紺碧のほととぎす
不安を抱えたまま、月日は過ぎる。
誰の目にみても、ヒロの不安定さはよくわかる。だが、それを問い掛けるとヒロは声を荒げて怒るでもなく、ただ、静かに、「何でもない」と答えるだけだった。そしてその声には、それ以上の追求を認めないといった刃のような鋭さが秘められている。
隣国との戦がある月。
今回の先発隊には一気に攻め落とすため、主戦力がそろっていた。シンバ、ソルティ、大蛇丸、ヒロ。そして不如帰。
さらに、今回はサトーも援軍として駆けつけた。
「はぁあああっ!!!」
死神の鎌が振り下ろされる。
炎を纏ったその軌跡は、幾人もの兵士の魂を刈り取り、食いつくす。
ヒロはまるでがむしゃらに敵陣へと突き進んでいった。そうしなければ、心が重たくて、歩けなくなってしまうかのようで。そうしていなければ、黒いものに食い尽くされそうになって。
「姫様!!」
サトーの静止の声もとどかない。
「まずいな、ヒロの部隊が突出しすぎている。あのままでは取り囲まれてしまう!」
戦況を把握してソルティが声を上げる。
「不如帰、サトーさん!!」
「何だ?!」
瞬時に策を練ったのか、ソルティが二人の忍びの名を呼ぶ。
「お二方の部隊は森林での攻防を得意とするでしょう。敵の兵種はナイトです、あそこへ誘導し、その隙にヒロを下がらせて、一気に敵の頭を叩いていただきたい!」
「承知!」
「おうさ!!」
返事をしたかとおもうと、二人は部隊の兵士をつれて姿を消した。
風に草葉の匂いが色濃く混じりはじめる。
多くの兵士達が土を踏み締め、草葉を蹴散らし、敵を切り倒してゆく。
敵陣の真ん中へと踊り込んだヒロは、囲まれつつあるにもかかわらず、その腕をふるうことをやめない。左手に炎が集結する。
「魔粧・煉獄!!!」
轟!!と、紅蓮の炎がまるで生き物のように爆ぜ、兵士達に襲いくる。全てを焼きつくし、黒い大地へとかえる。だが、絶え間なく敵兵は剣を振るう。
「邪魔だぁああっ!!」
心につかえるものを吐き出すかのような声を張り上げ、もう一度鎌を振り上げる。
「姫様!!」
「!!」
ざん!と、眼前にサトーが現れる。驚いて、ヒロは振り上げた腕を止めた。
「何やってんだ、突っ走りすぎんのはやめろっていっただろ!!」
「な・・・・っ!」
「不如帰!敵軍頭、巽の方角!!」
「わかった!」
ヒロが何か言う前に、サトーはいつのまにか現れていた不如帰に敵軍の大将の位置を知らせる。それを聞いて不如帰は敵兵の攻撃をかわしつつ、そのまま戦況を森の方へとうつしてゆく。相手が戦うことに囚われている状況において、己を追い詰める事はすなわち、相手を死地へと誘う事。
まるで光に集う虫達のように。不如帰はそのまま誘導する。
「姫様はこのまま後方へ下がれ!あとは俺達に任せときな!」
「サ・・・!」
くしゃりと頭をなぜて、サトーは笑って瞬時に姿をけす。ヒロはその影を追うだけだった。手を伸ばしてもとどかない。
「・・・・・・」
手を、握り締める。
「・・・・・っ」
声も、とどかない。
「ヒロ!」
追いついて来たシンバ達が、ヒロの姿を見つける。
「ヒロ、無事だったんだ、よかった!」
「・・・シンバ」
戦場は森の中へと移行している。主力部隊として不如帰が敵軍大将と対峙している。そしてそれを補佐するサトー。二人の息は実際ぴったりとあっていて、なれない森林での攻防に敵は為す術無く翻弄される。
「やはりこの状況で忍者にかなう者はいない、か・・・」
ソルティが一人ごちる。
「・・・・・・・」
ヒロは、きゅ、と唇をかみしめた。
小回りがきき、暗い森の中を影から影へと、目に捕らえられない速さで動き、敵が気がついた時には、その命を奪っている。音もなく、気配もなく、彼等は肉塊を増やしてゆく。
不如帰が、少し拓けた場所ですばやく構える。眼前には狂乱に燃ゆる敵軍。
