紫紅の空



 「諜報員?」
 それはサトーが援軍に行った勝ち戦の次の日。
 ヒロからシンバ達が自分に会いたいと言われ、サトーはムロマチ城へと赴いた。
 そうしてソルティがきり出した話。
 「そうです。我が国の専属の諜報員として貴方を雇いたいのです」

 「…何だって、いきなり。前にも言ったが、俺はお前さん方の仲間には…」
 「では、何故今回、援軍に来てくださったのですか?」
 「・・・・・・」
 ソルティの言葉に、サトーは眉をよせる。以前会った時にも思ったが、この青年はいまいちくえない。
 「貴方がヒロ個人に仕える身なのはわかっています。ですが、ヒロは今はこの国の武将。ヒロの為に
動くならば、このお話、引き受けてもらえる筈ですが」
 「・・・・・・」
 こちらが何かいう前に、ソルティは話を続ける。内心、この野郎とか思いつつもサトーは言葉には出
さない。
 「残念な事に、今のムロマチには特に優秀と言える忍者の人材がいない。我々は貴方の力を高く評価
しているのです」
 ムロマチにいた頃は、月組忍軍でも筆頭の実力をもち、大陸に渡ってからも傭兵家業でその腕をみが
き、新生魔王軍に仕えていた時も、君主の少女をよく支えていた。
今のムロマチにもそれなりの実力を持った者はいるが、如何せん、経験が浅い。限られた範囲内でなら
一流の実力だが、この戦乱の時代、何が起こるか分からない。あらゆる事に対処し切れなければ、それ
は自分だけでなく、つかえている国をも飲み込む惨事へとつながる。
サトーは荒事の中で育ってきたため、実力はもとより、経験も豊富だ。
 「…この国が滅べば、ヒロはまた在野へ下る事になる。次に訪れる国が、大魔王の娘を快く受け入れ
てくれるとは思いませんが?」
 その言葉にサトーがぴくりと反応する。そうして一度、冷ややかな視線をソルティに投げかけてから、
頬杖をついた。
 「…俺の実力を高くかってくれるのは嬉しい事だが」
 眼光鋭い視線へと一変する。
 「誘うんならもっと巧く言うもんだ。姫様を引き合いに出すな」
 声に怒気が含まれる。ソルティは微動だにしない。
 「おじさん…」
 シンバが不安げな声をあげる。
 「・・・・・」
 一間おいてから、サトーは呆れたようなため息をついた。
 「…へっ、わかったよ。俺としても、自分で姫様を託したところをみすみす滅ぼされたかねぇ。いいぜ。
雇われてやるさ。だがな」
 立ちあがり、見下ろす視線でソルティを見やる。ソルティも真っ向からそれを受ける。
 「てめぇが企んでる何かに姫様を巻き込むんじゃねぇぞ」
 「・・・・」
 静かに、だが確かに怒りを秘めた言葉に、今まで変わらなかったソルティの表情がわずかに引きつった。
 「…何を、言ってるんですか?」
 声はあくまで平静だ。それにサトーは顔をしかめる。
 「…何かするなら、もっと巧く敵を欺くんだな。坊主」
 「・・・・・・・」
 ソルティは答えない。シンバには、二人が何を言っているのかがよく理解できずに、ただ、二人を交
互に見ていた。
 「さて。手始めにエルフ軍の調査でもするかい?目下、相手はあそこだろ」
 張り詰めたような緊張の空気を一気にかき消すようなくだけた喋り方で、サトーが切り出した。
 「そうですね。では、お願いします」
 「ああ、じゃあな」
 事務的な返事に、短く声を返し、サトーは部屋を出た。


 「・・・・・・・」
 サトーが部屋からいなくなり、ソルティは静かに、深くため息をついた。目元を片手で押さえる。
 「…ソルティ?大丈夫かい?何だか…疲れているみたいだけど」
 「え?あ、ああ、大丈夫。大丈夫だよ、シンバ」
 本気で心配げな顔をしている、無垢で純粋な心を持った親友。
 『何かするんなら、もっと巧く敵を欺くんだな、坊主』
 先程のサトーの言葉が蘇る。
 「・・・・・・・」
 じっと、不安そうにこちらをのぞきこんできたシンバに、ソルティは心配をかけないように笑ってみせる。
だが、どこかで痛みを覚えた。
 いつから作り笑いが上手になった。いつからそれが、当たり前になった。
 「本当に、大丈夫…」
 呟きながら、消えない小さな痛みの意味を、ぼんやり考えた。


