金衣公子(きんいこうし)2


 「宴会?」
 「うん!」
 「私はでないぞ、そんなもの」
 蹴破るような勢いでヒロの部屋に入って来たシンバ。途中で見つけた大蛇丸が後ろについていた。ち
なみに蓮撃と不如帰は今、どうやら忙しいらしく一緒にはいなかった。
 「えええーっ!!なんでぇーっ!!」
 先程の話をヒロにしたところ、あっさりと冷たく断られ、シンバは思い切り不満げに声を上げる。
 「不必要に馴れ合う事もなかろう。それに、私はそういう馬鹿騒ぎは嫌いだ」
 「そんなこと言って!前もこなかったじゃないかぁ!!」
 非常につまらなさそうに言うシンバにヒロは苛立たしいように溜め息をついた。
 「あのなシンバ。今のこの大事な時に、そんな事をやっている暇などあるのか?」
 「う・・・・」
 もっともな事を言われて押しだまる。そこへ大蛇丸が横槍をすかさずいれてきた。
 「じゃあさ、サトーだけでもかしてくんねぇかなぁ?」
 「何?」
 「だって姫さんは出たくねぇんだろ?だけどやっぱこういうのは人数が多い方が楽しいってもんだ!
だから、姫さんのかわりにサトーをさ?」
 「別に私一人いなくてもいいだろう!第一、あいつはここの正式の武将では無い!」
 大蛇丸の言い方に何となしに腹が立ち、ヒロは声を荒げる。
 「いや、そうだけどよ。でもあれだ。約束をしてるしな」
 「約束だと?」
 「ああ、俺もシンバも、あいつとは酒を飲む約束をしてんだぜ?なぁ、シンバ?」
 「うん!」
 「・・・・!!!」
 今度はヒロの方が押し黙ってしまった。確かにそうである。
 かなり前にシンバと酒を飲む約束をサトーは交わしている。大蛇丸とも、去年あたりに・・・。
 「俺の知っているかぎり、あいつは約束を違えるような奴じゃ、ねぇよなぁ?」
 「貴様・・・!」
 にやりと不敵な笑みを浮かべる金色の瞳の男。ヒロはその含み笑いにこめかみあたりにびしびしと、
青筋を立てる。だが、ふと思い立って爆発するところをなんとか押さえ込む。
 「・・・だが、貴様のところのあの二人はどうする。あいつらが貴様に引っ付いているかぎり、サト
ーもでたがらないだろう」
 今は君主で無くとも、連撃と不如帰にとって仕える者は大蛇丸ただ一人。大蛇丸の言葉で、今は冷戦
状態ではあるが、とくに連撃とサトーの仲は最低に悪い。ついこの間も一触即発のところを総出で押さ
え込んだのだ。
 「何だよお姫さん。あいつの事、そんな器のちいせぇ男だと想ってんのか?」
しょこら姐さん作。  「!!!」
 自分でもしらずの言葉の落とし穴を指摘され、ヒロははっとする。大蛇丸はかまわずに言い続ける。
 「まぁ、連撃の奴も噛み付かんばかりの勢いだしなぁ。あー、もしかしたら、酒のせいで喧嘩沙汰に
なっちまったりして・・・・」
 「・・・・!」
 その言葉に息を呑むヒロ。それをみてにやりと大蛇丸は、意地の悪い笑みを浮かべた。そうして、腰
に手をやり、少し前かがみになってヒロを見やる。窓から差し込む日の光に金色の髪が照らされ、光を
含む。
 「・・・そんなにあいつが心配なら、一緒に出ればいいじゃねぇか?」
 「・・・・っ!」
 自分が出ずとも、サトーはシンバ達との約束で宴の席に出るだろう。だが、そこにすこぶる仲の悪い
あの男が出て来て。酒が入って酔った勢いで何か騒ぎが起こるのはよくある事だ。もしかしたら・・・・。
 そんな風に思ったヒロの心のうちを見透かすかのような大蛇丸にヒロは苦虫を噛み潰したように顔を
歪める。
 「相変わらず、口のへらない男だ・・・・!!」
 ぎろりと鋭い眼光で睨み上げるが、当の本人はけろりとしてその視線を真っ向から受けとめる。
 大蛇丸は見た目や態度からではなかなかわからないが、かなりの話術の使い手である。それも、言い
方によくある厭味気が無いので性質(たち)が悪い。
だが、からかいぐせがあるので性各が生真面目な相手にすると逆上させてしまう事がよくある。
