「ありがとう。」 ───────ああ、どうか。 どうか。 泣かないで。 貴方の泣く姿には、自分は本当に弱いから。 「いかないで…」 それは。 かなえられない願い。 時が止まったかと思った。 まるで他人事のような意識。 だけれど、激しい痛みがそれは己のものだと気付かせる。 袈裟懸けに斬られた身体。 血が吹き出して自分を染める。 真っ赤に。 遠くで貴方の呼ぶ声。 ああ、やばいな。 やっぱり他人事みたいに思う。 喉にからまった血をごぽりとはきだす。 手が真っ赤に染まる。 やばいよなぁ。 ぼんやり思う。 倒れかける自分を抱きとめる貴方。 ああ、駄目だ。 汚れてしまうよ。 そう思いながらも自分で立っていられない。 力が抜ける。 全身がまるで無くなってゆくような感覚。 己の身体をささえきれなくなって、そのままがぐりと膝をつき、腰を落とした。 泣きながらさけぶ声。自分を見下ろす赫い瞳。 …ああ、綺麗だなぁ。 そうおもって、何故か笑みがこぼれる。 ふれてみたくなって、そっと手をのばす。 だけど。 駄目だ。 血で汚れてしまう。 のばしかけた手を握り締めて。また笑う。 だのに貴方は、その血で汚れた手を握りしめ。 その白い頬に、愛おしげにその手をあてるのだ。 愛おしげに。 涙がでる。 力のはいらない手の平に、貴方の暖かさがつたわる。 冷たい手の平に。 暖かい。 ああ、ああ。 どうか、どうか。 泣かないで。 自分は本当に、貴方の涙に弱いのだ。 泣かせたくないのに。 泣かせてしまう。 約束をやぶってしまう。 約束。 したのに。 ずっと。 側にいると。 守ると。 何があっても。 ずっと。 約束。 …したのに。 その約束は、決して守られる事のない脆い事。 やぶってしまう事をわかっていたのに、それでも。 それでも、そばにいたいと思ったのだ。 だのに貴方はやぶっていないと言う。 やぶったのは自分だと言う。 守られてばかりなのは悔しいから。 貴方は自分を守ると。 約束、したのに。 だのに、守る事ができなかったと。 ──────違う。 十分に、守ってもらっていたよ。 もう、十分過ぎるほどに。 心を。 側にいてくれるだけで。 それだけで。 十分に、救われていたんだ。 満ち足りた、平和な時間。 たった、それだけで。 だけど。 自分は。 約束をした時から、その約束を破っていた。 …ああ。 ああ。 なんで。 なんで。 自分は。 彼女と同じ種族ではなかったのだろうか。 そうすれば。 そうすれば。 はじめてであった時は可愛くないと思った。 だけどそれはすぐに変わった。 強く、弱く。 冷徹で、優しい。 揺るぎ無い意志を秘めた、儚い少女。 彼女を守りたいと思った。 側にいたいと思った。 彼女の痛みや哀しみや寂しさを癒す事は出来ないけれど。 側にいて。 ただ、話を聞くぐらいは出来る。 それだけしか出来ないけれど、それだけは出来る。 そうおもって、側にいた。 一度は彼女のためにと思って、そばを離れたけれど。 だけど彼女は側にいてくれと自分を抱き締めてくれた。 強く抱き締めてくれた。 …幸せだった。 だけど。 自分は彼女とは違う。 側にいると約束をしたけれど。 自分は必ず彼女を残して死んでしまう。 彼女を独りにしてしまう。 何故、自分は彼女と同じではなかったのか。 そうすれば。 彼女を独りおいていかずにすんだかもしれないのに。 死をしっていて、それでもなお。 自分は彼女を求めずにはいられなかった。 死ぬ事がわかっていても、幸せにしたかった。 幸せになりたかった。 だけど。 彼女は。 …彼女は? 唇を動かす。 上手く声にならない。 それに気がついて、死が間近にあるのだなと悟る。 それでも。 それでもいわなければ。 強く咳き込む。 喉に使える大量の血をはきだす。 赤い身体が、また赫い色で塗りつぶされる。 彼女の頬にふれる。 血で汚れてしまうけど。 彼女はいいと言ってくれた。 …なぁ。 あんたは、…幸せだったか? 愛おしげに、笑う。 だって。 自分だけ、幸せだったら。 それじゃ、 ずるいじゃねぇか。 なぁ。 …幸せ、だったか? 頬にあてた手が強く握られる。 彼女は濡れた赫い瞳をきっとつりあげながら、 怒鳴りつけた。 そんな事も分からないのかと。 お前は、私が幸せじゃないとでも思ったのかと。 緑の大地に響く、笑い声。 それは。 