永望





 ───────翌日。

 闇色を追いはらい、空が白がかる。それからしばらくするととろけるような紅い金の太陽が姿を、その山々の間から覗かせた。
 朝露が草葉にたまり、そこに太陽の光を浴びればまるで水晶のように輝く。
 鳥達はさえずりをあげ鳴きかわし、朝がきたことを告げる。
 今日も空が高く青く、いい天気になりそうだ。
 昨日、何もなかったかのような穏やかな光景─────。


 の、はずだったのだが。


 「れぇんげきぃ────────っ!!!!!!」



 朝の命あふれるような静かな胎動を打ち破るかのように、城中に響き渡るような愛らしくも怒りに満ちた幼い少女の声が木霊した。




 「………」
 名をよばれた相手は、既に身支度を整えており、飛びこんでくるであろう声の主を、正座し腕をくみながら待ち構えていた。
 どたたたたたたたっと、鶯貼りの床を激しく踏み鳴らすけたたましい足音が近づいてくる。そしてスパァン!!!と勢いよく正面の障子が開かれた。そこには背に朝日を浴びながら、その幼い面手にあるかたちの良い眉をつりあげ轟然と立つ君主がいた。
 「何で予は予の部屋で寝ておったのじゃ!!」
 「眠っておられましたので風邪をひいてはならぬと、拙者がお連れいたしました」
 凛々と響くその声に蓮撃は平静に応えた。
 「予はシロちゃんの看病をすると言ったではないか!眠っていたのであれば、起こせば良いものを!!」
 「はい、ですがシローの方は付きっきりで見ておらずとも大丈夫、それよりも姫が体調を崩されてしまう方が一大事です」
 「予はそんなにヤワではないわ!」
 「万が一と言うこともあります。それに」
 一度そこで言葉をきる。
 「………看病なさると言って、先に眠られてしまったのは姫ですぞ。起こせばよいとおっしゃりますが、その前にご自身の言ったことを覆されてしまったのは姫です」
 「…ッ!」
 かなり意地の悪い言葉である。だがしかしもっともと言えばもっともだ。それに起こされたとしてもやはり眠くて、結局寝てしまっただろう。
 「…姫」
 言いかえせず、むっつりと膨れっ面をしながら肩をふるわせる鈴魚に、蓮撃はそれまでの平坦な声とはかわって、幾らか優しい声で言った。しょうがないな、と言うような苦笑まじりのものだ。
 「シローはもう起きておりますぞ。行ってなさりませ」
 「!そうじゃ、シロちゃん!!」
 言われてハッとなる。
 「ただし、昨日医師もいっておりましたようにまだあ奴は…」
 そこまで蓮撃が言った時には、既に目の前から鈴魚はいなくなっていた。
 「………」
 その行動の早さに言葉を紡げず無言になる。
 「…やれやれ。まったく、誰に似たのやら…」
 ため息まじりの声を、小さく笑いながらはいた。