 「ねぇ、じゃ、おじさんと一緒に出てくれるの?」
 そうして今度は、天然無邪気のシンバの純真無垢な笑顔攻撃。
 「・・・・・・っ」
 そのあまりに純粋な笑顔に、正直頭痛を感じながらも、ヒロは深い溜め息をついて座り込む。
 「・・・わかった。今回だけだぞ・・・・」
 「やった!」
 根負け。諦めたかのような声音を聞いて、シンバと大蛇丸は互いの手を叩き合って喜んだ。


 その夜。
 「・・・・何でそんな話になってんだ?」
 「しらん」
 いつものように報告書をもって現れたサトーが、ヒロから先程の話を聞いた。ヒロはふて腐れたよう
に頬杖をついている。
 「・・・ああ、でも、いいか。約束してたしな」
 小さく笑って、意外にもサトーはあっさりと返事をした。それに驚いて相手に視線をめぐらせる。
 「いいのか?」
 「ああ、いつまでも馬鹿みてぇに昔の事引っ張ってられねぇし。それにこの機会逃すと、今度いつあ
いつ等と酒を飲む機会がくるかわかんねぇし」
 「・・・・・・」
 「それより俺はあんたの方が心配だな。あんまり酒、のめねぇだろ?」
 「ば、馬鹿にするな!子供じゃあるまいし!」
 だがしかし、ヒロはあまり酒には強くはない。昔からそうだ。
 ちなみに、サトーは酒には滅法強い方だ。ザキフォンもそれなりにいける口で、チクにいたってはザ
ル。
 「はははは、悪い悪い。じゃあ、また明日な」
 食って掛かるヒロにサトーは軽く笑い謝る。その扱い方が子供相手のような気がして、ヒロは少なか
らず不満に感じたが、サトーが身を翻したので、別の感情がわきあがる。
 「え、あ、ああ・・・」
 報告書は受け取ったし、もう特に用はない。だが、帰ろうとするサトーを名残おしそうにヒロは見た。
ここのところ忙しくてゆっくりと話もできない。
 それに気がついたサトーは目を細めて苦笑する。
 「・・・あんまそんな顔すんなよ。俺はあんたのその顔に弱いんだ」
 「え、あ、す、すまない」
 言われて反射的に両頬を押さえる。
 「・・・明日、また会えるんだ、な?」
 「・・・・・・」
 それでも寂しそうに伏目がちになるヒロ。サトーは溜め息交じりの笑みを浮かべ、ヒロの腕を掴んで
引き寄せて、その額に口付けた。
 「じゃあな」
 低く優しい声でそういって、夜の闇へと姿を消した。
 「・・・・・」
 サトーが出ていった窓辺に佇み、軽く額を押さえる。
 なんだかんだいってサトーは優しい。
 そうおもって自己嫌悪に陥る。
 いつも我が侭ばかり言ってあの男の優しさに甘えている。
 「・・・・情けない・・・」
 子供じゃないと言いながら、これでは子供だ。悔しさが込み上げる。自分に対して。
 そして、サトーに対して。
 なんでそんなに自分の事を分かってくれるのか。こっちはまだわからない事ばかりだというのに。
 「・・・・・・」
 ヒロは苛立たしげに一つ、溜め息をついた。
 今夜は、雲が多くて、月がよく見えない。少し、悔しかった。


 で。
 「サトーのおじさーん!!」
 「お、シンバ!」
 次の日の夕刻。言ったとおりに姿を現したサトーが、何やら妙に不機嫌なヒロと一緒に宴会会場へ向
かう途中、シンバとソルティにであった。出会い頭の会話が先程ので、シンバはサトーに駆け寄ってき
た。
 「久しぶりだな、えと・・・半年ぶりか?」
 自分の前にちょこんと立ち止まり、満面笑顔のシンバの頭をかきまわすように撫ぜながらサトーが言
うと、シンバは思い切り不満そうな声を上げる。
 「そうだよ!おじさんてばここに来てもヒロにしかあってかないんだもん!援軍に来てくれた時にし
かゆっくり話もできない!」
 おまけにその援軍も、諜報の仕事が忙しい為、滅多にいけないし。シンバの方も、君主という立場上、
忙しい事この上ない。サトーが報告書をもって現れて、ヒロにしか会っていかないのではなく、会えな
いのである。
 「ははは、すまねぇ。ま、いろいろとな、あるからよ」
