戦場の雪 「姫さん」 静まり帰った戦場。 真っ白に染めあげられたその場所に、点在するように横たわる、かつて生あった者達。 今はただ、鮮やかにあたりを赤く染めているだけの、物言わぬかたまり。 「姫さん」 数々の骸の中心に、ひっそりと佇む、小さな、ちいさな、魔族の姫君。 「──────姫さん。」 果たして、声が届いているのだろうか。 そうおもわずにはいられないほど、彼女はただ空虚に空を見上げていた。 それでも男は彼女を呼んだ。 名を呼んでいないとそのまま、この白い世界に消えてしまいそうだったから。 「…私は」 もう一度呼ぼうとした時、ぽつり、と彼女が言葉を漏らした。 男に背をむけたまま、それでも視線を落として。 小さな体が、いつもよりもさらに小さく見える。 「…私にはやはり、これが相応しいんだ」 そう言って片手をみる。 血に染まった手だ。 辺りに眠る者達の命を奪った証だ。 血のこびりついた鎌は雪の上に切っ先が投げだされ、目を疑うほどに黒く見える。確かに赤黒い鎌ではあったが、ここまで黒かっただろうか? 「私にはこれがお似合いなんだ」 自嘲するような声だった。 己を蔑むような声だった。 口の端に小さく笑みをはりつかせ、そうして血に染まった手を握り締める。 「『死神』と言われるように、生きている者の命を狩り取る姿が自分にふさわしいんだ」 「………」 「人間に忌み嫌われる『大魔王の娘』として、人を殺めるのが私の本来の姿なんだ」 ぽつり、ぽつりと言葉を落とすように呟く。 「人と魔族は決して相容れない。どんなに歩み寄ったとしても、決して、だ。例え今手をとりあったとしても、すぐにきれてしまう脆い繋がりだ。ならば最初から憎しみあっていればいい。そうだろう?」 「………姫さん」 「そうして私は『大魔王の娘』だ。人間に憎まれる者だ。私は父様と母様の子として生まれた事も、姉様の妹としていることも誇りに思う。だけれど、それでも人間とは相容れない者だ。憎まれる者だ。こうして人の血にまみれるのが相応しい死神なんだ」 「姫さん」 「そんな私が、だ。この世の中を救いたいとか、種族にこだわらない世界にしたいとか、そんな夢物語を語る無垢な子と、約束を交わすことなど間違っていたんだ。 結果が、どうだ。あの子は私のせいで引き起こした戦いに巻きこまれ命を落とし、そして私はあの子と同じ人間を、憎しみのまま全てこの手で殺した」 あの無垢な子供を、彼女が『大魔王の娘』と言うことで襲ってきた者達から、彼女をかばおうとしたあの子供を、殺した、者達を。 許せなかった。 憎かった。 「………あの子供の仇を、と思った。だが、実際は違う。あの子のためなんかじゃない。『私自身』が、そうしたかったんだ。あの子のためでも何でもなく、ただ、自分があいつらを許せなかったから、殺したんだ。都合よくそこにあの子の死の理由をあてはめて、己を正統化してるだけだ。………吐き気がする」 原因は、己のせいなのに。 「結局私は、父様のためでも、姉様のためでも、ましてやあの子供の夢物語のためでもない。 己のために人を殺めているにすぎない。そしてそれを、誰かのためだと理由づけているに過ぎない。何より私は、奴らを殺して、すっとしたんだ。奴らは奴らで、奴らの仇である私を殺そうとしただけなのにな。………私は、結局、自分が憎いと思った者らと同じなんだ!」 「姫さん!」 腕を掴む。強引にこちらをむかせた。 泣いているかと思った彼女は涙はこぼしておらず、だけれど泣いている時以上に辛そうな顔をしていた。 「………こんな私が。誰も何も救えず、ただ殺すだけしかできないこの私が。あの子供の夢をかなえてやれる事など、できるはずがないじゃないか。………きっといつしか、私はこの憎しみの赴くままに、親しい者達にも刃を向けるだろう。………お前すらもこの手にかけるかもしれん。そんな私に何故、お前達は何かを託そうとする!側にいようとするんだ!!なんで!!!」 己の言葉で身を切るほどに。 顔を顰め、眉を寄せ、泣きそうな目で男を睨むように見上げる。 そうして男も、歯を噛み締め、遣る瀬無い感情で心を締めつけ、腕を掴む手に力をいれた。 「─────────それでも。」 心から体から、幾筋の見えない血を流しんがら歩み続ける娘の体を抱き締める。 「それでも」 懐にきつく抱き締めて、まるで彼女のかかえる痛みを自分で感じているかのように、痛々しく、しぼりだすようにひりつく喉から声を紡ぐ。 「─────俺は、アンタが好きだよ」 びくり、と彼女が肩をふるわせるのが分かった。 「アンタが例え、どんだけ人を殺しても、アンタが好きだよ。