銀花のうさぎ。
「寒い。」
ある、冬の晴れた日だった。
ヒロは上着を着込んでいるのにもかかわらず、頬を赤くしながら震えていた。
雪が一晩のうちにどっさりと降り積もり、一面がすっかり白銀の世界だ。案の定、シンバあたりが喜んで、仕事をさっさと終わらせて外へと駆け出していった。
で。
「ヒローっ!ヒロも一緒に雪合戦しようよー!」
城下町の子供達と一緒になってきゃいきゃいいいながらシンバが後ろでつっ立っていたヒロに声をかける。半ば無理矢理、寒がっているヒロを外へ連れ出したのだ。
「嫌だ。」
はっきりきっぱりとヒロは拒絶する。
「何でーっ!」
「こんな寒いのにさらに寒くなる事なんかやっていられるか!」
言い返すとシンバはむすぅ、とふくれる。いい歳した青年が、精神的には未だに無垢な少年のままだ。
「ヒロは寒いのに弱いんだ、あんまり無理にさそうとまた怒られる。僕が一緒にしてあげるから」
「ほんと?やった!じゃ、はやくいこ!」
そういってソルティの腕を引っ張って、子供達と一緒に駆けて行く。
「元気がいいなぁ。相変わらず」
ざくざくと雪を踏みしめて、ヒロの後ろからサトーがやってきた。
まるで、古い歌にあるかのように喜びながら駆けまわる子犬のようだ。そうおもって笑う。
「お前は一緒にやらないのか?お前、こういうのは参加する方だろう」
白い息を吐き出しながら、ヒロはサトーを見上げる。
「いんや。今日は遠慮しとく」
確かにいつもならのりよく混ざって一緒に遊んでやるのだが。
「珍しいな・・・、・・・っくしゅんっ」
言葉をつむいでから、途端にヒロがくしゃみをした。それから身震いをして、両腕を手でさする。
「寒いか?ああ、そういやあんた寒いの苦手だもんなぁ」
「うるさい・・・っ」
本当に寒そうである。いつもなら蹴りか拳の一つでもとんできそうなところだが。
そんなヒロを見て、サトーは少し考えてから、
「ほれ」
と、後ろから懐に抱きこむ。首に巻いていたマフラーを取ってヒロに巻いてやる。
「お、おい」
不意のそれに少し驚いて、頭を後ろにそらして見上げた。みればサトーがにぃ、と笑っている。
「暖かいだろ?」
「・・・・・・・・・・」
緩やかに伝わってくる体温を背中に感じて、ヒロは自分を抱き締める腕を少し複雑そうな顔をしながら掴む。顔が赤いのは寒さのせいだけではないだろう。
サトーは懐が深く、おまけにヒロは小柄な方だ。簡単にサトーの腕の中におさまってしまう。ふくふくと寒いけれど暖かい。照れくさいけれど、嬉しい。
「毎年こうやってあっためてやるよな。いつもだったらこんなに大人しく抱き締められてくれねぇけど。あー、いっつも冬だったらな・・・」
そこまで言った時、ヒロの拳がサトーの顎を殴り上げる。
「何を言っている!!」
衝撃で少し仰け反ったサトーから逃れて振り返り、ヒロが赤い顔をさらに赤くして怒鳴り散らす。
「・・・ってぇーっ!いきなり殴るなよ!」
「自業自得だ!」
ヒロが抱き締めさせてくれないので、手持ち無沙汰なサトーは、少しいじけて雪の上に座り込み、まだ降り積もったままの姿の雪の平面をすくいあげる。ぎゅむぎゅむと雪を固める。それをごろごろと転がす。
「・・・何をしている」
遠くではしゃぐシンバ達を眺めていたヒロが、隣でもぞもぞ動き回るサトーを視界の端にとらえて、問い掛ける。
「だってよぉ。姫様相手してくれねぇしぃ。」
わざと間延びさせ、わざとらしくいじけた声をだす。・・・まるで子供である。
見れば、サトーは既にヒロの腰のあたりまである大きさの雪の玉を転がしていた。こんなもんだろ、と言って、さらにもう一つ、それより一回りは小さい雪の玉を作る。
「・・・何を作っているんだ?」
その行動に疑問を感じて再度聞く。
「何だよ。姫様しらねぇの?」
一回り小さい雪の玉を、おおきな雪の玉の上に乗せる。手頃な木の枝や、まつぼっくりなどをどこからか見つけてきて、その物体につける。
「うし、完成」
ぽんぽんと手をはたいて満足げに言う。
「・・・なんだ?これは」
「雪だるまだよ。ガキん時とかに作った事ねぇの?」
ヒロの肩と同じぐらいの高さのそれ。簡単な作りだが、どこか妙に愛嬌のある。
「ない。・・・ふぅん。お前に似て随分変った顔をしているな」
「・・・・それどういう意味だよ。」
なでなでと雪だるまを撫ぜながら、ヒロがくすりと笑ってみせる。サトーは複雑そうに半眼で相手を見やる。
「そのまま、言葉のとおりだ」
「・・・ひっでぇ言われよう・・・」
「はははは、そう拗ねるな。だが、愛嬌があって、私は、好きだぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
さり気に言われた台詞に、サトーは少し面をくらう。ヒロは少し照れているのか、こちらを正面からは見ない。
「他には何を作れる?」
「え?あ、ああ。そうだなぁ。雪像なんかつくってたら時間かかるしな。まぁ、他に簡単に作れるっつったら・・・」
