金衣公子(きんいこうし)


 時は1006年。
 ムロマチ軍は若い君主を筆頭に、どんどん領土を広げてゆく。
 同時に、新たな仲間も加わったり。
 長い冬が終わって春がきた。ムロマチ以外では滅多に咲かないという薄紅色の花を咲かせる「桜」が
満開だ。そろそろ花見の季節だと大蛇丸あたりが騒いでいる。
 そんな昼下がり。
 「娘を探して旅をしてたんだけど、どこ行っても戦争戦争で埒があきやしない。それに、ふらふら探
しまわるより、一つのところに腰をすえて探そうと思ってさ、グレイの治めているシルヴェスタに行っ
たけど、魔王軍に滅ぼされたあとだったのさ」
 「それで、また旅をしてた時に僕とあったんだね」
 「ま、そういうところ」
 長い黒髪を上の方で複雑に結い上げている水色の瞳の女性。その身の内にはとてつもない魔力を秘め
た、もと五勇者の内の一人。ザップ・ロイ。
 先月、シンバが探索に行った時に出会ったのだ。丁度、魔法関係の知将が欲しいとソルティが言って
いたので、まさにうってつけだった。
 「あんたの噂は色々聞いてたけど・・・まさかこんなに可愛い子だったとはねぇ」
 くすくすと笑いながら、シンバの頭を撫ぜる。
 「可愛いってなんだよ!」
 さすがに20もすぎて可愛いなどといわれたら腹もたつ。だがロイは笑ったままこたえた。
 「あら、男なんて女からしたら可愛いし、幾つになっても子供なんだよ?」
 「・・・そうなの?」
 「ああ、そう、例えば・・・」
 ちらりと、視線だけを斜め後ろへ向ける。そうして少し大きめの声で言う。
 「そこでこそこそ立ち聞きしてる馬鹿な男どもとかね」
 「!!」
 気配がびくりと動く。シンバはえ?と言いながら立ち上がってロイの視線の方をみる。そこにはソル
ティと大蛇丸がいた。
 「二人とも、どうしたの?そんなところで」
 「いや、はははは」
 ソルティが照れくさそうにあらぬ方を向いて笑う。
 「大方、この子が楽しそうに話しているんで、入るにはいれなかったんだろう?」
 「・・・・・・」
 図星。
 「で、何の用なんだい?この子に話があったんだろう?」
 「あ、はい。シンバ、ちょっといいかな」
 「うん?」
 そう言って、向こうへと連れ立って歩いて行った。途中、ソルティは持っていた書類をシンバに見せ
ながら、何やら説明しているようだった。
 「・・・・で。あんたは何の用だい?」
 残った大蛇丸にロイが問い掛ける。大蛇丸は今までシンバが座っていた椅子の肘掛けに腰をおろして、
少し伏目がちの視線と口元に笑みを刻んでロイを見る。
 「いや、前ん時のお詫びでもしようかと思ってね」
 「あら。どういう風のふき回し?」
 足を組み、その上に頬杖をついて水色の瞳を向ける。
 以前、戦場で会ったとき、ロイが大蛇丸の事を「坊や」と言ったら大蛇丸が「おばちゃん」といった
のだ。女性に対してそれは失礼極まりないだろう。
 「まぁ、アレから何年立ったかねぇ、その時よりは随分いい男になったみたいだけど・・・まだまだ、馬鹿な
坊やだね」
 「なんか話聞いてると、男は皆子供で馬鹿みたいな事いうなぁ」
 大蛇丸が少し不満げにいうと、ロイは目を細めて静かに笑う。
 「あら、間違ってるかしら。少なくとも私の周りの男どもはそうだったよ?確かに夢を追いかけてい
る男はそりゃ魅力的さ。だけれど、そのために女を泣かせるようなのは最低だね。女に他を任せて自分
は理想ばかり追いかけて・・・周りをかえりみようともしない。・・・ま、だからと言ってべったり女にくっつ
いているってのも馬鹿みたいだけどさ。その場合は女も馬鹿さ。守られるだけが女じゃない。そうじゃ
ないかい?」
 声は酷く静かだが、その中には激しい思いが含まれている。大蛇丸はしばし黙って頭をかいた。
 「・・・さぁて。何ともいえねぇな。確かに守られっぱなしの女じゃつまらねぇがな」
 「女を守るのは男の仕事。男を守るのは女の仕事。それが一番正しいと思うけどね」
 「・・・・・・・」
 眉をひそめ、大蛇丸は複雑そうに顔をしかめた。
 「他に用がないんならおいとまさせてもらうよ。ここに来たばかりだから結構忙しくてね。あんたも
暇じゃないんだろう?」
 そんな、喉に何かが引っかかっているかのような顔をする大蛇丸を見て、ロイはくすくす笑って立ち
あがり、ぽんと男の背中を叩いた。
 「ま、もっと強い男になんな。そうしたら相手してあげる」
 そういって軽快に部屋を出て行った。
 「・・・・・・」
 叩かれた背中がやけに優しく暖かい。
 「・・・こりゃ、確かにかなわねぇなぁ」
 ぼそりと、口の端に笑みを刻んで大蛇丸は呟いた。



