鬨の声が上がり、戦が終わる。
勝利にわく、若い君主が率いる軍勢。
彼女と対面する。
思った以上に元気そうだ。
あのガキどもともうまくやってるみたいだし。
何よりも、戦う気力さえ失っていたあの赫い瞳に、光がともっている。
よかった。
ほんとうに、よかった。
あの男と久しぶりに正面から話した。
本当にどれくらいぶりだろう。
記憶の中そのままの男に、不意にも涙をこぼしてしまうと、
あいつは困ったように笑う。
「泣かないでくれよ。あんたのその顔には、俺は弱いんだ」
言われて恥ずかしくなる。そうして思わず怒鳴り返す。
「誰もお前のせいでなど、泣いてはいない!!」
それでも誤魔化しようもなく、皮肉にも涙が止まらない。
それが悔しくてたまらない。
でも、今、目の前にいる事が、酷く嬉しくもあって。
だから、尚更悔しかった。
真っ直ぐな瞳。
怒りにも似た、突きつける、強い視線。
怒る理由が何となく、わからないでもないけれど。
思わず苦笑してしまった。
もっと話していたいけれど、もう、行かなければ。
これ以上ここにいてはいけないのだ。
これ以上側にいたら、離れられなくなる。
いつものように、くだけた感じで笑いながら。
「…あいつ等が心配している。早く戻りな」
そう言って、向こうの方へと視線をめぐらせる。
幼い君主は、友人の青年と何やら話しているようだ。
「じゃあな」
一言そう言って。
ざっと、血の気が引いたような気がした。
低い声で、一言、別れを告げられた。
あいつは小さく笑って背を向ける。
広い広い背中。
あの時と同じように。
行ってしまう。
そう思ったとき、手が、あいつの服をつかんだ。
それにあいつも私も驚いて、目を見合わせる。
無意識の行動。
知らない誰かが、行くなと叫んでいる。
手をそっと離す。
自分でも分からない己の行動に戸惑っている彼女を見て。
締め付けられる息苦しさを感じながらも。
やっぱり苦笑するしかなかった。
つかまえては駄目だ。
側にいては、駄目なんだ。
自分に言い聞かせて。
抱きしめたい衝動を押さえ込んで。
喉が焼け付くような痛みを覚える。声を出すのが辛い。
「…じゃあな」
再度つぶやかれた別れの言葉。
はじかれた様に相手の顔を見る。
困ったように笑っている。
今にも泣き出しそうだ。
その言葉を言うのが、そんなに辛いのか。
だったら。
だったら何で。
「…勝手に側から離れるつもりか!?」
怒りが込み上げる。
お互いの為だとはどこかで分かっている。
いつもの私なら、きっと分かっている。だからあの時あいつを見送った。
でも今は。
知らない私が叫ぶ。
離れたくないと。
置いて行かないでと。
「また私を…残して行ってしまうつもりか!!」
それは、知らない私。だけれど、確かに私自身。
その叫びは確かに私自身の言葉だ。
その台詞の影に隠れた意味。
それは大切なモノを失う事への恐れ。
父や母や姉や。次々に彼女の前から消えてゆく。
大切な人達が、彼女を残して消えてしまう。
残された者の想い。
痛みを共有する事はできないけれど、
辛さは感じ取る事はできた。
その痛みを、今度は自分が彼女に与えている。
そんなつもりはない。残してなんかいかない。
でも、側にいる事はできないのだ。
側にいたら、自分はきっとあんたを駄目にする。
そんなのは嫌だ。
前を見据え、歩みつづけるあんたの姿を見ていたいのに。
側にはいれないけれど、
ずっと見守っているから。
「…残してなんかいかねぇよ。俺は、いつだってあんたの事を…」
「だったら側にいろ!!」
声に、涙が混じっていた。
心が叫ぶまま、言葉をつむぎ出す。感情があふれ、制御できない。
だけれど、言わなければならない。その想いは、けして間違っていはいない。
側にいたら、きっと私はお前を頼るだろう。
だけれどお前は一つ忘れている。
私はそんなに甘くはない。
お前から見れば私はまだ幼いかもしれない。
だが、ただ守られているだけの子供だと思うな。
「側にいろ…っ」
それだけでいい。
それだけで。
お前が私の側にいて、私を駄目にしてしまうと思っているのなら、
お前はやはり馬鹿な男だ。
誰かがそばにいる事で、強くだってなれるのだ。
全身が硬直して、うごけない。彼女が思うままに叫んだ言葉。
想いを堪えずにつぶやいた言葉。偽りのない。
涙にくれる赫い瞳。
だけれど射ぬくような強い光。
本当にそれでいいのか。
側にいてもいいのか。
俺だって。あんたの側に。
「…何、言ってんだよ。姫さん」
心と反対の言葉が声になる。
突き放さなければ。