構える彼女に攻撃をしかける敵兵を、サトーが数多の手裏剣で牽制する。
空気が震えはじめる。
すばやく印を結び、呪を唱える。
ぴり、と肌を刺す強い気配。
サトーはそれに指笛を高く鳴らした。反響して鳴り響くその音に、配下の忍者達は一斉に姿をけす。突如、攻撃目標がきえ、敵兵達は驚き慌てる。
敵軍のまとまらない陣形が崩れ、さらに統率をかく。
印を結んでいた不如帰の手が最後の印を結んだ。
「裏奥義!!阿修羅陣!!!」
「はっはー!不如帰、まぁた派手にやったなぁ!」
大蛇丸があたりを見回して声を上げる。
月組の奥義として、表に光陰脚、裏に阿修羅陣がある。表の奥義はサトーが。裏の奥義は不如帰が習得している。その威力は実際物凄いものである。
ほとんど無防備の状態であったとは言え、防御力の高いナイト達を、ほぼ壊滅状態にまで追いこむほどに。
そのすさまじい威力に、敵兵は退却し、ソルティの説得に降伏をした。
城は無血開城で落ちた。
ふぅ、と、空をあおぎ、一つ息を吐き出す不如帰。
「腕はなまってねぇな、やっぱり」
サトーが笑って声をかける。
「・・・お前も、な」
共に戦うのは一体何年ぶりだろうか。
それなのに、見事に連携の取れた戦い。サトーの補佐は的確で、不如帰は戦いやすかった。
「へっ、有難うよ」
そういって片腕を上げる。それに気がついて、不如帰は笑い、同じように片腕を上げた。
ごつ、と御互いの拳を叩く。久しぶりのそれ。
思わず笑い声を同時に零した。
「・・・・・・・・・」
胸が締め付けられる。
動きも、息もぴたりとあっていて、あっという間に敵を打ち崩した。
過去を共有するその信頼関係。
自分は知らないサトーの事を、不如帰は知っている。
だからこそ、あんなにも見事に。
自分の入れない、場所。
「・・・・・っ」
息が、できない。
「姫様!」
戦が終わり、サトーがいつものようにヒロに声をかける。だが、ヒロはちらりと視線を向けただけで、すぐにふいとはずした。
「・・・姫様?」
駆けより、自分よりもずいぶん小さな姫を見下ろす。
「どうしたんだよ。何、怒ってんだ?」
ヒロはどちらかと言うと、感情が表に出るタイプだ。
「・・・別に」
視線は向けずに低い声で答える。
「別にって・・・別になんて顔じゃねぇぞ。それは」
「・・・・・・」
だが、ヒロは答えない。
かりかりと頬をかいて、溜め息をつく。何かある事は確かなのに、こうなると梃子でも動かずいわない。
「・・・ああ、ほら、怪我してるじゃねぇか」
かすり傷程度だが、頬にある切り傷を見て、サトーは手を伸ばして頬に触れる。
「・・・・・っ」
びくりと体が強張る。それを感じ取り、だが、言葉を続ける。
「あんまり無茶すんなよ?前にもいったけどよ、姫様は無茶しすぎだ。あんまり心配させんなよ」
苦笑と言った感じに笑ってやる。だが。
「・・・だったら」
「え?」
「・・・だったら、私の事などほおっておけばいいだろう」
視線をこちらに向けないまま、ヒロが言う。
「・・・私の事なんて・・・ほおっておいて・・・っ、あの女と一緒にいれば・・・いいじゃないか!!」
「!」
ばっと、頬に触れる手を振り払い、ヒロはサトーを強く睨みつける。悲痛な、赤い瞳。
「・・・お前に心配ばかりかけて、お前を困らせてばかりで、だったら、こんな私より、あの女の方がいいだろう?!」
「姫さ・・・」
「おまけに私は魔族だ、お前とは違う種族の、お前達人間に忌み嫌われる者だ!!私なんかより・・・お前だって・・・!!」
そこまで言って、声を飲みこむ。そうして、もう一度サトーを見る。
「お前だって・・・あの女の方がいいだろう?お前をよく知っていて、お前を困らせる事もないだろうさ。その方が・・・お前も・・・・」
「・・・ちょっとまてよ、それ、本気で言ってんのか?」