 「シロちゃん!!!」
 「うわ!あ、は、はいぃっ?!」
 またもやすぱん!!と勢いよく障子をあけはなち、シローが眠っている部屋へと、まるで猪の如く突進していった。そのあまりの突然にシローは上擦りながらも返事をした。多分ほとんど条件反射だろう。
 みればシローは昨日と同じく至る処に包帯をまいたまま、白い寝間着に身を包み、それでも上体を起こして座っていた。違うといえば、殴られたあとらしいとこが昨日より腫れ上がっていることだ。更に痛々しい姿になっている気がする。
 「シロちゃん、大丈夫か?!うわ、顔が酷い状態じゃぞ!こんなに腫れ上がって、痛くはないのか!?」
 「っっっっ!!!!!!」
 布団の側に膝を付き、がしっとシローの顔を両手でつかみ己の方に向ける。その衝撃にシローはあまりの激痛に襲われ、思わず声をあげそうになるが歯を食い縛りなんとか堪える。だがそれでも痛みのせいであふれてくる涙だけは止めることはできず、ぼたぼたと涙を流した。
 「そ、そんなに痛いのか!?大丈夫か、シロちゃん!!」
 声をあげず、腫れた顔でただ片目から涙するシローに鈴魚は実に心配そうに声をかける。
 確かに傷は痛いのだが、この痛みの涙は鈴魚の心配してくれるその行動によってである。お願いだからそんなに強く顔をつかまないでくださいとも言えず、シローはただ必死に痛みに耐える。
 と言うより顔をおさえられ、おまけに口元が腫れているため喋れないのである。
 「姫、落ちつきなされませ。そんなに強く顔をつかんでは逆にシローが痛がっておりますぞ」
 そこへ助け舟を出したのは、鈴魚のあとを追ってきた蓮撃である。
 「へ?」
 いわれて鈴魚は改めてシローをみる。腫れている顔を更に鈴魚に強く挟まれて相変わらず声もあげずに涙している。
 「うおっ」
 片目は包帯で隠され、頬から口元にかけても酷く腫れ上がり、あいている片目から涙を流してぐしゃぐしゃにしながらも、痛みを堪えている。…かなり顔が酷い状態だ。思わず鈴魚は両手を離した。
 「…痛いです、姫様ぁ…」
 「おお、すまぬすまぬ。…大丈夫か?」
 あまり動かすと全身が痛いのだが、それでも少し動かして側においてあった桶にかけてある、先ほどまで己の額を冷やしてくれていた布をとり、シローは顔にあてて涙を拭う。
 「…はい、なんとか」
 気遣いの声に素直に嬉しくなり、まだおさえられた痛みの余韻を感じながらも、大きく表情を変えるとやはりいたいので小さく笑う。
 「…そうか、よかったのじゃ」
 安心したように笑顔を浮かべる。自分に向けてくれるその笑顔に、シローは少し頬を赤くした。
 ごほん、と不意に咳払いが聞こえて、視線をめぐらすと鈴魚の側に立っていた蓮撃がじろりとこちらを見ていた。シローは冷や汗をかき、思わず身を竦める。
 「あ、え、ええと、あ、その、蓮撃様、昨日の刺客は…?」
 しどろもどろになりながら話をそらせようと考える。そこで、はた、と気がついた。
 昨日の二人組。
 鈴魚の心配と傷の痛みと、昨日はなしてくれた己の両親のこととで頭が一杯だったため、忘却していた。というより、蓮撃が倒してくれたものとすっかり信じこんでいたためでもあるだろう。
 「おおそうじゃ、やつらはどうしたのじゃ?倒したのであろう?」
 シローを連れて無事に戻ってきたのだから。
 「………残念ながら逃しました」
 目を伏せて、低い声で答えた。
 「─────もっとも、今回はそれでよかったとおもいます」
 「何故じゃ?」
 すこし不服そうに鈴魚は蓮撃を見上げる。
 大事な友達をこんなにしてしまったやつ等など、この手でギッタンギッタン(死語)にのしてやろうとも思っていたのだが。
 「あやつ等は他の大名達の手の者ではございません。おそらく帝国か、他の国の手の者でしょう。きっと我等東方四天の内部分裂を起こすために姫を狙ったかと思われます」
 「うむ、確かそんなことをいっておったぞ。ふん、我等も甘くみられたものじゃ」
 「ですが、確かに我等は集束が堅い方とはもうせません。何せ自国を守るのに手一杯ですから…。今大名達が姫を狙ったとしても逆に彼等にとっては己の首を絞めることになります。そう強固でない守りの中、このムロマチで内乱を起こしてしまえば、例え頂点に取って代わったとしても、内乱で弱っている隙をつき帝国が一気に他の国ごと襲ってくるやもしれませぬからな。帝国に取り入る前に滅ぼされます。帝国も同盟を組むよりも制圧した方が都合がよういでしょうし。それならば、我等がある程度力をつけてきて、帝国とも渡りあえるようになってからの方が彼等にとっては安全です」
 「ふむ…」
 「あやつらを逃がしたお陰でおそらくこちらが、自分達の狙いとする処を知ったと気付くでしょう。とすれば、焦って何か隙を見せるかはたまた一気に攻撃でもしかけてくるか…。まぁ、そのうち何かしら行動を起こすはずです」
 「なるほどのう…」
 蓮撃の説明を聞いて、鈴魚は珍しく真面目に考えこんでいる。
 「…と言うことは、戦が近い、と言うことじゃな?」
 「そう言う事になります」
 「ふっふっふ。そうか。戦が近いか」

 にやり。
 と鈴魚は不敵に笑う。

 あ、まずい。
 とシローは青くなる。

 「よぉーしっ!蓮撃、戦支度をせい!ちまちました小競り合いなどもうあきたわ!今度の戦で一気に叩くのじゃ!他の三天にも連絡いたせ!」
 「ははっ」
 だん!と畳を踏み鳴らし、立ちあがって鈴魚は蓮撃を仰ぎみる。蓮撃は深々と頭を下げてそれに答える。