 数日後。
 「さてと・・・これであとはサトーさんの報告書を待つだけだね」
 「そだね」
 ここ数日の仕事を終わらせ、書類の束をまとめる。シンバは大きな欠伸を一つしてから、伸びをした。
 「おっきな欠伸だねぇ。寝てないのかい?」
 そこへお茶を入れてもってきたロイがあらわれた。
 「あ、ロイさん・・・うん、ここのところ魔王軍の動きが活発だし・・・あ・・・ふぁあ・・・」
 そういって、もう一度大きく欠伸をした。浮かんできた涙を拭い、目元を拳でごしごしとこする。
 「きちんとねなくちゃ駄目だよ?寝不足じゃあ、いい仕事はできないからね。時間がないからって寝
る間も惜しんで仕事してたら、ここぞって時にうまくいかなくなるからね。きちんと寝て、食べて、そして
しっかり仕事する。いい仕事をする基本さ」
 「うん・・・」
 しかしシンバはかなり眠そうだ。とりあえず、もってきてくれたお茶を受け取り一口すする。
 「ところでサトーって誰だい?ここにはいないよねぇ?」
 シンバ達のまとめた書類に目をとおしながらロイが聞く。
 「ああ、はい。ここには正式に属してはいませんが、諜報員として雇っているんです。ヒロの新生魔
王軍時代からの臣下だそうです。あと、元々ここムロマチの出身なんですよ」
 質問にはソルティが答えた。
 「ふぅん?滅んだ国のお姫様についているのかい。立派な忠義心だねぇ」
 言い方に少し厭味が入っているのにソルティは気がついたが、あえて何も言わない。
 「でも、忠義心っていうより、サトーのおじさん、ヒロの事が好きだよねぇ」
 温かい茶に一息ついて、ほえほえした顔でシンバがけろりととんでもない事をいう。
 「好き?」
 「うん。ヒロもおじさんの事が大好きだよ。でも二人とも忙しいしこの御時勢だからあんまり逢えな
いみたいだけど・・・」
 よくまぁそんな事知っているなと思いながらソルティは冷や汗をかく。
 「シ、シンバ、それは今はあんまり関係ないんじゃ・・・」
 「そうかなぁ。確かに戦争に私情は持ち込んじゃいけないっていうけど、好きな人は好きなんだから。
好きな人が側にいてくれたら、凄く力が湧くと思うけど」
 「・・・・・・」
 「ヒロは僕みたいに私情は持ちこまないけど、サトーのおじさんが援軍にきてくれたら凄く嬉しそう
だよ?・・・でも、この前、神聖皇国軍にね?ヒロとおじさんの昔の友達がいたんだ」
 新生魔王軍旗揚げ以前からの付き合いの、大柄な体格の、大剣を扱う聖騎士。
 「いくら戦争でも・・・やっぱり辛いと思うんだ。僕だってソルティや大蛇丸達と戦う事になったらやっ
ぱり嫌だよ」
 「シンバ・・・」
 青年の寂しそうな顔に、彼の右腕である軍師の青年は酷く後ろめたい気分に襲われる。
 己の目的のために、この無垢な青年を利用している事に罪悪感を覚える。
 「・・・その歳で世界平和みたいな事いって、しかもそれが嘘偽りない本心ときてるものだから、随
分御立派な坊やだと思ってたけど・・・案外我が侭なんだねぇ」
 「え・・・・」
 不意にロイが、小さく笑った。それはとても穏やかで優しく、そして嬉しそうな笑みだったが、シン
バはその内容に不安そうな顔をする。ロイはそんなシンバの頭を愛しそうに撫ぜる。
 「そんな顔するんじゃないよ。別に悪いなんて言ってないだろう?むしろ、その方がいいと私は思う。
世界平和とか、人間をまとめて正しい世の中にするとか、立派な事をいうだけの奴らなんて大勢いる。
だけど、そういう奴らに限って気がついちゃいない。今、足もとに転がっている不幸にさ。人一人を幸
せにできない奴らが世界平和?ふざけんじゃないよってね」
 「・・・・・・」
 「この世界に『皆』なんていないんだよ。いるのは個人だ。一人一人がそれぞれの生き方を持ってい
る。本当に平和を願うなら、それぞれがどんな事を願っているのか、それを知らなきゃね。いっぺんに
まとめようとするから反発が起きるのさ。時間がかかってもいい。沢山考えて、少しずつ作っていく。
幸せってのは、自分の手で作るもんだろ?誰かに与えられるものじゃない」
 「ロイさん・・・」
 「・・・なんてね」
 諭すような語り部口調から一変し、悲しげな、自嘲に満ちた声になる。
 「偉そうな事いってるけど、私自身、幸せを無くしたままなんだよねぇ・・・」
 病気の自分と、幼い娘を置いて出ていってしまった夫。