 「・・・でもいいや!ちゃんと約束、守ってくれたし!」
 「そうか?ありがとうよ。それよかお前、酒、呑めるようになったのか?」
 「大丈夫!僕だってもう二十歳過ぎてるんだよ。大蛇丸やソルティとよくのむんだ!」
 サトーの質問にシンバは胸をはっていう。しかし、それにサトーは眉をひそめた。
 「・・・・シンバ。ソルティはともかく、大蛇丸と一緒に飲むのはやめとけ。お前まで大酒のみになったら
周りの奴の苦労が絶えん」
 「そうなの?」
 きょとんとしながらシンバは自分よりも頭一つ分高い身長の男を見やる。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 実に仲の良さそうな二人。端から見れば歳のはなれた兄弟か。
つーか。シンバ、お前いったい幾つだという突っ込みがは入りそうなシンバの無邪気な反応。サトーが
もともと面倒見がよいため、シンバと相俟ってこれでは兄弟と言うより親子だ。
 「しかし、いいのかねぇ。俺は正式なここの武将じゃねぇけど」
 「いいんですよ。あなたが仕えているのはヒロですから。それに、シンバが会いたがってましたし」
 そんなこんなで会場につく。

 常は障子で仕切られた部屋部屋が今日は全て開け放たれて長い一つの部屋となる。外へ面する障子も
全て取っ払われ、目の前にうえられている桜が満開で咲き乱れている。
 薄紅色の花々が、沈みかけている太陽の光に照らされて、何とも淡く暖かい色に染め上げられている。
どこかでうぐいすの鳴き声が聞こえてくる。
 「お、シンバ、やっと来たか!」
 「どっかの馬鹿が、もうたっぷり呑んでるよ」
 酒瓶方手に大蛇丸がけらけらと楽しそうに笑いながら言い、ロイは呆れている。
 既に女中達が忙しそうに動いており、酒や料理がどんどん運ばれていっている。
 「・・・・・」
 会場を見まわして、ヒロは訝しげな顔をした。
 「おい、大蛇丸」
 「あん?」
 「お前の腰巾着二人はどうした」
 確かに連撃と不如帰の姿が見当たらない。
 「ああ、連撃は別の用事で出かけてて昨日からいねぇんだ。不如帰は多分見まわりにいってんだろ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 しばしの沈黙のあと、ヒロはがっしと大蛇丸の胸倉をつかんだ。
 「貴様、図ったな・・・?」
 「なんの事だ?」
 怒りで青筋たちまくりのヒロ相手に、大蛇丸はとぼけて見せる。
 昨日、サトーと一緒に出てこいと説得する時、わざと連撃の話を持ち出した。確かに、連撃がこの席
にいたら危険だが、その本人は既に昨日からいない。だから、そんな危険な事など起こり得ないのだ。
しかし、大蛇丸はまるで連撃がいるかのような口ぶりで。
 ヒロはもののみごとに大蛇丸にのせられた。
 「・・・っ、あいつらがいないのなら、私は帰るぞ!!」
 ヒロは一応、サトーのためにでると言う事になっている。だが、彼等がいないのならばその必要はな
い。もともと、こんな席には出たくなかったので、ヒロはさっさと方向転換する。
 「あれ、かえっちまうのか?」
 「貴様の馬鹿面をこれ以上見ていたくない」
 「あ、ひでぇ言い方!でもいいのかなー。サトーほっぽいてって」
 立ち上がり、大蛇丸はサトーの方に腕をまわす。
 「サトー、今日はシンバと三人で飲み明かすぞ!!」
 「へ?」
 「んでもって、どうやってお姫さんを落としたか聞かせろ!いいだろ?」
 「大蛇丸!!!!」
 にやりと笑って言う大蛇丸にヒロは真っ赤になって怒鳴る。
 「あ、僕も聞きたい!」
 「シンバ!!」
 便乗してきたシンバにも声を荒げる。
 「・・・ヒロ、素直にいた方がいいみたいだよ・・・」
 ソルティがぼそりと呟いた。


 「・・・・・・・」
 宴会が始まってしばらくした頃。
 ヒロはサトーの隣でかなり危ない、座った視線で酒を飲みつづけている。
 「・・・おい、大丈夫か?なんか、目がヤバイぜ?」