 が。

 「久々の大きな政(まつりごと)じゃ、楽しみじゃのう〜♪シロちゃんもはよう傷を癒すのじゃ、そして予にふさわしき婿殿を探すのじゃ!」
 あらぬ方を向いてずびしっと人差し指を空に向けてつきだす。ああやはりとシローはくたりと布団の上に突っ伏した。
 「ひ、姫!!何度言ったらわかるのですか!戦は政でも婿探しでもありませぬぞ!!」
 「相変わらず喧しいのう、蓮撃は。何事も楽しんだ方が特と言うものじゃぞ。それに婿探しはこの国の大事でもあるのじゃ、ならば予が自分で探し、気にいった者の方がよいじゃろう?」
 まさしく正論だろうといわんばかりに胸をはって鈴魚は言い放つ。
 「確かにそうではありますが、だからと言って戦場でなさるのはおやめください!」
 「ええい、いいから早く戦準備と伝令じゃ!はようせい!」
 「…まったく、本当に一体誰に似たのやら…!」
 それはいわずもがな。
 蓮撃はまた大きくため息をついて、部屋を出ていった。ため息をつくと幸せが逃げていくというが、それでは蓮撃の幸せは逃げられっぱなしである。
 合掌。
 「あ、そうじゃ、まつのじゃ、蓮撃!」
 「は、何ですか?姫」
 大きな体に見合わず静かに移動する蓮撃の背中に鈴魚が声をかけた。振り向くと鈴魚が部屋からでてきてあとを追ってきた。
 「言うのを忘れておったのじゃ」
 「なんでしょうか?」
 怪訝そうに首をかしげると鈴魚はにこりと笑った。
 「蓮撃、ありがとう」
 「────────は?」
 不意の、そのあまりにも素直で真っ直ぐな礼の言葉に、蓮撃はらしくなくぽかんとした。
 「シロちゃんの事じゃ。予の遊び仲間を、友達を助けてくれた。礼を言うぞ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 無言のまま、鈴魚をじっと見下ろす蓮撃。
 「…なんじゃその顔は。予が珍しく礼を述べているのに。」
 自分でも珍しい行為だと言うことはわかっているようである。しかし流石にじーっとみられて少し不快に思ったらしく、腕をくみ、片眉をはねあげてじろりと睨み返す。
 「あ、いや、こ、これは失礼をいたしました。…まさか姫からそのような素直な言葉を聞くとは思わなかったもので…」
 「何を言うか!予はいつも素直じゃぞ!!」
 己自身に対してだけ、だが。蓮撃は調子を取り戻して僅かに微笑む。
 「はは、はい。申し訳ありませぬ。…しかし姫、それは礼を言われる事ではございませぬ。家臣として当然の事をしたまでです」
 「いいのじゃ、予が言いたかったから言うのじゃ!有り難く受けとれぃ!」
 「………はい」
 実に尊大に言い放つその姿に、蓮撃は歳を経て皺の深くなったその顔にさらに皺を刻ませてゆったりと笑った。





