独白 2 「いいのか?」 「何が?」 今日は天気がいい。まだ冬とはいえ、このいい天気のおかげで日中はさほど寒くはない。 暖かい日差しの差し込む廊下を歩いている時、不意にヒロが振り返りもせずに後ろのサトーに声をかけた。 「奴等の事だ。大蛇丸とあのくの一はともかく、片目の男。蓮撃とか言ったか?あいつはまだ納得はしていないだろう」 「ああ、それなら大丈夫だろ」 ヒロの言葉に、サトーはあっさりと答える。その返事に意外そうな視線を向けると、サトーは気がついて笑った。 「あのおっさんにとったら、大蛇丸が第一だからな。自分の感情を先に持ってくるような事はしねぇさ。だが、もし大蛇丸が俺の事で何かに巻き込まれたりでもしたら、即、あいつは俺を切り殺すだろうよ」 「・・・・・・・・・」 「さ、もうこの話は終わったんだ、姫様がそんな気にする事はないさ」 だがヒロは眉をひそめてかなり不満げだ。 「そんな顔すんなって。・・・あー、でも、あれだな。あの台詞は結構嬉しかったな」 半ば困ったように笑いながら、サトーはなんとか場を和ませようと言葉を考える。そしてふと、思いだした。 「?」 それにヒロはきょとんと己の臣下を見上げる。赫い瞳に向かってサトーはにやりと笑う。 「『私のものを奪うのなら、先に私を殺す事だな』って台詞」 「!!!!!」 一瞬にしてヒロの顔が真っ赤になった。 「姫様があんなこと言ってくれるなんてな。かなり嬉しかった」 本当に嬉しそうに柔らかい笑顔で言うので、ヒロはサトーを見る事ができずに俯いてしまった。 あの時は、頭にきたのでああ言ってやったのだが、今思い返すとかなり恥ずかしい。 だが、別に偽りや勢いに任せていったわけでもなく。 「う、うるさい!そんな事、今更言うな!!」 顔を片手で覆い、ヒロは眼を合わせずにずかずか歩き出した。うぐいす張りの廊下がぎしぎし音を立てる。サトーはその反応に小さく吹き出して、後を追いかけた。 「姫様」 「うるさい!もう忘れろ!!」 「いや、違うって、まってって姫様」 呼びかけても立ち止まらずに、大またで歩きつづけるヒロの腕を、すばやく後ろからつかむ。 「離せ!」 「やだね」 即答されてヒロはぎろりと相手を睨む。だがサトーはそれを平然として受け流す。 「ま、話を聞けって」 「・・・・・っ」 静かな声で言われて、ヒロは威嚇しながらも叫ぶのを一応やめる。大人しくなったヒロにサトーは言葉を続けた。 「・・・確かにあの台詞は嬉しかったけど、『先に私を殺す事だな』ってところは、あんまりいただけねぇな」 「何?」 てっきり、また何か、からかうつもりだったのだろうと思っていたヒロは、意外な言葉に怪訝そうに声を上げた。 「・・・・・・」 サトーはわずかに眉を下げ、切なそうに苦笑した。 「・・・・勝手な言い分だけどよ。あんたの命はあんただけのものじゃない、って事さ」 「・・・どういう意味だ?」 サトーの心意を探りあぐねて聞き返した。彼は笑んだ口のまま続ける。だがやはり、その笑みはどこか苦しそうで。 「あんたがそう言ってくれた様に・・・あんたが俺のことをそう思っててくれるように、俺もあんたをそう思っているって事・・・。それを・・・忘れないでくれ」 あの時自分でそう決めた。 何があってもこの人だけは守ると。この人だけは。 臣下だからとか、忠誠心だとか、とにかく昔はただ、彼女を守りたかった。 だけど、今はそういうのではなくて。 でも、想いは酷く似ていて、酷く違って。 敬愛と言う名の情ではなく。恋情と言う名の愛で。 彼女を失いたくない。彼女を死なせたくない。彼女を守りたい。 己が、どうなろうとも。 たとえ、命を失おうとも。 「サ・・・」 なんだか、いつもと違う。見ていて、痛くなりそうな笑顔。ヒロは、思わず名を呼ぼうとする。 「だからさ」 だがサトーが言葉を続けた。 「無茶は、しないでほしいんだよなぁ。あんたが危険をかえりみずに突っ込んでいく度、正直気が気じゃねぇよ。