視線を合わせずにヒロがきいてきたので、サトーは首をひねってから、また雪の上に腰をおろした。雪を楕円を切り取ったような形にまとめる。それから細長い手頃な長さの葉を二枚。近くになっていた七竃の実をとってきて、それも二つつける。
「ほれ。」
「・・・これは、兎、か?」
「そ。雪うさぎ。結構よくできただろ?」
真っ白い毛皮に赤い瞳の白うさぎ。それを雪と木の実で代用して。
「・・・ふふ、お前にしては随分可愛らしいものを作ったな」
サトーの隣に腰をおろして言う。
「俺にしてはってどういう意味だよ」
「そのままだ。」
「・・・・・・・・・・・・」
同じ言葉を返されて、サトーはちぇ、とやはり少し不貞腐れる。と、ふと思いだした。
「そういや姫様ってうさぎに似てるよなぁ。」
「・・・・何でだ」
唐突なその台詞に訝しげに片眉を上げる。
「白い肌に赫い目。な?」
「・・・・魔族は皆赫い目をしているぞ」
溜め息混じりに言うと、サトーはにぃ、とまた笑って付け加える。
「んだけど、他にもよ。小さくって柔らかくって滅茶苦茶可愛くてさぁ。」
「・・・なにを・・・!」
愛しげにこちらを見ながら言うサトーにヒロはかぁっ、と顔を火照らせる。何か言おうとした時、さらにサトーが言葉を続けた。
「寂しがり屋なとことか」
「 ────── 」
一瞬言葉を失う。だが、
「・・・何を言っている!私のどこが寂しがり屋だと言うんだ!!」
憤慨してサトーに詰め寄る。しかしその怒りをさらりとかわしてそのまま続ける。
「知ってるか?うさぎってのはあんまり構ってやらなくなると、寂しくて死んじまうんだぜ?」
「・・・・私がそうだと言いたいのか?!」
いくらサトーでも、さすがに侮辱されたような気がしてヒロの瞳が剣呑な光を帯びる。だが、サトーはそれすらもかわしてヒロを抱きよせる。
「そうじゃねぇけど・・・でも、俺と離れている時、やっぱり、寂しいだろ?」
「・・・・・!」
「俺は、あんたと一緒にいれなくて寂しいぜ」
「・・・・・・っ」
普段、軽口をたたいているくせに、時に急にこんな真面目に言うのは卑怯だ。と、内心ヒロはそうおもって、だんだん火照ってくる頬を感じながら、そっぽを向いた。
「・・・だ、だったら、仕事を早く終わらせて、逢いに来ればいいだろう」
「ああ。そのつもり」
ぎゆう。と少し強めに抱き締める。愛おしいと言うように。側にいたいと言うように。
「・・・・・・」
逞しい懐。ヒロは照れながらも、その抱擁を受ける。
「・・・こら、いい加減離せ」
「何で。」
「・・・下が冷たい」
「だったら俺の上にのれば?」
「・・・・っ!何を言っている!いいから離せ!」
「やなこった。気持ちいいんだよなぁ。姫様。いい匂いもするし」
「・・・まったく・・・っ」
しっかり抱き締めて離さないサトーを、ヒロは少し諦めたように横目で見やる。それから、躊躇いがちにサトーの背中に腕を回した。
暖かい。この心地よさが自分を捕らえて離さない。ずっと、ずっと側にいたい。いてほしい。
力を抜いて、サトーに自分を預けるようにした時。
「ヒローっ!おじさーんっ!!」
突然雪まみれのシンバが二人に抱きついて来た。
「うおあっ?!」
「し、シンバ!?」
「えっへへー」
バランスを崩し、雪の中に倒れこむ三人。二人は驚いて、一人は楽しそうに笑っている。そうして、シンバの後ろからやってきた、これまた同じく雪まみれのソルティはシンバの行動に頭を押さえていた。
「こんなとこで座ってないでさ!一緒に遊ぼうよ!」
無邪気に笑うシンバ。呆気となるサトー。そして。
「・・・・シンバ!!」
怒りに燃えるヒロ。
「お前と、いうヤツはぁああっ!!何度言えばわかる!!」
「え、えぇ?!な、何怒ってるんだよ、ヒロ!!」
「わからないのならばその身に教えてやる!!」
眉を吊り上げ、声を荒げる。その様にシンバは驚いて慌てて立ちあがって逃げ出した。ヒロは片手に炎を集中させる。
「・・・何でとめなかったんだ?」
「止めましたよ。でもそれで止まるようなシンバじゃないのはわかるじゃないですか。それに」
じろり、とソルティがサトーを斜めに見上げる。
「こんなところで人目も憚らずやっている方にも問題があると思いますが。」
「・・・・・・・」
返す言葉もなし。
「逃げるな!!」
「やだよ!!逃げないと燃やされちゃうだろ?!」
「当たり前だ!!」
逃げるシンバに追うヒロ。そしてそれを遠くで見ているサトーとソルティ。
さらに遠くの丘で、そんなやりとりを、2羽の白い兎が見ていた。
『小説』に戻る。
『サトヒロ同盟』に戻る。
はい。今回は少し短めに。
私が好きな季節は冬です。晴れた日、真っ青な空と真っ白な平原、すっごい綺麗だなぁと思うんですが。山育ちなので。
で、雪だるまとかよくつくるわけで。
雪うさぎ。白くて目が赤くて。ふと、ああ、なんか似てるかなぁ?とか沸いてる脳みそで思いついてしまったのがうんのつき(?)
勢いで描いてみました。相変わらずシンバの精神年齢が小学生・・・。ファンの方、ごめんなさいです(大汗)
こういった普通にのほほんな短めの話を沢山描きたいですな。
ではでは。