いっそ嫌われてしまえるほど。いっそ憎まれてしまうほど。
もう一度、彼女の心に残されるものの痛みの傷をつくって。
…俺は、馬鹿だ。
守るものがあるから戦う。
大切な人がいるから戦う。
それは誰しもが抱える戦う意志。
だけれど。
私は、ただ。誰かのためにじゃなくて。
自分のために戦っているのだと。
人は皆、そうではないのかと。
自分が、それを守りたいから。
自分が、それを失いたくはないから。
だから皆、戦うのだと。
私は。
父や母や姉が本当に大好きだったから。
大好きな人達の力になりたいと、私が思ったから。
そうしたいと、自分で、思ったから。
だから。
私は、お前に側にいてほしいのだ。
もしそれで、本当に駄目になってしまうのなら、そこまでだ。
だけれど、それは自分で、そうしたいと望んだ事なのだ。
誰しも、己のために望んで、戦っているんだ。
お前が、そう言ったじゃないか。
あんたのためだと言いながら。
俺は結局逃げてるだけだ。臆病なだけだ。
傷つけたくないと言いながら、自分から切り離すために傷つけようとしている。
それがあんたのためだと、言い訳をしているだけだ。
馬鹿な事を。
けれど、だからと言って本当に側にいて良いのか。
わからない。
俺はどうしたい。何をしたい。
あんたの側に。ずっと側に。
それを望んでいいのか。
望んで。側にいて。
あんたと一緒にいたい。
それは間違った選択ではないのか。
いつからこんなに臆病になった。
いつからこんなに悲観的になった。
なさけねぇ。自分で呆れてしまうほどに。けれど。
「…俺は、…あんたと一緒にいても…いいのか?」
焼け付くような痛みのする喉から、不安が言葉となって零れ落ちた。
初めて弱音を聞いたような気がした。
私を支えてくれた男が。
ぽつりと、不安を零した。
いつも私が不安や悲しみに落ち込んでいると。
それを口にしたわけでもないのに。
周りに悟られないように隠しているのに。
それなのに。
お前はいつも、何も言わずに側にいてくれて。
私が不安を零しても、黙って聞いていて。
私が落ち着くまで一緒にいてくれる。
そんなお前が。今。
涙が止まらない。
やっぱり馬鹿な男だ。お前は。
そんな事。
そんな事を。
「…当たり前だ…馬鹿者…!」
嬉しさと怒りが交じり合って、どうしようもない愛しさが込み上げる。
発せられた言葉に息を呑む。
なんて言った?
今、何と。
驚いて、間抜けに突っ立っていると、不意に彼女の腕が伸びてきた。
口元を引き結び、強い眼光でこちらを睨んで。
いきなり俺の胸倉を引っつかんで。
何事かと思えば。
引っ張られて上体がわずかに倒れて。
あんたは一歩踏み出して背伸びをして。
そして。
唇を重ねてきた。
不器用に、触れるぐらいの。
顔が離れ、相手を見やると、酷く顔を真っ赤にして。
それでもやはり、こちらを鋭く睨んで。
俺は、堪えてきたものがいっぺんに崩れたような気がした。
「…姫様」
呟くと、あんたは俺を抱きしめてくれた。
驚いて、呆気となっているお前。
背中に腕を回して抱きしめる。
暖かい。
いつも私を抱きかかえるのはお前だったのに。
逞しいその腕で、軽々と。
とても安心できて。心地よかった。
そうして今も。
ぎこちなくも、お前は私を抱きしめてくれる。
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考えても考えても、どうしたってサトーの方からはしない。
大切にしている姫様に手出すなんて。
書いてけば書いてくほど、サトーが情けなくなって…。
ヒロに関しては前にも述べましたように、
大切にしすぎているとこがあるので、どうしても腰が引けてしまうと言うか。ヒロを想うが故に。
けれど、ヒロの方はそうは想っていなくて。
側にいて欲しいと自分で想ったから、側にいてくれと。
それで駄目になっても傷ついても、自分で決めた事だから、後悔はない。
いつも支えてくれる相手の、ほんの小さな弱い場面を見ると、尚更愛しくなると想いませんか。
ヒロも支えられてばかりじゃ悔しいでしょうし。負けず嫌いだから。
支えてくれるのは嬉しいけれど、自分だって相手を支えたい。守りたい。
サトーも、大人ですけど弱いところもあるという事で。
完璧な人なんていないのですし。
あと、ヒロの方からやっちゃったんですが、思ったのが、
逃げている三年の間に本当に何もなかったのか。
キスの一つや二つはしてるかなーとも思ったのですが、何もなかったという事にします。
やっぱりサトーは手をだしません。出せません。