■過ぎ去りし時・弐


 「うっはぁーっ、桶をひっくり返したみてぇな降りだな!」
 顔をぬぐい、頭を軽く振ってから、張り付く髪を後ろへ撫でつける。大きな木の下は幾重もの枝と葉により、雨をしのぐことが出来た。肩にいたナコルルもふるふると頭を振るう。
 「……精霊なのに雨に濡れるんだなぁ」
 妙に感心したように覇王丸が言った。
 『濡れないようにもできますが、それはこんな風に姿を現していないときです。精霊でも、自然と触れ合い感じることはできるんですよ?』
 言われて覇王丸は納得する。確かに、そうでないと精霊ではないような気もする。
 「しかし止みそうにねぇ降りだな。里まであとどれくらいだ?」
 ナコルルの故郷は知っているが土地勘はあまりないのでかかる時間はよく分からない。問いかけるとナコルルは空を見上げながら答えた。
 『もう覇王丸さんの足なら、歩いて半刻もかからないのですが……この雨では、ずぶ濡れになってしまいますね』
 「しょうがねぇ、止むまで待つか」
 『そうですね』
 そうして覇王丸は木の幹に背中を預けるように根元に座り込んだ。ナコルルは覇王丸の肩からおり、傍の大地から少しのぞく木の根に腰掛ける。
 「………………」
 『………………』
 しばらく二人は黙って景色を眺めていた。そして不意に、ナコルルが笑いをこぼした。
 「どうした?」
 『いえ、懐かしいことを思い出して』
 「懐かしいこと?」
 『はい。ずっと前のことですけど、覇王丸さんと一時期一緒に旅をしたことがあったじゃないですか』
 「ああ」
 『その時、こんな風に雨に降られたことがあって、一緒に雨宿りをしたことがあったなぁって。覚えてますか?覇王丸さんが、覇王丸さんの尊敬している方のお話をしてくれた時です』
 言われて覇王丸は首をひねる。ナコルルと旅をしていた当時を思い出すため記憶を紐解いた。ナコルルの言う、その時の出来事の内容を頼りに遡る、と、引っ掛かる記憶がでてきた。
 「ああ、アレか。学者の爺さん」
 『はい。珍しく覇王丸さんがご自身のお話をしてくれた時です』
 「そうだったか?まぁ、確かに懐かしいな。今じゃ、あの頃のあの人と歳も近くなっちまっているが」
 故郷には帰っていない。だから、あの老人がどうしているかは定かではない。だが、推測ではあるが、もし生きていれば元気にやっているだろう。天命を使い果たしていたとしてもおそらくその最期は潔かったのだろうと思う。
 「お、そういや、さっき雨降る前に俺に何か言いかけてただろ。何だったんだ?」
 不意に思い出して聞いてみれば、ナコルルはあっ、と小さく声を上げる。
 『……いえ、その、そんなに大したことではないんです。ただ、あのとき出逢った皆さんはどうしているのかなって、お話を聞きたいな、と思っただけなのですけれど」
 何故か少しばつが悪そうに照れた顔で、ナコルルは苦笑する。
 『……以前のように。お話、してくださいませんか、覇王丸さん』
 ささやかな願い事に、覇王丸は相好を崩した。
 「いいぜ。俺も話そうと思っていたしな」
 少し前。ナコルルと再会した時。ナコルルにとっては新しい出会いで、覇王丸にとっては親しい者たち。友人や知人、そして育てた娘。その想い人。
 「雨が上がった後も、お前さんの里についた後もゆっくり話してやるよ」
そう言って笑った。



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