まぎれもなく。 いわれて、声も出ないのに笑う。 …ああ。 そうだな。 名前を。 呼ぶ。 あれ。 おかしいな。 なんで。 こんな。 喋るだけなのに。 名を呼ぶだけなのに。 声が上手く出ない。 ああ、ああ。 そうだ。 そうだった。 そうなんだよなぁ。 当たり前だよなぁ。 出なくて当たり前だよなぁ。 さっき気付いたのに。 何を忘れていたんだ。 やばいなぁ。 でも。 だけど。 一言だけ。 一言だけで、いいから。 彼女に届くように。 彼女に聞こえるように。 声を。 声を。 身体が重い。 指一つ動かせないなんて情けない。 だけど。 せめて。 視界がぼやける。 まってくれ。 まだ。 もう少し。 もう少しでいいから。 赫い瞳。 やっぱり綺麗だなぁ。 そうおもって。 笑う。 名を。 名を。 「──────……ヒロ」 「─────────」 ああ。 どうか。 どうか。 なかないで。 俺は。 ほんとうに。 弱いんだ。 おれだって。 あんたの側を離れたくないよ。 側にいたいよ。 まだ。 死にたく、ない。 だけど。 ………すまねぇ。 本当に。 嘘つきだよなぁ。 だけど、さ。 本当に。 これだけは、本当に。 俺は。 あんたとあえて、 よかった。 ほんとうに。 幸せだったんだ。 だから。 だから。 精一杯。 笑う。 彼女にのこす己の顔が、 せめて。 苦しみではなくて。 哀しみではなくて。 後悔ではなくて。 せめて。 だから。 「………ありがとう………」 02/04/05 ブラウザの戻るでおもどりを。 |
同題名の「ありがとう。」のサトーバージョン。 時代は違いますが。ただ、設定は同じかどうかはわかりません。 ただ読んでみただけならば、ヒロの話は、このあとの話かな、と感じるとは思いますが。 ただそれは、『サトーの死』と言う事実が一緒なだけで。彼がどんな風にそれにいたったのかは一緒ではないと思います。 一緒かもしれないけど(どっちやねん。 ちなみに、背景の壁紙はヒロが『月の眠り』に対し、サトーは『星空』です。別にお星様になったからとかけてる訳じゃないぞー!(滅 個人的意味合いといしては、星空は『安らぎ』と『導き』。 例え、月が見えなくても、星空はどこか『安らぎ』を与えてくれ、そして、いきたい方角へと『導いて』くれる。 何度も自分は二人が一緒に幸せに暮らしていてくれればいいと言ってますが、可能性的にかなり無理があるのは承知しています。それでもやっぱり、一緒にいてほしいんですよ(TT) この話は、もう一つの可能性である方をかきました。 別れてしまう事。一緒にいれない事。 例え、どんなに好きだとしても一緒にいれないという事があって。 でも心は最後まで相手のものだけで。自分のものだけ。 ある意味、この話は本当、私の独り善がりの理想を押しつけてるかもしれません。すみません。 けれど、サトーはやっぱり、最後までヒロを守りとおすのだろうと思うのです。 サトーは、ヒロを守って亡くなってしまうとおもいます。 それは、サトーが一番したかった方法。けれど、一番嫌った方法でもあると思います。 大切な人が、自分を守るために死んでしまう。 ヒロは幾度もその経験をしているから。 だから、もうさせたくないのに。 VS大蛇丸の時、サトーは『死んでもかまわない』といっていました。 それは新たに彼女を傷つけてしまう方法。 だから、私としてはそのあとに『何が何でも一緒に生きて、ずっと側にいよう』という風に思ってほしいなぁと。 でもやっぱり、それでも、そんな時がきたら、何も考えず。 ただ、彼女を守りたいから。 そのあと、どんな残酷な結果がまっていたとしても。 守れて、よかった。 ただ、それだけ。 けどそれでも、満足したとしても、死にたくないとあがく。 一緒にいたいと。 自分で選んだ道だけど、別にそれは死のうとして選んだわけじゃない。 ただ、あの人を守りたいと思っただけ。 それでも死はまってはくれず。 ならばせめて、最後に残す己の顔が、彼女にとって枷にならぬように。 彼女に残る、最後の己はせめて、笑顔であるように。 自分の事を思い出してくれる度、自分は笑顔であるように。 そうして、全ての思いを一つの言葉に託す。 うまくつたわるだろうか。 でも他にいい言葉がおもいつかない。 だから、ありったけの想いをこめて、笑顔で。 「ありがとう」と。 |