蒼月夜(あおづくよ)


 今夜は月が出ている。満月にはほど遠いが、それでも夜道を照らしてくれるには十分な月光。
いつもなら、その光を避けるように闇を一人走る男は、今日は違った。
 二人。
小柄の女性。想い想った相手。
肩を並べて歩くけれど、お互い一言も言葉を交わさない。
 男がつかっているいくつかの隠れ家のうちの一つ。森の中にひっそりと立っていた。入れば、明かりはともっていなくとも、窓から差し込む月の光のおかげで中の様子がわかる。男は、とりあえずまず、火をたいた。
 不意に灯った火の明かりに女は少しまぶしそうに眉をひそめた。
 「・・・・・・・・」
 何も話さない。
 だけれど、女が所在なげに立っているのをみて、男はしばらく考え込んでから、どこからか衣服とタオルを持ってきて女に渡す。
 「・・・あ、あのよ。すぐ近くに温泉があるんだ。・・・姫様、はいってこいよ」
 言われて女はきょとんとする。
 そういえば、自分はつい先程まで命がけの戦をやっていた。馬や兵士達がいきかい、土埃舞い上がる戦場で敵を倒し返り血を浴びながら。確かに風呂にでも入りたい気分だ。
 ムロマチは土地柄、温泉がよくわくので、人知れない秘境のものがよくある。
 女はそれを受け取り、それからぽつりと呟いた。
 「・・・お、お前は・・・その、一緒に、こないのか?」
 次の瞬間男はいきおいよく壁に頭をぶつけた。
 「ひ、ひ、姫様?!」
 声が上擦りひっくり返る。突如思いもかけない言葉を言われて、驚き慌てふためる。言った本人も、自分の口から出た言葉に驚いて、顔を真っ赤に染めた。
 「な、何でもない!!いってくる!!」
 脱兎の如く飛び出していってしまった。
 「・・・・・・」
 男は、はでにぶつけた頭をさすりながら、床に座り込んだ。
 「・・・・・・」
 いきなりの発言に激しく動揺してしまったが、そのあとの真っ赤になった相手を思い出す。そうして、同じように顔を赤く染めながら、片手でそれを隠すように覆い、呟いた。
 「・・・・ちくしょう・・・可愛い・・・」
 実際、三年も側にいてよく我慢できたと思う。
 初めてで会ったときは、ただ、守りたいと思っていた。男女の間の愛情と言うより、家族とか兄妹愛
に近かったと思う。だけれどそんなふうに思う期間は酷く短くて。
 毅然と前を見据え、傷つき、痛みを抱えながらも、歩き続ける少女。いつの頃からか、彼女を「女」としてみるようになっていた。だがそんな感情は、ただ、純粋に彼女を守りたいと言う想いよりも遥かに小さくて。
抱きしめたいと言う欲望よりも、守りたいと言う使命感の方が遥かに大きかった。
 国が落ちて、たった二人で三年もさまよって。その間も彼女をただ守りつづけた。
彼女は「女」として対象ではあったが、自分にとってあの魔族の少女はどこか神聖で、不可侵の存在で、
その腕に抱いて、甘い言葉を囁き合うような、そんな関係じゃくて。
 それでも彼女を守りたいと思うのは、ただただ愛しいから。
愛しいから、傷つけたくない。
 臆病なだけかもしれない。ただ逃げているだけで、自分勝手な自己満足かもしれない。
だが、この手で汚したくはなかった。
 「・・・・・・・」
 しかし彼女は。
 自分を望んだ。


 確かに少しいくと、岩場に囲まれるようにそれはあった。
身につけていた剣や防具をはずし、汚れた衣服を脱ぐ。わき腹のあたりには、かなり大きな傷の痕。
 戦でつけた真新しい傷口に、お湯が染みるが入ってしまえばさほど気にならない。肩までつかって一
つ大きく息をはいた。つかれた体が温まって、癒されるようだ。
 「・・・・・・」
 先程言ってしまった言葉を思い出す。
まさか、自分でもあんなことをいうとは思わなかった。再び恥ずかしさが込み上げてきて、湯の中に顔
半分までつかる。
 「・・・何を・・・言っているんだ、私は・・・」