あんたに限ってとは思うけど、やっぱり・・・」 いつもと同じ、くだけた喋り方と困った笑顔。先程見せた辛そうな色はそこにはなくて。 隠して。はぐらかして。 「・・・・・」 ・・・ああ、そういう事か。 「・・・・心配、か?」 「え?」 言葉の続きをヒロが呟いた。驚いたように自分よりも頭一つ分は低い小さな姫君を見やる。 「何を馬鹿な事を言っている。おまえに心配されるほど、私は弱くはない。私はそれより、お前の方 が心配だ」 「・・・何だよ、それ」 今度はサトーの方がヒロの言葉の意味を把握できない。ヒロは視線を僅かにはずす。 自分が想っているように、お前も私を想っている。 多分、痛いほど強く。その想いがいきつく先の行動。 「・・・確かに、私はお前を殺す前に私を殺せと言った。それは不用意な言葉だったな。謝ろう。だがな」 己の腕を掴むサトーの腕を振り払い、ヒロはサトーの胸倉を掴んで引き寄せる。 「私はお前に死んでまで守ってほしくはない」 「 ─────── 」 大切な者に先立たれ、残された者の痛み。それは誰よりも彼女が一番よく知っている。 「お前は言ったはずだろう。最後まで私を守ると。だったら、私よりはやく死なない事が、私を守る 事ではないのか?」 「姫様・・・・」 守る者が出来たならば。 それは決して死ねないと言う事だ。 己が死んでしまえば、あとは誰がその者を守ると言うのだ。誰がその者の哀しみを癒すのだ。 守るものの命が相手のものだけでなく自分のものならば。自分の命もまた、自分のものだけでなく、相手のものだ。 決して死んではならない。 「 ──── 死んで想うより、生きて私を守れ」 「・・・・・・・・」 至近距離の、何者にもおくさない強い光を秘めた赫い瞳。 魔族の赫い瞳なんて、初めて見たわけでもないのに。最初に会ったとき、とても綺麗だと思った。 「わかったか」 一時期失った光は、蘇り、さらに強みを増している。 何よりも大切な存在。 「・・・・ああ」 眉をひそめ、泣き出したい衝動が込み上げる。だけれど、それを堪えてようやく笑みを作ってそれだ け、こたえた。 「・・・わかったなら、はやく戻れ!忙しいのだろう?」 胸倉を離し、ヒロはサトーに背を向ける。顔をこちらに向けない理由は、耳の方が赤くなっている事 でわかった。それを見て、酷く愛しくなって笑いをこぼす。 「姫様」 呼んで歩み寄る。ちらりと視線だけをヒロは向けた。 「じゃ、いってくるな」 そう言って、ヒロの体を引き寄せて額に軽く口付けた。 「っ!」 離れて相手を見れば、すっかり顔中真っ赤になってしまっている。可愛いなぁと思って、また笑う。 それにヒロがむすりと赤い顔のまま不機嫌そうに眉を吊り上げた。 そうして、笑っているサトーに向かってヒロはサトーの両肩に手を置き、爪先立ちをした。え、と、サトーが声を上げるよりはやく。 「!!!」 唇が重ねられる。 ほんの一瞬。ほんの僅か。だが、確かに触れ合って。そして何より、ここしばらくなかった、ヒロの方からの。ヒロはすばやく身を翻して離れる。 「ひ、ひめ、姫、様?」 突然の事に激しく動揺し、ヒロにまけないほどに顔を真っ赤に染めて。 「お返しだ!!」 「・・・・・・・」 ヒロが怒ったように言うので、その意味がキスのお礼ではなく、仕返しという意味がこめられている のにサトーは気がつく。いつもキスをして赤くなるヒロの反応が愛しくてたまらなく、つい笑みが零れてしまう。それがヒロには悔しいのだ。 「・・・・・・・」 たかだかキス一つ。 「・・・・・・ちくしょ・・・・」 それなのにここまで狼狽してしまう自分。もう、そんな事で慌てるほど子供でもないのに。 顔がやけに熱い。 「・・・まいったなぁ・・・」 改めて実感した。 サトーは口元に手を当てつつ、ため息をついた。 惚れた相手には絶対かなわない。 まさに、そのとおりだ。と、冬の真っ青な空を見上げ、小さく独白した。 『小説』に戻る。 『サトヒロ同盟』に戻る。 |