 「姫様」
 蓮撃に礼を述べたあと、部屋にもどってきた鈴魚にシローが声をかけた。
 「ああ、よいよい、まだ傷が痛むじゃろ、寝ておれシロちゃん」
 そう言って寝るようにぺしりと額をおしてやる。それに逆らわず、シローはゆっくりと体を横にした。実際確かに、全身が痛い。
 「………戦、ですか。…本当に早く体治さなくちゃ…」
 片目だけの視界で天井を見上げながらぼやく。
 「うむ、そうじゃな。じゃが戦の前にもう一度あの山へ行くのじゃ、シロちゃん」
 「え?」
 「隠れ家にできるような良い場所を見つけたのじゃ!今度行ってさっそく作るのじゃ!」
 「か、隠れ家って…姫様…」
 先ほどまで戦じゃ政じゃ婿探しじゃと騒いでいたのに。しっかりと遊ぶ事まで考えている。本当に自由奔放な姫君。
 「付き合ってくれるじゃろう?」
 にっこりと寝ているシローを覗きこみながら、大変愛くるしい笑顔で問い掛けてくる。断るはずがないと言うようなその満面の笑顔。確かにシローはこの笑顔には弱い。すぐ側にあるそれに頬だけでなく、顔中を真っ赤にしてしまった。
 「は、はい…」
 視線をそらして小さく頷いた。
 「それでこそシロちゃんじゃ!よぉし、早く傷を治すのじゃ、まずはやはり栄養じゃな。誰かおらぬか!朝食の用意を致せ!」
 「うわ、あ、い、いいですよ姫様、ただでさえ僕なんかが城でご厄介になっているんです、これ以上は…」
 またはね起きそうになって全身に痛みを感じ、再び布団に倒れこむ。口の中もきれてて腫れているので喋ると痛いが言わなければ。
 本来なら忍の里の方で養生するはずなのだ。だが、鈴魚がこちらに連れてきて看病している。いくら姫のお気に入りだとしても流石にまずい。
 「まーだそんな事言っておるのか。細かい事なぞ気にするな!予がいいといったらいいのじゃ!」
 「そんな無茶苦茶な…」
 「いいから寝ておれ。医師もおとなしく養生しろと言っておったのじゃ。分かったか?」
 有無をいわせぬその言葉。下手に反論してもかなうはずがない。
 「…はい。」
 「よし!」
 無邪気な笑み。
 「………」

 我が侭で無茶しいで突拍子もなくて破天荒だけれど、真っ直ぐで自由奔放で元気な、勇ましい姫君。

 自分が守りたいと願った人。
 幸せでいてほしいと願った人だ。
 永くは続かないかもしれないけれど、それでも望むこと。
 …自分の両親も、そう思ってくれていたのだろうか。

 蓮撃の話を聞いて、自分は捨てられていたのではないのだろうと、シローは漠然と思っていた。
 やむを得ない事情があったのではないのだろうかと。
 もしかしたら本当に捨てられたのかもしれない。けれど、シローにとってはそうはおもえない。
 今ではわからない事である。そしてもう、どちらでもよい事でもある。
 シロー自身にとっては、捨てられたわけではない、と言う事が事実になりつつある。例え真実がそうでなくてもシローにとってはそうなのだ。
 現実逃避で自己満足だといわれるかもしれないが、どう思うかは己自身である。一人一人のそれぞれの事実がある。

 そうだ。どちらでもいい。

 シローにとっては、この場所にきて忍として育った事を感謝している。
 己が守りたいと想う人に出会えたからだ。
 だからこれでいいのだ。
 いつまで続くかわからない己の幸せを噛み締める。

 「…姫様」
 「なんじゃ?」
 「…今度山へ行く時は、それまでに勉強を終わらせてからにしましょうね。そうすればまだ蓮撃様もそうは怒りませんよ」
 少しはっきりとしない発音ながらもそう言うと、鈴魚は思いきり眉をしかめた。
 「むー、面倒くさいのじゃーっ!」
 「あとで怒られて倍の勉強させられるよりはいいですよ?」
 「シロちゃん、うるさいぞ!」
 くすくす笑いながらもっともな事を言われるので、思わず声をはりあげる。
 「そんな事を言うとシロちゃん、朝ご飯はやらぬぞ!」
 「えぇ!そ、それは…ちょっと…」
 怪我をしているとはいえ、実は昨日の夜から何も食べていないので、お腹はすいているのだ。
 「ふーん、蓮撃みたいにやかましい事言うからじゃ」
 「姫様ぁ〜っ」


 本日青天なり。

 嵐の前の静けさであるけれど。

 ともあれ一生懸命に、いこう。



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やっと終わりましたー!!!
なんか最後の方は無理矢理繋げて終わらせた感じが、物凄くしてなりませんが。
話全体としても何が何やら、一体何が言いたいのかわからないっぽいんですよね…。
一つに纏まってないと言うか。
ううん、勉強不足。

途中ででてきたシロー君の両親の設定はすみません、自分の願望です。史実はどうなんだかは私にはわかりません。でもそうだったらいいな、と思うのですよ。
あの意味深げな両腕の鎖のような模様といい。炎を操れる事といい。そして忍。
どうしてもあの二人を思い出してしまって…!!!
全然似てないけどね。
でも属性は父親にそっくり。
犬。
まだ子犬だけど大人になったら大きいけど強くて優しい犬になってください。
母親はどっちかっていうと猫属性…。
と言うか属性って何よ自分。

ともあれ、ここまで読んで下さって有難うございました。

03/03/01