 『あのガキ…』
 まだはっきりとはわからないが、彼の後ろに蠢く何か。それを抱えながら青年はいったい何をするつ
もりか。そこらへんもついでに探っておくかと思っていると、
 「サトー!」
 少し離れたところから名を呼ばれて視線をめぐらせる。見ると、窓際にヒロが立っていた。
 「なんの話だったんだ?」
 「ん?ああ、俺を諜報員として雇いてぇとさ」
 駆け寄ってきて、自分よりもかなり背の高い男を見上げながら聞いた。サトーは先程の険しい表情と
はうってかわって、優しげに笑みで顔をほころばせる。
 「諜報員?…ああ、なるほどな。確かにお前ならうってつけだな」
 新生魔王軍の時代も、いろいろと情報収集の面で助かっていた。正確な情報は戦の勝利をも左右する。
 「で、受けたのか?」
 「ああ、まぁな。…と、なると。今度からはそうそう会えなくなっちまうな」
 返事をしてから、ふと思い至ったように言った。
 「何故だ?」
  「仕事が仕事だからな。何ヶ月もかかるような事もざらにある」
 「!…そうか。そうだな…」
 言われて、ヒロは顔を曇らせる。
 「・・・・・」
 久しぶりに会って、やっとずっと側にいてくれると思っていたのだが。
 「…受けた仕事は疎かにはしたくねぇからな」
 「ああ。そうだな…」
 他の者の前では滅多に出さない寂しげな表情。サトーは少し苦笑して、ヒロの頭を軽く撫ぜる。
 「暇みて、たまにくるからよ」
 「!」
 その言葉に、顔を上げぱっと表情が明るくなる。素直な反応にサトーは嬉しくなる。可愛いなぁ、と、
しみじみ思ってみたり。
が、今度は、その嬉しそうなサトーを見てヒロがはっとなる。
 「…っな、何を笑っている!別にお前がいなくても寂しくなどないぞ!!」
 「そうか?んじゃ、そう言う事にしといてやるよ」
 「サトー!!」
 悔しいのと恥ずかしいのが入り混じった顔で、ヒロが怒鳴る。だが、当のサトーは意地の悪い笑みを
浮かべて、ヒロの怒鳴り声を受け流していた。
 「ま、なにはともあれ。これから忙しくなるぜ、姫様。落ち込んでいる暇はねぇぞ?」
 「ふん。余計なお世話だ」
 先の敗戦のせいで、つい最近まで滅多に感情を表さなかった少女。少しずつだが、それも戻りつつあ
る。そんな感情の変化も見て取れて、サトーはやはり嬉しくなる。
 「…また、何を笑っている」
 不快げに眉を寄せて問い掛ける。
 「ん?いや。…よかったなぁ、と思ってよ」
 「?」
 これで良かったのだ。あのままだったら、多分彼女は死んだも同然になっていた。今、こうして向かい
合って話せる事。それだけが酷く嬉しい。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 しばらくじっとヒロを見ていたサトーは、不意にあらぬ方向を見ながら首筋をかいた。
 「どうした」
 その、明らかに唐突な行動を聞くと、サトーは今度は頭をかく。
 「・・・・・・・・・・いや。その」
 目を伏せ、口元に手を当てて、何やら考え込んでいる。
 「…何だ。何か言いたい事でもあるのか?」
 「・・・・・・・・・・言ったらあんた、絶対怒るぜ」
 「言わなければ分からないだろう。言ってみろ」
 「・・・・・・・・・・」
 じっとこちらをみて、その視線は白状しろと迫っている。サトーはそれに、諦めたように一つ、ため
息をついた。
 「…キス、してぇなって、思ったんだよ」
 「 ────────── 」
 暫しの間。そして。
 「…っな!!」
 「だから言っただろ!!絶対怒るって!!でもな、しょうがねぇだろ!あんたを前にして何もしたく
ないわけねぇだろ!!」
 ヒロが怒鳴り出す前にサトーの方が、その怒気を封じ込めるかのように声を上げた。
 「・・・・・・・・・・・・っ」
 怒鳴る事ができずに、ヒロはただ顔を真っ赤にしていた。
 「あー、ちくしょう、駄目だ。俺、行くわ。このまんまじゃマジでやべぇ」
 ヒロから視線をはずして手を振る。言った本人のくせに、こちらも顔が赤い。ただ、ヒロとは違って
頬のあたりだけが赤いのが、経験の差と言うものだ。
 「・・・・・・・・・・・ちょっと、待て」
 がっしと、去ろうとするサトーの上着をつかむ。
 「何だよ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しても、いいぞ」
 横からいきなり何か、酷く激しく殴られたような衝撃を確かにサトーは覚えた。
 「・・・・・え?」
 間抜けにも、それだけしか返せなかった。
 「だから、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・してもいいと、言ったんだ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 聞き間違いではなかろうか。だってあの姫様が。
 「・・・・・・・・・・・」
 顔を赤くしたまま、口元を引き結び、じっとこちらを睨みつけるように見ている。そんな表情が、サ
トーにとってはそりゃもう可愛くて可愛くて。今すぐにでも抱きしめたい衝動にかられつつ、驚異的な
理性でおしとどめ、それでも、あたりに人がいない事を確かめたり。
 「・・・・・・・・・・マジで、いいのか?」
 「…っ馬鹿者!…何度も言わせるな…っ!」
 赤い顔をさらに赤くして俯いてしまった。
 ここで焦らすのは女性に対して失礼である。何より自分もしたいし。
 「え、おい、サトー!?」
 ヒロの手を引いて、不意にサトーが歩き出した。そうしてひとけのない書庫へと入った。
 「やっぱり誰かに見られると嫌じゃねぇか」
 きょとんとしているヒロに、サトーが照れくさそうに言う。
 「…た、確かに、な」
 しかし、こうも静かだと、逆に緊張してしまう。
 「・・・・・・・・・・・・」
 しばらく二人の間に沈黙が流れる。
 そうして、先に破ったのはサトーの方だ。
 本棚を背にしていたヒロの横に手をつく。それから、片手をヒロの頬に添えた。
 「・・・・・・・・っ」
 その大きな手に、ヒロはきつく目を瞑る。身構えて体を強張らせてしまった。
 「…そんなに緊張すんなって」
 いつもよりも近い位置から静かに呟かれ、ますますもって身動きが出来ない。
 「…そ、そんなに、近づくな」
 声が上擦ってうまく喋れない。それにサトーは苦笑する。
 「してもいいっつたのは、姫様だろ?」
 「そうだが…!」
 「…嫌か?」
 「…嫌じゃ、ない、が…」
 サトーはそっと額に口付けた。
 「・・・・・・・・」
 少し驚いたようにヒロが顔を上げる。視線がかち合った。
 「・・・・・・・・」
 目を瞑る。それを合図とみなして、サトーは静かに唇を重ねた。