 世界の為だと出ていって、自分の家族を守る事すらしなかった事に怒っていた。
 ──── だが。自分はただ、怒っているだけだった。
 側にいてほしいなら、どうしてあの時もっと強く引きとめなかったのか。もしくは、病気なんてふき
とばし、無理にでもついていかなかったのか。
 不平不満をいうだけで、何もしなかった。
 娘は、あんなに幼いのに自分の考えを持って、そして行動しているではないか。
 壊れた幸せを、そのままにしているのは自分だ。壊れたなら、もう一度作りなおせばいいのに。
 ・・・そうして旅にでた。もう一度、幸せを掴むために。
 「・・・ロイさんは、今、幸せじゃないんですか?」
 おずおずとシンバが聞いた。
 「ん?・・・さて、どうだろうねぇ。前まではあんまり幸せって感じがしてなかったけど・・・旅に出て、
自分の考えをまとめてるうちに、結構気分がいいよ。まだ欠けているものがあるけれど、多分、大丈夫」
 にこりと微笑むその表情に偽りがないのが読み取れる。それを見てシンバはほっと安堵の笑みを浮か
べた。
 「・・・あ、そうだ!」
 「うん?」
 不意に、何か良い事を思いついたらしく、シンバが声を上げた。
 「あのさ、宴会をやろうよ!今の時期は桜が綺麗だし、ここのところ休みなしだったからさ、ぱーっ
と!」
 「宴会か・・・確かに士気を高めるにも良いかもね。ああ、そうしたらサトーさんも呼ぼう。シンバ。
約束してただろう?一緒にお酒を飲むって」
 シンバが嬉しそうに言った発言にソルティは軍師らしい言葉を呟いてから、かつて若い君主と傭兵忍
者が交わした約束を思いだす。それにシンバはまるで子犬のようにキラキラと目を輝かせてソルティの
方へ向き直った。
 「うん!よし、やろうやろう!!ね、ロイさんもいいよね?」
 「え?・・・ああ、そうだね。いいよ」
 まるでそこに、歓喜に揺れるふさふさの尻尾でもあるかのような錯覚に陥りそうになるほど、シンバ
は喜んでいた。
 「じゃ、僕、ヒロとか大蛇丸に話してくる!!」
 言うが早いか、あっという間に廊下を駆け抜けて行ってしまった。
 「・・・・いい子だねぇ」
 「はい」
 その小さな嵐のような勢いに驚きつつ、それがけして不快ではない事をあらわすようにロイはしみじ
みと呟いた。そしてそれに、ソルティも優しい瞳でこたえた。
 「・・・・あんたも、いい友人かい?」
 「 ────────── 」
 表情が一瞬にして強張る。
 何かを知っているかのようなロイの笑みにソルティは黙ってしまった。
 ロイは別に、大蛇丸やサトーのように何かを知っている訳ではない。ただ、何となく。彼の表情を読
みとって、思った事を言ったまでだ。陰のある笑みと、沈痛な面持ち。
 「・・・・・・」
 ふ、と、眉を下げ、少し困ったような、切なそうな笑みを浮かべる。そうして、困惑している青年の
頬を軽く叩いた。
 「色男がなんて顔してんだい。・・・いいかい。何があるのか知らないけれど、あんまりあの子を泣
かせるんじゃないよ?」
 「・・・・・・」
 「ああいう子はね。友達が一人で悩みを抱え込んでいるのを見て、まるで我が事のように悩む子だよ。
自分じゃ力になれないのかってね。言えない事もあるだろうけど、言える事ははっきり言った方が、あ
の子の為にも、そしてあんたの為にもいい事だと思うよ」
 「・・・ロイさん」
 ようやく口を開いて、ソルティは年かさの水色の瞳の女性を見やる。
 「ま、お節介かもしれないけど、一応きいときな」
 「・・・・・」
 「さて、それじゃ準備とかしないとねぇ。じゃ、またね」
 いっそ晴れやかにロイはそういって部屋を出た。
 残されたソルティは叩かれた頬に触れる。痛くなんてない。痛いのは頬じゃない。
 「・・・僕は・・・」
 どうすればよいのだろう。
 大切なものができてしまった。そうして己は、その大切なものを裏切る想いを秘めている。
 どうして、大切なものなどできてしまったのだろう。
 心が。

 痛い。


NEXT→

『小説』に戻る。

『サトヒロ同盟』に戻る。




なんか・・・ロイさんとソルティの話になっちゃいました・・・。
でも基本はサトヒロですから。続きにはちゃんといちゃいちゃ(爆)してくれます。
ソルティは出番ここまでだったりするし。(おい)
んでは、続きへどうぞー。