種族が違ってようが、人間と魔族が相容れない存在だろうが、それでも俺はアンタがいいんだ」 「………」 「だけど、それでもやっぱり、アンタが辛そうにしてるのはいやだから。だから俺はきっと、それを止める。例えアンタに殺されようとも、だ」 腕の中の小さな彼女の存在を確かめるように、さらに腕に力をいれる。 願うように紡ぐ言葉も、この世界では雪に音をすわれて響かない。 「けど、そしたらあんたはもっと辛くなるだろ。だから俺はアンタにやられたりはしない。もしそうなったら、俺が死ぬ前にアンタを殺してやるよ」 ハッとなって顔をあげる。 見上げればそこには、大地の瞳。 今は酷く辛そうに彼女を見下ろしていた。 「だけど俺はアンタと生きて一緒にいたい。アンタはきっと、自分が生きていたって周りを巻きこむだけだからっていやがるかもしれねぇけど、それでも俺はアンタと生きて一緒にいたい。大魔王の娘だろうが死神だろうが関係ねぇよ、人間と魔族が相容れない存在でも、まわり全てからあんたが憎まれていたって関係ねぇ、アンタ自身が、自分を憎くたって関係ねぇんだ」 「………」 エゴだ。 どうしようも無い、男の独り善がりのエゴだ。 だけれど、それほどまでに男は彼女の側にいたかった。 彼女自身が言うように、まわりが忌み嫌い怖れるように、禍しかもたらさない存在だとしても。 「………やはり、だ」 「………何が」 男を見上げたまま、また、泣きそうに顔をゆがめる。 「………私は、どうしようも無い奴だ。誰かに………お前に。そう、はっきりと言ってほしくて、きっと私は自分をせめたんだ。お前にはっきりと否定してほしくて、己を蔑んだんだ」 く、と吐き捨てるように笑う。 心底己に憎悪するように。 「………まったく、呆れる程に、醜い………!」 胸が締め付けられ、喉から何かがせりあがる不快感が襲う。 自分に嫌気がさし、同時にはっきりと言うこの男にすら怒りを感じる。 それでも、どうしようもなく、嬉しいのだと、感じる自分がいるのだ。 それにまた、やりきれないほどの嫌悪を感じて絞め殺したくなる。 「………」 なんと言ってやればいいのかわからない。 何を言っても彼女にはつたわらないのかもしれない。 それでも、この男の中にあるのはただ一つだ。 そうするのだと、己で決めた時から、ずっとある想いだ。 言葉ではつたわらないかもしれない。 でもいわなくてはつたわらない事もある。 言葉にすると、とたんに嘘のようにすら感じられる事もあるけれど、それでもこの言葉は、己の心のままなのだ。 「…それでも、だ」 ちらちらと雪がふる。 儚い、夢のような白い結晶が、静かに、音を吸い込みながら降ってくる。 その小さな体を包みこみ、顔を渦めて声を殺す、このふるえる細い肩を抱き締めて。 天を仰げば無数に降りくる雪の渦。 ああ、それでも。 「俺はアンタが好きだよ」 04/01/26 ブラウザの戻るでおもどりを。 |
物凄く自虐的姫登場です。 姫さんはどっちかと言うと、思いつめるタイプだと思います。 でもってかなり頑な。心を閉ざしてしまったら、誰が何言ってもききません。 それこそ、全身全霊、身を投げ出す覚悟で辛抱強く待たなければ応えてくれないと思います。 ドツボにはいるとなかなか抜け出せないタイプ。 そうしてそんな彼女を引きずり出してくれるのは、優しい誰にでもかけれるような言葉じゃなくて、嘘偽りのない、心からの声なんじゃないか。 下手に優しい言葉で慰めたとしても無駄だと思いました。 サトーの場合、この告白は慰めでもなんでもなく、本当に想っている事だと思います。 そんなんでも、どんなんでも、彼女がいいんです。理由なんざ関係ない。 くっさい言葉!と思いますが、恥かしかろうがくさい言葉だろうが、人間、本当に素直に素にもどれば、つまるところ好きなもんは好きなんだと。 でもこの場合、サトーの言葉は姫も言っている通り、姫にとってはなかなか『慰め』の域からでません。 それでも信じてくれるまで、サトーだったら付き合ってくれると思うのですがどうでしょう。 ちなみにこの話は、書く予定だった話のプロトタイプです。 偶然しりあった少女の、子供特有の無邪気な夢。 そんな彼女の、無垢な願いは、ヒロが夢物語だと言うけれどそれでもそうなればどんなにいいだろうと思わずにはいられない、儚い夢です。 だから少しでも、その夢に近づけるようにと約束をした矢先。 大魔王の娘を、仇として狙ってきた者達がやってきた。 彼等を突き動かすのは、ただただ、憎しみ。名誉や富みなどそんなものは関係なく。 ヒロは少女をかばいます。 だけれど、ヒロを狙った刃が迫った時、少女はヒロの腕をすり抜けて。 ヒロをかばい、その刃に倒れてしまう。 幼い命は、あっけなく、その短い炎をかきけして。 あとは雪と血の戦場。 何も、のこらない。 |