▼こおりのきおく▼ 1 |
暫くの間、眠ろうと思う。 ばちっ、と、薪の火が軽く爆ぜた。頭上では風がざわざわと音を立てて葉を揺すり、右耳にはさらさらという川の流れが届く。虫の聲、足の裏から感じる大小様々な石達、川瀬。 目の前にある薪の火は、風に揺れて光をくねらせる。朱炎に彩る少女の顔までもが、何やらひどく掴み難いものに感ぜられた。 「……テントなら、其処だぜ姫さん……」 そう言う意味じゃない。と、憮然とした声で「姫さん」と呼ばれた少女は応えた。 十年、或いは二十年……。 私の言う暫く、とはそういう意味だ。戦乱からはや五年。力を持った者達は戦で命を散らした者もいるが、隠居したり、どこぞへ移ったり……その力を表舞台に示すことは無くなって来た。私もそろそろ……潮時だ。 対面している男――サトーは、思いの他に動揺しない自分自身に驚いていた。先ほどの質問の意味も、本当はなんとなくだが解っていた。帝国を出るという時点で、こうなるのではないか、と予測していたからかもしれない。 この国を出る、行くぞ。と、ただそれだけを自分に告げて、少女は自分をここまで引っ張って来た。目的地も、北西に行く。と言うだけで具体的な場所は聞いていない。無論、他のものに告げてあろう筈もない。今ごろ城ではおおわらわだろう。臣下の者たちが頭を抱えているのが目に浮かぶようだ。……尤も、輝ける金糸の髪に、其の身に竜の痣を持ったあの男だけは、他の臣下のそんな様子と、サトーたちの起こした行動を肴に、何時ものように不敵な笑みを浮かべつつ、酒でも楽しんでいるのかもしれない。 脳裏に描き出された画が余りにも似つかわしくて、思わずサトーは吹き出した。 何が可笑しい、という憮然とした声に、いや、と少しだけ肩を揺すると、表情を改め、サトーは「姫さん」と声を掛けた。 「姫さん。姫さんは……あの坊主たちの国の行く末を、見たかったんじゃあねぇのか?……約束したんじゃァ、無ェのか……?」 沈黙。ぱち、ぱち、と炎が揺れる。やがて間を置きながら、ぽつり、ぽつり……と、少女は語り出す。 ――サトー……私は―― あの少年達の行く末が見たかったのであって、国が見たかったんじゃないんだ―― 静かに、だが少し目を見開いてサトーは少女の話を聞いていた。 ……漸くね、わかったんだ。私は彼等の生き様を見て居たかったんだと。あの無垢で、純粋で、愚かな……打算もせず、ただひとを信じるものと、反する側面を持ちながらも、受け止めることを選んだもの。――彼らがどう生き、どう考え、動き、どういった答えを導き出すのか――私や皇竜とは全く違う、大陸に吹き始めた新しい風。吹き流れ行く、その場所。それを、私は見て居たかったんだ――。 ソルティとの約束だって、覚えているよ。忘れやしないさ。私は、破るまいと誓いはしたが、その実、心のどこかで違和感を覚えていた。シンバがいなくなったその時点で、私の見たいものは終わっていたんだ。本当は。――でも、サトー、そうじゃない。いちばんの、一番の理由はそこじゃないんだ―― 炎は燃え続ける。ゆっくりと。羽虫が一匹近寄ると、じゅ、と炎の舌は無情にも羽虫を呑み込んだ。炎は依然と燃え続けている。 ――なぁサトー、火は燃やしたくなくても燃えるんだ。物を燃やしたく無くっても燃やすんだ。それを、他の者達はどう捉えるだろうか。私は――。 私は、利用されるのは嫌だ。 だから、眠ろうと思う。この瞬間までお前には告げて無かったけれど、場所ももう決めている。カーシャだ。私の能力を封じ、中和する上で他に適当な場所は無い。そこで私は、外から破れないように結界を施す。 強固なる封印、結界を張る上で、必要不可欠なのは「鍵」だ。ただ単純に封印を施す上には必要無い。だが、それでは簡単に解かれてしまう。条件が簡単だからだ。だから、強固なる封印を施すにはより複雑化、限定化する必要がある。そうすることによって封印を解くのはより難易になる。また、鍵は術を施す上での媒体、代理にもなる。鍵が無くとも、封印は可能だが、術者の能力に負担はかかるし、大地への負荷も尋常にならないくらい大きいから、要は「鍵が必要」だと思ってくれれば良い。 鍵の素材は様々だ。大抵が宝石類など石だが、生き物だって可能だ。ただ、鍵は壊れると同時に封印が解ける可能性もある。だから、寿命の決定している生物が選ばれる事は殆ど無い。あったとしても、それは本来の生物の姿を失うことになるだろうがな。 宝石類が選ばれるのは自然物で魔力を通しやすいからだ。純度によって効力も高まるし、持ち運んだり、隠す上でも便利だからな。これらは、その封印する場との関連性が高ければ高いほど良い。このことも考えてあるから、問題は、無い。 「――それで、姫さんは俺に何を頼もうってんだ?」 しっかりと考えられている計画に、苦笑をしながらサトーは主に聞いた。 ――鍵を隠す者が必要だ。ついて来い―― |
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