 その相当酔っていると一目でわかるヒロにサトーが心配げに声をかけた。
 「うるさい!大丈夫だ!!」
 一応、口調ははっきりしているものの、顔は既に朱に染まっており、かなりの赤さだ。
 「お、のんでるかい、お二人さん!」
 そこへ、先程からいろいろと挨拶をしながら渡り歩いていたシンバと大蛇丸がやってきた。
 「やっと全部回り終わったよー」
 ほとほと疲れ果てたと言うような口調。なにせシンバは君主だ。いろいろと挨拶したり、されたりと、
かなり忙しい。
 「お疲れさん」
 そういって、酒瓶を出したので、シンバも手近にあったまだ誰も使っていないコップをだした。
 「シンバはいいが、貴様はあっちにいけ」
 「あ、ひでぇの」
 こしを下ろした大蛇丸を思いきり邪険に扱いながらヒロが言う。
 シンバはなみなみとはいった酒をクーっと一気に飲み干した。
 「うわ、これ、結構キツイヤツだねぇ」
 「ああ、俺の持参のヤツでな」
 「へぇ?俺にも一献くれよ」
 「おう」
 注いでもらった酒を大蛇丸も、まるで水でも飲むかのように飲み干した。
 「お、キツイけどうめぇな。これ、どこのだ?」
 「ヤマトの方さ。俺のじいさんが好きでな、よく飲ましてもらって」
 「なるほど。けど、マジでいけるな。俺も今度取り寄せよ」
 そんな風に話していると、まるで、ずっと前からの友人同士で、違和感がない。実際にはもともと敵
同士で、そんなに言葉を交わした事があった訳でもないのだが。
 「・・・・・・」
 仲睦まじい光景を見て、ヒロはなぜだかむっとした。
 「サトー!私にもよこせ!」
 「え?大丈夫かよ」
 「馬鹿にするな!まだまだ平気だ!!」
 いつもよりも食って掛かってくるような強い語調に、サトーは大丈夫かと心配しつつも、その迫力に
気圧されて少し注いでやる。透明な穀物酒にうつる己の姿を見てから、二人と同じく、一気にあおる。
 「おー、いいのみっぷり!」
 やんややんやと大蛇丸が手を叩く。
 飲み干して、だん!と器を叩きつけるようにおく。
 「・・・・姫様?」
 そのままの体制で動かないものだから、サトーは声をかけてみる。
 「サトー!!」
 「は、はい!」
 突如、勢いよくこちらを振り向き、怒鳴り上げるように名を呼ぶので、サトーは思わず返事をした。
 「もう一献」
 「・・・・・・・・・」
 完全に目が据わっている。このままだとヤバイ。
 そう判断して、サトーはヒロのもっていた器を取り上げた。
 「何をする!かえせ!」
 「駄目だって!姫様、これ以上はやめとけ!」
 「うるさい!まだ飲めるぞ!いいからかえせ!」
 「駄目だ!そんなに赤い顔しといて何が大丈夫だ!意地張って無理して飲むなって、前にいっただろ
うが!」
 喧喧諤諤と、言葉の応酬。
 「お、なんだ。痴話げんかかい?」
 「誰が痴話喧嘩だ!」
 自分は自分でかぱかぱと酒をあおる大蛇丸を思わず怒鳴りつけつつ、サトーは器を奪い返そうとする
ヒロを押さえる。
 「ほら、いー子だからやめろって!」
 「いい子いい子って、私は子供じゃないぞ!!」
 「むきになってこんな事をするのは子供じゃないのか?!」
 「黙れ!お前は、いつも、そう、やって・・・私の、事、を・・・」
 口調がおぼつき、体がぐらりと揺れる。激しく引っ張っていた腕の力が抜け、ヒロが前の方に倒れて
きた。
 「姫様!?」
 慌てて、器をもっていない方の手でヒロの体を支える。
 「ヒロ!」
 「・・・・・・・・・ZZZZZ・・・・・」
 「・・・・寝てる・・・・」
 覗き込んだシンバが呆気として呟いた。
 「・・・ったく、いわんこっちゃねぇ・・・」
 サトーも呆れて溜め息をつき、器をおく。そして慣れた手つきでうつぶせに寄りかかるヒロの身体を
ひっくり返した。
 「おやおや、やっぱりお嬢ちゃんはだめかい?」
 ロイが何やら両手に抱えてやってきた。
 「ロイさん」
 「ほら、これ」
