮らしていてほしいですのう。
さて。題名の「金衣公子」なのですが、実はうぐいすの別名です。
春。と言う事で、代表(?)的な鳥を・・・。ということで。