淡々と語るヒロに、サトーが問い掛ける。それには少し、怒りが混じっているようだった。
「・・・そうだ」
一瞬、その声音にひるんだ様子を見せるが、ヒロは息を飲んで短く答える。それにぎっと、サトーは奥歯をかみしめた。
「何だよそれ!いきなりわけわかんねぇ事言ってんじゃねぇよ!!どうして俺が、あんたより・・・」
「だってそうだろう!!お前は、私に見せた事のない笑顔で、あの女に笑いかけるじゃないか!!」
「・・・・・!」
サトーの言葉を封じるように声を張り上げる。
「・・・・・・っ」
だが、堪えられないように、ヒロは身を翻してかけだした。
「ちょ・・・姫様!!」
いきなりの事に一瞬反応が遅れる。だが、すぐにかけだしてヒロを追いかける。
「待て・・・まてって!姫様!」
サトーはヒロより足が速い。戦で疲労していても、その速さに変わりはなく、逃げるヒロの腕を掴み取る。
「離せ!!」
「離さねぇよ!」
腕を掴まれ、その戒めから逃れようともがくヒロを、サトーはその懐に抱き締める。
「・・・・っ離せ、離せと言っているだろう!!」
「離すかよ!」
力強い腕に抱きすくめられ、思わず顔を赤くしながらも、ヒロはさらにもがくが、サトーははっきりとした語調でその動きを封じる。
「・・・・・っ」
先の行動を封じられ、ヒロはうつむいたまま、唇をかみしめた。血の味がする。
「・・・・ヒロ」
耳元で、名を呼んでやる。その低い声音にびくりと身をすくませた。
「・・・・っ・・・・こうやって・・・あいつも抱き締めたんだろう・・・?!」
「・・・・・・」
「この腕で・・・私を抱き締めるよりも先に・・・!!」
黒い感情が心の中を蠢く。ぶるりと涙が込み上げる。堪えきれない。
「・・・ヒロ・・・」
「・・・・・・私は・・・・っ」
サトーの上着を掴む。赫い瞳から、涙が零れ落ちる。
「・・・私は・・・私は・・・お前を知らない・・・!!」
「・・・・・・」
「昔のお前を・・・私は知らない・・・!あの女は知っているのに・・・!!」
気が狂いそうなほど。黒い感情は激しく熱くて、胸を焦がす。
嫉妬。
「無理な事はわかっている、でも・・・私の知らないお前を・・・あいつは知っていて・・・お前は私の知らない顔であいつと話して・・・・っ・・・悔しくて・・・っ」
けして満たされる事のないもの。過去を共有する事は、そこにいた者でない限り無理な事。だけれど。
「お前は私を大切にしてくれる・・・けど、だけど、それだけじゃたりなくて・・・もっと望んでしまうんだ・・・!」
尽きる事のない渇望。
「無理な事だと、無駄な事だとはわかっている、でも、やっぱり・・・お前が・・・お前の全部が・・・欲しくて・・・っ!」
「・・・・・っ」
そこまで言った時、サトーがヒロを強く抱きすくめる。
「・・・・・過去を・・・昔の事を消す事なんて出来ねぇ・・・」
「・・・・・」
「・・・それは、今の俺をつくったものだから・・・・」
ほんの些細な事でも、過去の全てが、今の己をここに存在させている。そうして、それがなければ、今こうして、ヒロを抱き締める事もできない。
「でも・・・でもそれで、あんたを苦しめたくねぇよ・・・」
「・・・・・っ」
抱きすくめられ、サトーの体温を感じて、それでも貪るようにヒロはサトーの背に腕を回して抱き締める。
全てを束縛するような望み方は駄目だ。何もかもを求める愛し方は駄目だ。それはお互いを駄目にする。だけれど、それでも相手を望む心は消しようがなくて。
そして、それはサトーも同じで。
「・・・けど、俺は誰よりもあんたが一番大切だから」
「・・・・・」
愚かでもなんでも、求めてしまう。いっそこの手で壊してしまいそうな感情さえ掠めるほどに。だけれど、そんな事はしたくはない。そう想ってしまう以上に大切にしたい。