 ヒロを抱えたままのサトーに手渡したのは毛布だった。
 「シンバかお嬢ちゃんあたりがダウンするだろうと思って持ってきたけど、よかったみたいだねぇ」
 「すまねぇ」
 本当はこのまま抱き上げて部屋につれてかえろうかと思っていたのだが、せっかく持ってきてくれた
のだから、ありがたく使わせてもらう。
 己の服をさり気に掴んで離さないので、膝の上に眠らせたまま、毛布をかけてやり、ぽんぽんと身体
を優しく叩く。
 「しかし、かわいい寝顔だねぇ。いつもの無愛想じゃ想像つかないよ」
 「本当だね。なんか、僕より年下みたい」
 静かな寝息を立てて眠るヒロを見ながらくすくすうと笑う。闇色に染まってきた空を背に、桜は柔ら
かい春の風になぶられ、その花びらを散らす。
 「こりゃ、サトーじゃなくても手ぇ、だしたくなるなぁ」
 「っ!大蛇丸!!」
 にやりと意地悪そうに言うので、サトーは顔を真っ赤にしながら声を上げた。
 「ふぅん?やっぱりそういう関係なんだ。シンバから聞いてたけど、本当に本当だったとはねぇ」
 「・・・・・・」
 ばつが悪そうにそっぽを向き、酒をあおる。
 「あんた、ちゃんとこの子の事、愛してやってるのかい?」
 「っ!」
 突然のストレートな質問に、サトーは思わずぶはっと酒を吹き出した。気管に入り、むせ返る。
 「な、なんだよ、いきなり」
 げほげほと咳き込みながらもロイの方を向いて問う。
 「なんかねぇ。さっきから見ていたら、お嬢ちゃんがずいぶんとヤキモチやいているみたいだったよ?」
 「ヤキモチ?誰に」
 そんな対象になるような相手など、今、ここにはいない。
 「やきもちなんて別に女相手にするもんじゃないさ。あんたが大蛇丸やシンバ達と仲がいいから、こ
の子、ヤキモチ焼いてたみたいだよ?だから、無理に飲めない酒を飲んだりさ」
 「・・・・・・」
 「この子の場合、気が強くて、誰にも頼らないって肩肘はってるけど、実は結構な甘えん坊だろ?」
 ロイの的をえた指摘に、サトーは正直驚く。
 「・・・・そういうのって、やっぱわかるもんなのか?」
 「伊達に女を何年もやっちゃいないさ。こういう子は大変だよ?寂しがり屋で甘えん坊のくせに、甘
えるのが下手なのさ。だから尚更虚勢を張って。けど、心を許した相手にはそりゃもう、甘えちまうだ
ろうね。そして、何より浮気は絶対許さない」
 「・・・・・・・・・」
 ごきゅ、と、サトーは思わず酒を飲みこみ、喉を鳴らしてしまった。
 「んふふふ。でも、私が見たところじゃ、あんたはどこぞの坊やと違ってそういう心配はいらなさそ
うみたいだけど」
 「そいつぁ俺の事かい?」
 くいっと器に入っていた酒を飲み干して、大蛇丸が視線だけをロイにむける。にやりと皮肉じみた顔。
それにロイは半眼になって鼻先で笑ってやる。
 「あら、よくわかってるじゃないの」
 「だが、俺は別に浮気をしてるわけじゃねぇぜ?なんせ、いい女は全部俺のもんだ」
 実に当たり前のように、堂々と言ってのける大蛇丸に、ロイは呆気となった。そうして呆れたように
軽く手を振って言う。
 「・・・あんまり純情な子を泣かすんじゃないよ?女を泣かせる男は最低だからね」
 「ご忠告、痛みいるぜ」
 だが、大蛇丸はそういった痴情のもつれというものをほとんど聞かない。流石といったところか。
 「・・・ま、ともかくさ。ちゃんと、しっかりこの子の事、愛してやんなよ?」
 話をサトーの方へ戻して、ロイがゆったりと笑う。
 「・・・・わかってらぁ」
 少し照れくさそうに、サトーはもう一度酒を飲みなおした。
 「でも、最初、抵抗はなかったのかい?お嬢ちゃんはハーフとはいえ、一応魔族だろう?」
 人間とは異なる種族。人間と敵対する者達。
 「・・・別に。俺は最初から種族の違いなんざ気にしてねぇけど・・・姫様の方は、親父さんの事とか・・・
まぁ、いろいろあるから・・・結構悩んでたみたいだけどな・・・」
