桜雪





 「・・・・・・・・・」
 からん。
 大地に、クナイの銀の光が落ちる。
 「・・・殿」
 不如帰は、自分の腕を掴む、金と黒の髪の男を見上げる。
 「・・・やめときな、不如帰」
 低く、静かな声。
 おだやかで、その声を聞いた瞬間、全身の力が抜け落ちた。
 「・・・・・・・よぅ。久しぶりだな・・・桜水の旦那」
 「・・・大蛇丸、・・・か」
 刃は地に落ち、再び大地に仰向けになったまま、桜水はその声の主の名を呼んだ。



 「不如帰の様子がおかしいもんだから、何かとおもえば・・・な」
 「・・・・・」
 「・・・まぁ、野暮な事はいわねぇけどよ・・・とりあえず、この戦は俺達の勝ちだ。さっき、旦那の雇い主とも話はつけてきた」 
 「・・・・・」
 ──────敗北。
 国を取られた武将の残された道は、在野に下るか、相手の傘下に加わるか─────処刑か。
 そして、桜水はただの傭兵だ。雇われた身だ。いつでも取替えのきく駒。
 「だから不如帰。お前が旦那を殺す必要はねぇ」
 「・・・・っですが、殿!!」
 「黙りな。これは命令だ」
 「・・・・・っ」
 忍びにとって、主の命令は絶対。
 そして、不如帰にとってもまた、大蛇丸の言葉は抗えれない「絶対」だ。
 「そして・・・だ」
 大地にじかに、あぐらをかいて座っている桜水の視線にあわせるように、大蛇丸はしゃがみこむ。
 「・・・どんな処分も受けよう。私が仕えていた国は負けた。好きにするがいい」
 表情をかえず、桜水は淡々と言う。
 「おいおい、旦那らしくねぇなぁ。剣の道を極めるのはあきらめちまうのかい?」
 「これもまたさだめだ。私も所詮は、ここまでの男だったというだけだ」
 その言葉を聞いて、不意に大蛇丸は眉間に皺を寄せる。
 「─────────はっ!」
 まるではきすてるかのように、大蛇丸はたちあがって声を上げる。
 「旦那、アンタの口からそんな事きくたぁ、おもわなかったな。『さだめ』なんてくだらねぇもんに縛られるなんざアンタらしくもねぇ」
 「・・・・・・」
 「それとも何か?アンタは元々、こんなことで人生あきらめっちまうほど、弱い男だったのかよ!そんなんじゃ、師匠にあわす顔もねぇだろ!情けねぇ!」
 苦虫噛み潰したように桜水を見下ろし、大蛇丸が言う。
 「・・・私とて!剣の道を極める事を捨てたくはない!だが・・・!」
 そこまで言いかけた時。
 「なら話ははえぇだろ」
 間髪いれず、ころっと口調を変えて大蛇丸がにぃ、と笑う。
 「なぁ。旦那。ムロマチにもどってこねぇか?」
 「な・・・・っ!」
 けろりとして言われた台詞に、桜水は言葉を失う。
 「殿?!」
 不如帰も驚いて思わず叫ぶ。
 「・・・な、何をいっている!私が何故、ムロマチからでたのか知っているだろう!!それを今更・・・」
 「いっとくけど。」
 またもや言葉を遮るように言う。
 「これは、アンタの弟弟子の大蛇丸としていってんじゃねぇぜ。ムロマチ軍の君主としての言葉だ。純粋に、俺はアンタの腕がほしい」
 「・・・・・・」
 「どうだい?」
 屈託なく、大蛇丸は笑う。
 桜水はしばし唖然として、それから額に手をあて、ふ、と笑う。
 「・・・・お主は・・・まったく・・・・相変わらずだな・・・」
 「んあ?」
 「・・・いや。何でもない」
 「?」