相反する感情を抱いて、一度口付ける。
「・・・言葉なんかじゃたりねぇくらい・・・あんたを想ってるから」
「・・・・サトー・・・・っ」
きつく抱き締め、ヒロはその腕の中で、涙が枯れるほどにまで、泣いた。
今日の月は細長く、銀糸の光を大地に降り注いでいる。
夜の闇はそれに彩られ、その恐ろしさを影にひそめている。
「・・・なぁ。ヒロ」
「・・・何だ?」
少し泣きはらしたあとの残る目を己をいだいているサトーにむける。
「・・・過去はどう足掻いたって共有する事は出来ねぇ」
「・・・・・」
不意の言葉に、ヒロは少し哀しげな顔をする。
「だけど、さ」
言葉をサトーは続ける。
「・・・今は、この先は、一緒にいれるから」
「・・・・・・」
「約束なんて出来ねぇかもしれねぇけど・・・」
「サトー・・・」
「でも、俺の望む限り、・・・あんたの望む限り。俺はあんたの側にいるから」
絶対的なもので、二人を別つ事はいつか必ず来る。だけれど、せめて、その時までは。
絶対と、軽く約束なんてできない。口先だけの薄っぺらい約束は相手を傷つけるだけだ。だが、それでもそう望む事をやめる事はできない。
言葉にするのは、そうしたいと、願うからだ。
言わない事が強さか。いう事が優しさか。
破られる約束ならば、言わない方がいいのかもしれない。
でも、そう願わずにはいられないのだ。
・・・だが、側にいて、本当にいいのだろうかとも、おもって。
己は側にいたいと願う。だが、それでこの娘を苦しめる事にはなりはしないだろうか。
いつかは破られる。
その時に哀しい想いをさせてしまう。
それならば、いっそ。
「・・・・・・」
言われて、ヒロはサトーを抱き締める。その懐に、優しく抱くように。
「・・・ヒロ?」
不意のそれに怪訝な声を上げる。
「・・・なんて顔をしている」
「え?」
「・・・泣きそうだぞ?」
「・・・・・・・」
柔らかい暖かさを持つその懐。
「・・・そうか?」
苦笑して、サトーはその小さな身体を抱き締めた。
「・・・サトー」
「ん?」
「・・・・まだ、時間がかかるかもしれないが・・・」
「・・・・・」
呟きながら、窓から見える細い月を見上げる。
「お前の過去も、認めれるようになりたい」
「・・・・・・」
「確かに・・・お前とあいつの事は悔しいけど・・・でも・・・」
自分がけして手に入れられないもの。だからと言って、子供のように認めずに目を背け続けたくはない。
「・・・・いつか、きっと・・・」
「・・・・・」
強くありたい。
己のために。相手の為に。
身体も、心も。
愛しいものと、生きるために。
←BACK
『小説』に戻る。
『サトヒロ同盟』に戻る。
終了・・・・。
これまたえらい時間かかりすぎ・・・。
とりあえず、以前からかきたかった姫さんのヤキモチと言うか、嫉妬と言うか・・・そんな御話。
不如帰の出番が・・・もう少しいい感じにかきたかったのに・・・。
ごめんなさい・・・ホトちゃん・・・(TT)
一応、これは「独白」と「金衣公子」の間の御話です・・・。
んでもって、裏の「月季花」よりも少し前の御話・・・。
(月季花で、ヒロ、不如帰に浴衣着せてもらってます。だから・・・まぁ、少し落ち着いたあとというか)
あと、不如帰が裏奥義をつかってますが、愛しき邪悪ではないんですよねぇ。阿修羅陣。まぁ、それはおいといて(おいこら)
独占欲が強いうちの姫。
でも、もとめすぎるのは相手も自分も駄目にしてしまうので・・・。
どうか、ヤバイ方には独占欲が向かないでほしいですね。いや、向かないだろうけど。
そして、どうか、認めれるほどに強くなってねと。
まだ先の話ですがね・・・(汗)
では。
最後に、ネタを有難うございます。おたんさん(TT)
しょこらさん、大罪話をつかってみました・・・・どうでしょう。