 一人ごちる。自己嫌悪。
だが、あの一言で動揺して真っ赤になった相手は、なんだか可愛いと思った。
確か、自分よりも10歳は年上のはずだ。魔族と人間の年齢ははかりあうたいしょうにはならないが、一応は年上だ。自分よりもいろいろものを知っているし。人生経験も豊富だ。恋人もいたというし。
 「・・・・・・」
 そこまで考えて、知らずにむっとする。
それはまぁ、年頃の男だからいても不思議はない。そういう関係になっていて当たり前だ。
だが、自分の知らないあの男を、その相手は知っている。
・・・嫉妬。
 「・・・醜いな」
 自嘲気味に笑いをこぼした。だが、心に渦巻く黒い想い。それは確かに存在する。
 いつごろからあの男を気になりだしたのだろう。
気がつけばいつも側にいて、それが当たり前だった。あの男も、当然のように側にいた。
それはけして恋愛感情とかそういうのではなくて、それがあまりにも当然で、いうなれば空気のような感じで。いて当然。いなくて違和感。そう思うけれど、男としてみたのは随分後だと思う。
 初めて会ったときは歯に衣着せないあけすけな奴で、正直言ってまったくなんとも思っていなかった。
第一印象がこれである。
 だが、その後男を知るようになって変わる。
仕事には真面目だし、暗殺や諜報活動を主とする忍者として育ったわりに情に深いし真っ直ぐだ。そし
て無骨な優しさ。
表立ってするわけではなく、気がつかないうちにさりげなく。本人はどうも照れくさいらしいが、それはなんだか心地よかった。なんだかんだいって面倒みもいい。
 自分は甘えん坊だと誰かが言った。
だが、かなりの負けず嫌いで他人に頼ると言う行為が嫌なため、家族以外に甘える事はない。
第一、彼女を甘えさせてくれるような人物は、彼女よりも強く懐の深い、両親や姉以外に誰がいる。
しかし、共に歩み、共に悩み、時につかれたらそっと肩を貸してくれるものはいる。
決して彼女を裏切らないものがいる。
 ただの雇われ兵が、旗揚げしたばかりの少女のもとにつき、その国が滅ぼされても見限らず、ずっと側にいる。今も側にいてくれる。
 男が自分を残して去っていこうとした時、あまりの胸の痛みに実感した。
寂しいのだと。あの男に、側にいてほしいのだと。
 「サトー・・・」
 毛先から雫が落ちて、湯の表面に波紋を作る。
 想いが高ぶり、いても立ってもいられなくなって、キスをした。
後悔はしていないが、これからどうしたらいいのかわからない。どんな顔をしてあえばいいのだろう。
 「・・・・・」
 ふと、指先で唇に触れる。
 ほんの少し、触れるだけの幼い口付け。それだけで精一杯だった。
 思い出して、また顔を赤くする。湯あたりのせいなどではないそれは、なかなか引いてくれない。
 ・・・自分は子どもなのだな、と、思う。
 「・・・・・」
 キスを、してほしい。
 今度は、あいつの方から。



 実際、女性を抱くのはかなり久しぶりである。
 故郷の国にいた頃は恋人がいたし、大陸に渡ってからも、何人かとは肌をあわせた。情報収集という手段にも用いた事もある。
 だが、ここ数年は。
 守りたいと思う相手で、彼女を愛しいとは思うが、性欲につながる事はなかった。
その、想いに想った相手を。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 まるで初めての少年のように緊張してしまう。
まさか、この歳になってこれほど緊張するとは。
 「・・・・二度目だなぁ・・・」
 一度目は、故郷の恋人。
 同じ場所で育って、いつの頃からか気になりだして。想いのたけを打ち明ければ相手も応えてくれて。
その関係も、自分のほうから壊してしまったけれど。
 と。
 ぎい、と戸のきしむ音がして振り返る。そこには、さきほど渡した薄い緑色の着物を身にまとった彼女が立っていた。
 「・・・・・・・・」