 「じゃあな、姫様」
 ぽんと、軽く頭を叩いてから、窓のさんに足をかける。外はもう暗くなってきている。
 「ああ、…気を、つけるんだぞ」
 珍しい気遣いの言葉に、思わずサトーはきょとんとした。そうして、小さく笑う。
 「姫様こそ、あんまり無理はすんじゃねぇぞ?あんたは昔から一人で突っ走りやすいからな」
 「うるさい。余計なお世話だ」
 ふいとそっぽを向く。それにまたサトーは笑った。
 「…じゃあな、姫様も気をつけるんだぜ」
 いろいろ含んだ言葉を呟くように言う。
 「わかっている!子供扱いするな!」
 気遣う言葉が奇妙に癪に障ってヒロは声をあげた。
 「ははっ」
 子供扱いなんてしてないのだが、と思いつつ、言葉を飲み込む。言えば、嘘だと頭から否定されそう
だ。だが、本当に気をつけるにこした事はない。…いろいろと戦争には、黒い思惑が張り巡らされてい
る。そうしてそれは、本人が望む望まざるにしても、周りを捲き込んでゆくものだ。
 「…また、近いうちにな」
 「…ああ」
 呟かれた言葉に、照れつつもヒロは素直に頷いた。
 そうしてサトーは日の落ちた薄紫色の闇の中へと姿を消す。
 「…近いうちに、か」
 窓際に歩みより、外を眺める。遠くの山の際がまだうっすらと赤く、薄がかりの紫の空とあいまって
とてもきれいだ。
 そんなにすぐに会えるとは思っていない。けれど。
 軽く指先で唇に触れる。
 「…そうだな」
 けして嘘はつかない事を知っている。多分、思っているよりも早くに会えるだろう。
 そうしてヒロは、誰もいない部屋を後にした。




