問いかけても誰も知らぬといわれ。 明確な答えといえば、己は鈴魚の父親に拾われてきたと言う事だけだった。 ただ、それならばそうだと普通は納得するのだが、シローはなんとなく、それは聞いてはいけない事ではないのだろうかと感じた。だから、それきり、誰にもきかなかった。 そうして、それは記憶の片隅に消えていっていた。 だが。 「…いきなり何故、そんな事を今更聞くのだ?」 かえってきたのは思っていた通りの問いかけ。 「それは…」 あの時。 「…あの時…蓮撃様が来て下さる少し前…あの二人が姫様のあとを追おうとした時。僕は、姫様の所にいかせまいと、行かせるものかって…強く思ったんです。そうしたら…」 「………………」 「…自分の中に、別な力を感じたんです。よくわからなかったけど…とてもとても熱くて…いつもと違う…」 あの時己の中に感じた、異質なる力。 全身を駆け巡る、黒くも熱いあの力。 もしかして、それが原因ではないのだろうか。 問かけても知らぬといわれ。拾われてきたというのが事実だとしても、捨てられていた原因がそれなのではないのだろうか。と。 そうして、蓮撃達は己の親が誰であるのかを、本当は知っているのではないのだろうかと。 「…蓮撃様、僕の両親は、どんな人達だったんですか…?」 隠さずに話してくれと訴え掛けるような、その黒目がちの瞳。 「………」 深い深い、大地の瞳。 「…今更、己の両親を知ってどうすると言うのだ」 低い声で再び問い掛ける。 「………わかりません。でも…ただ、知りたいんです…」 己の中にある異質な力の存在。それが何たるかを知りたいのもある。 だけれどそれ以上に、己の親がどういう人であったかを、ただ、知りたいのだ。 ただ、知りたいだけ。 蓮撃はそんなシローを見ながら、3度目のため息をついた。 ………昔から、ため息をつかない日はないものだ、と、ふと思う。 「…あの方が、姫のお父上がお前を何処からか連れてきた」 そうして思い出す。あの日の事を。 鈴魚の父親が、その腕に赤子を抱いてかえってきた日の事を。 そうしていった言葉を。 『蓮撃、俺は』 柔らかな布にくるまれ、くぅくぅと気持ち良さそうに眠る赤子。その小さな命を腕に抱きながら、あの人は何かを懐かしむように、何処か寂しげに。そしてそれでも、何かを願うような笑顔でその赤子を見ながらいったのだ。 『俺はこいつを』 「………あの人は連れてきた赤子を『忍びとして育てる』と…言っていた」 「………」 その赤子の父親と同じ。 闇に住まう者でありながら、いっこうに『らしく』なかったあの男と同じ。 「…わしが知っているのはそれだけだ」 「………そう、ですか………」 やはり聞いてはいけない事なのか。 シローは密やかに、だけれど予想していた落胆に、漏れるような声を出した。 確かに今更だけれども、教えてくれてもいいのではないかと思う。 「己が両親がどんな者であろうと、誰であろうと、今は必要なかろう。お前が今すべき事は親の影を追い求める事ではないはずだ」 「………はい」 尤もな言葉に、シローは項垂れて視線を伏せた。 そうして蓮撃は、項垂れるシローをおいて廊下へとでた。青白い世界。遠くに聞こえる鳥の鳴き声や虫の声が柔らかに響く。 「………ただ…言える事は」 「え……?」 障子を開け放ったまま、蓮撃は月を見上げている。ぽつりともれた声に、シローは顔をあげた。 「…わしはお前に似た男を知っている。『あやつ』はひたすらに真っ直ぐで、一本気な男だった。歳を幾つも重ねているくせに、外見に似合わず中身は妙に幼く未熟ではあったが…約束を違えぬ男だった」 「……」 己の片目を奪った男。 相容れぬ存在だと思っていた者にくみし、恥さらしだと軽蔑すらしていた。 だが、同じ旗本に立つようになってから、それは少しだけ変わった。 単純で一本気でなんとも直線的な男だった。だけれど、あの男は決して約束を違えぬ者だと。 敬愛するあの金と黒の髪の主がいつか言っていたように。 今だあの男を認めるのには抵抗を感じているが、それでも昔ほどの嫌悪の念はない。 蓮撃は小さく、く、と笑う。そして、 「………そしてあやつが守ろうと決めた者もまた…強い者だった」 小さな体に絶大な力を秘めた、あの。 「……」 「傷つきながらも、それでもその手にある己の大切なものをはなさず、弱いながらもそれでも前をむくものだった」 相容れぬもの達の頂点に立っていた者の娘。 だが、圧倒的な力で敵対する者を無慈悲に薙ぎ払うだけの者かと思っていたら、そうではなかった。 悩み、傷つき、泣きながら叫ぶ。与えられる好意をうまく受け取れぬ不器用な娘。 普通の娘と、かわりなかった。 「…それだけは、確かだ」 それだけは、間違いなく。 「………………」 シローは痛みのはしる体を少し浮かした状態で、呆然と蓮撃を見上げていた。 「…長話をしすぎたようだな。柄にも無く喋り過ぎた。部屋へ戻る」 「あ」 弾かれるように、シローは慌てて完全に体を起こした。いきなりの行動に、体が悲鳴を一斉に上げる。激痛が稲妻のように体を横断し、思わず布団に突っ伏した。 「そんな有り様ではろくな事も出来まい。姫の為にも早く傷を治す事だ」 そう言い捨てて、蓮撃は障子を閉めて去っていった。 「………」 あとに一人のこされたシロー。 布団に突っ伏し、傷の痛みに堪えながら、蓮撃の言葉を思い出す。 「………父…様、…母、様…」 姿なんて全然記憶にない。声も、感触すらもまったく覚えていない。 正直、歳を経るにしたがって、父も母も記憶にまったくないから、思いださなければ特に何の感慨も呼びおこさなくなっていた。 幼い時は自分に両親がいない事が不思議でしょうがなく、同時に酷く寂しかった。だけれどそれも、鈴魚との出会いや、日々の忍びとしての修行によって、かきけされつつあった。 いつの間にか、自分は捨て子なんだと当然のように受けいれ、割り切れ、両親と言う存在は漠然として己がうちに、霞のように漂うだけだった。 だけれど。 だけれど。 眼の奥が熱くなる。涙が生まれ溢れてきた事を悟る。 何で。 さしたる思い出も皆無な両親。本当に今更なのに。 だのに。 「………有難う…ございます…」 それは誰に対してか。 わからないけれど、言葉が、ただ、零れた。 BACK NEXT 小説トップへ。 |