 戦後処理を済ませ、軍を引き上げるムロマチ軍。
 「本当にこねぇのかい?」
 「ああ、用心棒として、私の腕を高く買ってくれるのは嬉しいが、やはり私は、お前の傘下には入らぬよ」
 「ちぇ。」
 「・・・わかってて言ったのだろう?」
 「・・・・さぁてね」
 大蛇丸からの誘いを桜水は断る。
 そうして大蛇丸も、桜水を処刑せず、在野に下るのを見送る。
 「・・・・・・・・」
 桜水は、大蛇丸の後ろの方で控える不如帰の方へ顔を向ける。少し、歩み寄る。
 「・・・・『不如帰』」
 ぴくり、と不如帰が反応して、顔を上げる。
 「・・・・その名の別の意味を、知っているか?」
 「え・・・・」
 不如帰。
 死告げ鳥の異名を持つ鳥。
 「・・・・花の名だ。意味を『永遠に貴方のもの』というそうだ」
 「・・・・・・」
 「ひたむきに咲く花だ。だから私は、ああいったのだ」
 今の、彼女を見て。
 「・・・・今のお前に、私の手は・・・必要ないだろう?」
 優しくて暖かい、大きな手。
 それは、おさない時、何よりも大好きだったもの。
 「・・・・あに・・・・」
 いおうとした言葉を、桜水はそっと口もとに手をあてさえぎる。
 「・・・昔の私はいない。昔のお前がいないようにな。・・・だが、思い出は、消さずとも・・・いいとおもっている」
 「・・・・・・・」
 それから、ふ、と桜水はやわらかな優しい笑みを浮かべる。
 「不如帰」
 自然に呟かれる彼女の名前。
 「・・・あの桜は、今も咲いているか?」




 暖かな、その大きな手に握られ、一緒に見上げた桜。

 『桜は怖くはないよ。だってほら、とても強く感じないか?』

 『いっせいに咲いて、とても生きる力を感じる。そうして散る。雄々しくて、いさぎがよくて、俺は大好きだ』

 『桜は、その、死んでしまった誰かの生まれ変わりじゃないか?生まれ変わって、大地に根をはり、なんども花を咲かせる。強く、いきている』

 『そう思うと、怖くないだろう?』

 
 幼い自分に対する、子供騙しな言葉。
 だけれど、確かにその言葉で、自分はそれ以来、桜があまり怖くはなくなった。




 「・・・・ああ。今も見事に・・・咲いている」
 不如帰はそういって、常は怜悧なその表情を綻(ほころ)ばせ、まるで花が咲くかのように綺麗な笑みで言った。
 「・・・そうか」




 はらはらと舞い降る、桜の雪。
 その中を、一緒に歩いたのは。

 同じ『桜』の名を持つ、ただ一人の、兄。



 ─────────今でもその桜の木は、その両手をいっぱいに広げ、淡く、気高く、優しい薄紅の花を、さかせている。




 ────了────



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終了。
不如帰と桜水さんのお話でした。
これも龍斎剣さんのHPに投稿していた小説です。

この二人が兄妹という設定は、案外知られていないようです。確かに、公式設定としてかかれてあったのは、イラストレーションの大蛇丸のページのムロマチの人物相関ぐらい…。

あと、最初の方でサトーの影があったので、不如帰が戦う相手というのが、サトーだと思われた方が多かったようで…。書き手としては「にやり。」こんなふうに読み手の人を驚かせれるのって嬉しいです。奇想天外、無茶苦茶な設定で驚かせるんじゃなくて。
実はさりげに、サトーではないという事は匂わせてあったりしました。
一番最初のページで不如帰が、

「それほど緊張するほどの相手ではない。
戦力的にいえばこちらの有利だ。 」

といっております。サトーのいる新生魔王軍は、この世界でも一、二を争うほどに強いはず。ムロマチ軍と比べて、同等、あるいはそれ以上かと。
そういうわけで、戦う相手は新生魔王軍ではないという事に…。
それでは、この辺で。
01/04/09