桜雪





 ─────────桜。

 見上げれば満開に咲き誇る薄紅の花。
 その淡く気高く美しい姿。雄々しくも見え、どこか恐ろしくも見え。

 はらはらと雪のように舞い散る花びら。
 その桜雪の中を、誰かと一緒に歩いている。

 あれは。



 「不如帰」
 不意に呼ばれて我にかえる。
 「殿」
 声の方をみれば、そこには金と黒の髪を持つ、金の瞳の己の君主。
 「どうしたい。お前が声をかけられるまで気がつかねぇなんて珍しい」
 「は・・・・」
 少し身をかがめ覗きこむようにして聞いてくる大蛇丸に、不如帰は視線を下に向け、短く返事をする。
 「…とりあえず、明日は戦だ、お前に言うのもアレだが、気ぃ引き締めろよ?」
 「はっ、すみません」
 「よっしゃ。とりあえず俺ぁ蓮撃にどやされねぇうちに休むとするか」
 恭しく頭を下げ、答える。大蛇丸はひらひらと手をふってむこうへと歩いていった。
 「・・・・・・・」
 明日は戦がある。
 それほど緊張するほどの相手ではない。
 戦力的にいえばこちらの有利だ。
 だけれど不如帰の心の内は、慣れ親しんだ戦場に冷静ではなかった。
 「・・・・・」
 不如帰はかり、と下唇を少し噛む。

 …自分に、まだ、こんな甘さが残っているのか。

 窓辺から外をみる。
 季節は春。
 薄紅の桜が咲き乱れている。
 白い月の光を浴び、濃い藍色の闇の中でまるで発光するかのように。
 幻想的で、美しく。そして恐ろしい。
 幼い時、夜桜を見てそう思った。
 恐ろしいもののように見えるのに、酷く美しい。夜と昼とではどこか姿が違う。
 少し怯えがちな自分の手を、しっかりにぎっていてくれた、あの大きな手。
 「・・・・・・。」
 なにごとか、ぽつりと呟く。
 それは、風にかき消されるほどに小さく、音にはならなかった。



 「忍びに心はいらぬ」
 そういわれた。
 「技と体のみあればそれでいい」と。
 闇にまぎれて暗躍する忍び。任務を遂行するのに手段を選ばず。
 使うのなら、両親ですら利用しろ。
 邪魔なのなら、兄弟ですら命を奪え。
 そう教えられてきた。
 だのに、自分の中にはまだ。


 忍びとして育ったのに、心をもったまま戦い続ける男を知っている。
 あれはひどく真っ直ぐな男だった。
 だが、そこがとても好きだった。
 けれど、やはりそれは忍びには不要なもの。


 「・・・・・・・・・」
 桜が雪のようにふる。

 …明日の戦で、自分は。




 ──────大切なものを、一つ、壊す。




 桜雪・弐へ





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