 自分の膝の上で気持ちよさそうに眠るヒロの髪を優しくなぜながら、少し切なそうに言う。
 「・・・それに、今はいいかも知れねぇが、先の事を考えるとちと・・・辛いな・・・」
 「何がだい?」
 「・・・・・・・」
 空になった器に再び酒を注ぐ。
 「どう足掻いても・・・いつかきっと、姫様を一人にしちまう事さ」
 「・・・・・・」
 「種族なんて気にしないって言っても、どうしようもねぇ・・・・壁がある」
 「壁?」
 強めの酒をちびちび飲みながら、側で一緒に聞いていたシンバがおうむ返しに聞いた。
 「・・・寿命さ」
 人間は生きていて、せいぜい百年ほど。だが、魔族はその者によってことなるが千年は軽く生きる者
もいる。少なくとも、二、三百年はゆうに生きるだろう。
 「俺はこの先、何事もなく生きていてもあとせいぜい50年かそれくらいだ。けれど姫様は魔族だから
・・・俺よりもずっと、長く生きる。今は一緒にいられるけど、いつかは・・・」
 彼女一人のこし、己は死んでしまう。
 ただでさえ、今のこの時代。いつ死んでもおかしくはないのだが、不確定な恐怖より、確実な現実が
まっているのだ。
 死を知らないでいる事と、死ぬ事がわかっている事と、どちらが幸せだろうか。
 そうして、その時。己は相手に対して、何をしてやればよいのか。
 彼女の幸せを願うならば、一緒にいるべきではないのかもしれない。けれど、辛い思いをさせるとさ
せるとわかっていても、一緒にいたいと心が叫ぶ。
 「・・・・・・」
 自嘲気味の笑みを浮かべて酒を飲むサトーの後頭部を、いきなり大蛇丸が激しく殴りつけた。
 「っ!!!!」
 「おじさん!」
 突然のそれにシンバもロイも驚く。サトーは持っていた器を落としてしまい、中に入っていた酒があ
たりにぶちまけられる。
 「・・・っいきなり何しやがる!!」
 後頭部をおさえ、くいかかる勢いで大蛇丸の方を向いた。
 「ばぁか。」
 だが、大蛇丸は半眼の状態で、酷くはっきりした声で思いきり言い放った。
 「なっ・・・・」
 「なーにくだらねぇ事で悩んで、せっかくの美味い酒を不味そうに飲むんだよ。もったいねぇ」
 「くだらねぇだと?!」
 「ああ、そんな先の事、今からなやんだってしょうがねぇだろ?そりゃ、お前の方が早く死ぬのは確
かだけど、その間に何があるのかわからねぇだろ。それに。お前と一緒にいる事が幸せか、辛い事なの
か。それを決めるのはお姫さんだろ」
 「・・・・・・」
 「一人残して死んじまって。辛い想いをさせるのが嫌だからってのは、お前の考えだろ。姫さんだっ
て、お前が先に死んじまって一人になっちまう事くらいわかってるだろうさ。だけど、それでもいいか
らお姫さんはお前といるんだろ?」
 人を射抜く、金色の瞳。外に灯された松明の光が入ってさらに強く光る。揺るぎない意志と、強い心
を持つ男。その男が言う言葉は酷く重く響く。
 「・・・ふふ。案外いいこと言うじゃないか」
 「うるせぇ」
 嬉しそうにロイが言うのに、大蛇丸は悪態をついてそっぽを向く。頬が赤いのは酒のせいだけでもな
いだろう。
 「・・・・姫様が・・・決める事、か」
 一度は離れたのに。けれど、彼女は側にいろと追いかけてきた。彼女がいてほしいと願ったのだ。
 「・・・やっぱり、自分が想ったとおりに生きればいいんだよ。自分で決めた事だから、後悔だって
しないし。ヒロはやっぱりおじさんと一緒にいる時、凄い嬉しそうだよ?だから、ヒロは辛くはないん
じゃないかなぁ」
 「シンバ」
 「へへへ。なんてね。でも、好きな人とはずっと一緒にいたいよね・・・」
 「・・・・ああ」
 それは、誰しもが想う願い。
 ひどく身勝手な、だけど、とても当たり前の願い。
 この人と。いつまでも一緒に。


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『小説』に戻る。

『サトヒロ同盟』に戻る。




おわらない・・・(TT)