 視線がかち合い、お互い、恥ずかしそうに目をそむけてしまう。
 ふと、サトーがちらりとヒロを見る。よくふいていないのか、まだ髪の先から雫が落ちている。
 「・・・そんなとこにつっ立ってたら、風邪引くぜ。姫様」
 「え?あ、ああ・・・」
 急に言われて、少し声が上擦る。それでも戸を後ろ手に静かに閉めた。
うつむいたまま、顔を上げる事ができない。
 ぎしり、と床が軋む音がして、少し視線を向ければサトーがこちらに歩み寄ってきたのに気がついた。
 「・・・・っ」
 緊張で喉が焼け付くように痛いが、それでも息を飲み込んでしまう。鼓動がはやくなって手で触れなくても耳まで赤くなっているのが自分でも分かる。
 サトーはほんの少し手前で立ち止まった。腕が動く。それにびくりと身を強張らせて、両目をきつく瞑った。が。
 「しっかり髪の毛ふかねぇと駄目だろ?夜は冷えるからな。すぐ風邪ひいちまう」
 ヒロの持っていたタオルを取り上げ、サトーは彼女の頭を、少々乱暴にふきはじめた。
 「うわっ、った、いたっ」
 かき回すようなそれに、思わず声を上げてしまう。
 「ほれ。これでいい」
 乱暴なふきかたに、ぐしゃぐしゃに乱れた髪を手櫛で梳いてやる。前から後ろへ流すように。
まだ湿り気のある艶やかな髪先を指に絡める。
 「痛いだろう!もう少し優しく出来ないのか?!」
 「ははっ、わりぃわりぃ」
 髪を梳いてもらいながらサトーに抗議した。相手は小さく笑いながら謝る。
 「・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・」
 お互いが、近い。
 しばらく瞳を合わせたまま、動かない。
そうして、サトーは絡めていた髪を離し、頬から首筋にかけてその大きな手を滑らせる。
両目を閉じて、ヒロは少し顔を上げる。
上体をかがめ、そっと唇を重ねた。
 「・・・・ん・・・・」
 最初は軽く。
 少し離して、もう一度口付ける。今度は深く。
不意に入りこんできた舌にヒロは思わず身を引きそうになるが、サトーがその細い腰を引き寄せて、自分に押さえつけるように頭を後ろから支えてやる。少し覆い被さるようにしながら、ヒロの舌を絡めとる。
 「は・・・・っ」
 ようやく離すと、なれないせいかヒロは少し苦しそうに熱い息を吐き出した。
 「・・・体・・・冷えちまうな、・・・・姫様」
 「・・・・お前がいるから・・・・平気だ」
 肩口にすがりつくように顔をうずめる。赤い顔を隠すように。両手を、サトーの背にためらいがちに
だがまわした。
 「・・・・・・」
 その言葉と態度を肯定とみなして、彼女のこみかみあたりにキスをした。
 「・・・それから」
 僅かに離れて、ヒロは赤い顔のままサトーを見る。
 「・・・・・こんな時くらい・・・名前で呼べ」
 「・・・・・・」
 いつまでも消えない呼び方。それは決してよそよそしく言っているのではなく、親しみを込めて言っているのだが、この場合はそう呼ぶのはふさわしくない。
憮然と口を噤むヒロを見てサトーは小さく笑った。
 「わかった。・・・・ヒロ」
 そう言って、もう一度口付けをした。




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実はこの小説には裏ページが存在します。
内容がアレなんで隠しページにいたしました。一応18禁としていますが、
書いているのがへたれの私なんで、そんなに酷くはないとは思うのですが・・・。
いや、つーか、かくのにかなり恥ずかしかったというか、抵抗あったというか。
じゃ、書くなとかいわれそうっすね。うう。ばーんと、すっきり大人の文章かけれればいいのですが…。ともかく、年齢制限させていただきます。
ご了承ください。
とりあえず、「大丈夫さオッケイ!」と言う方は、裏ページを探して完全版をどうぞ。