『小説』に戻る。

『サトヒロ同盟』に戻る。




ぐはあああああっ!!
あまっ!甘すぎ!!書いてて砂はいちまうよ私は!!
なんの話が書きたかったのかと言うと。
サトーが援軍にきてくれるけど、なかなか現れてくれない理由について。
ゲームのシステム上の事と言ったら実も蓋もないんで。
だから、ソルティに諜報員として雇われて、そっちの仕事が忙しいのでなかなか援軍に行けないと。
でも、自国の兵数が多くなったら、300人しかいないサトーの援軍て、あんまり使わなくなってしまふ…。
そういいつつ、私は来てくれたらありがたく使ってます。現れるたびに狂喜してる阿呆がここに一人…。
あとですね。せっかくの暴走ページなんですから、書きながら砂はくようなシーンを書いてみたいと…。
初挑戦です。はははははは。
実際、あのシーンを書いている時、マジで挫折しそうになりました。私的にあんまりにも甘すぎて。
ガムシロップ吐いちゃいますよ。ええ。
皆さんも多分、かなり引いてしまったのでは…。いや、やっぱりヒロはまだ子供な所があるし。サトーも姫様には甘いし。
おおめに見てください(泣)
今回のヒロも失敗…あんなに子供っぽくない…いつになったらいい感じのヒロを書けるのやら…。
でもですね。私的にも格好良いヒロを書きたいんですよ。小説「スペクトラルサーガ」のヒロなんてめっさ格好良いじゃないですか!
そういうヒロが書きたい!!と思っているんですが…。駄目駄目…。
アレですよ、主導権握るのがどっちかで結構変わるんです。今回はサトーが。次はヒロが握ってほしいですな。サトー大変。
でも、今回のはヒロが主導権握っていたらどうなってたんでしょう。ヒロの方からせまるとはとてもおもえん。
せまると言うより、不意打ちしそうだ。やっぱり、サトーは背が高いから胸倉引っつかんで、頭を下げさせて、ぐいっと。
いきなりの事に慌てふためくサトー…。照れつつも余裕の笑みのヒロ。
・・・・良いですねぇ。(何が)

さて、前半、ソルティが妙に目立っていたのは何ででしょうか。書いている私にもよく分かりません。
ただ、ソルティがシンバを押さえて出張る出張る。キャラ的に、いろいろありますしね…。
ここで、サトーもソルティが何やら企んでいる事に気がついてます。さすが忍者。
シンバのサトーを呼ぶ台詞が、「おじさん」なのは、あの亡命イベントを見れば分かってくれるかと。
アレが凄いツボにはまって…。初めてみた時、笑ってしまいました。
だから、うちのシンバはサトーを「サトーのおじさん」と呼びます。サトーの方も気にしてません。
実際おっさんなんですし。
ここで一つ。うちのサトーは公式設定無視して、1000年時に30歳くらいです。31、2はいっててもいいです。
姫様とは10歳くらいの差。いい感じだ。はははは。(何が)

次は何を書きましょうかねぇ。
大蛇丸もだしたいし。個人的に、ロイさんとかアルとかも出したいんです。好きなんで。
在野からみつけたという事で。という事は、クリアスタ王国軍と無名兵団はもう滅んでしまっていると・・・・。
・・・ファンの皆様、すみません。
ロイさん。ロイさんはですねぇ。いい女なんですよ。姐御肌で。
アルはアルでめっちゃ可愛いし。都合により、シンバがウェイブをみつけてきたりして。
だから、こういう事は書かないほうが良いのに…。企画倒れになる事が目に見えてるって。

それでは。ここまでお付き合いいただき、有難うございました。また、呆れずに次も読んでくださいね(懇願)