向日葵
「おはようございます!」
光に透けると金に輝く金茶の髪。その髪をゆらしながら、心地のよい元気な声で挨拶をするのは元無名兵団軍師のアルだ。
彼女が無名兵団に仕官した次の年、智神イプシロンの力を借りた神聖皇国軍が一気に攻めこんできた。幾度となく侵攻を防いだものの度重なる激戦の末に兵達が限界に達し、ついに無名兵団は落ちた。
その最中、君主ウェイブは行方不明に。アルも戦火の中、逃れる兵士達を出来るだけ安全な場所へと導いて逃れた。
戦後処理で、ウェイブが捕まったとはきいていない。だから、アルはウェイブを探すために大陸を歩いた。
そんな時、人材を探していたムロマチ君主シンバと出会い。闇雲に探すよりも情報を得られる場所で探した方が確実であり、そしてシンバの無垢な人柄にもひかれ、傘下に入ったのだった。
「アルさん、今日もいい天気だねぇ」
「ええ、本当に」
年配の女中が気さくに声をかけると、アルもにっこり笑って返す。彼女の明るい性格はすぐに人々に受け入れられた。
「あ、ヒロさん!おはようございます」
「ん……おはよう」
身支度を整えた、でも少し眠たげなヒロの姿を見つけてアルが声をかける。ヒロも軽く目をこすってからそれに答えた。
人とあまりかかわろうとしないヒロも、この娘には意外に寛容だ。
「そういえば今日辺りにシンバさんが帰ってきますね」
「ああ……いい人材が見つかったといいな」
並んで、初夏の少し強い日差しを窓越しに浴びながら二人は歩く。
現在シンバは探索中。そろそろ戻ってくる頃のはずだ。
外を見れば、さんさんと降り注ぐ太陽の日差しを浴びて、緑がその生命の息吹を光らせている。輝くような翠に深みのある濃い緑。渡り廊下では女中達が忙しなく、だが楽しげに行きかい、仕事をこなしている。庭の方では庭師がまだそんなに暑くならないうちに庭の手入れをしていた。
「………………」
そんな様を、ぼう、と見ているアル。気が付いたヒロは怪訝に声をかける。
「どうした?」
「……あ、いえ、何でもありません」
「?」
「………………」
ヒロは不思議そうにきょとんとしながらも、再び前をむいて歩を進める。アルもそれに続く。
「………………」
……どうなったのだろうか。
『アル』
思い出される、自分の名をよぶ、あの人の姿。
「……ウェイブ様……」
そうして、あの人と滅ぼされる前に植えた、あの。
「………………」
太陽の花は。
「ただいまー!!!」
朝の会議が終わり、お昼まで各自好きにしていたころ。
シンバがいつもの元気のいい声で戻ってきた。
「お帰り、シンバ」
そうして最初に向かえるのはやはりソルティ。
「あっついよー!もうほとんど夏日だねぇ」
暑さに頬を赤くしながらシンバはいう。帰ってきたシンバを向かえ、アルは「それじゃ何か冷たいものでも作ってきます」といって奥へ消えた。
「おう、で、どうだった?いいのは見つかったか?」
座りこんだシンバに大蛇丸が声をかける。相変わらず側には不如帰。
「うん!すっごい人、見つけたんだよー!」
得意満面でいいながら、シンバは振り返って向こうにかけてゆく。そうして誰かの腕をひいてつれてきた。そこへ連れられてきたのは。
「…………?!」
その場の空気が一瞬にして驚愕に張り付く。
「あのね!元無名兵団の君主で、ウェイブさん!」
その場に現れた人物。
ただ、立っているだけというのに、途方もない威圧を秘めたその姿。
無造作に伸びた茶色の髪。青紫の鉢巻を頭にしめ、腰には大剣。強く光る瞳は夏の緑のエメラルド。
「………………」
タワーを制し唯一の存在。
人間を極めし人間。
闘神ウェイブ。
「………………」
ウェイブは何も言わず、一同をぐるりと視線だけで見まわした。
その場にいた一同は総じて息を飲んだ。何より驚いていたのはヒロだ。
「……ウェイブ……」
名を呟く。
「……ヒロ」
ウェイブもまた、ヒロの名を呼ぶ。
タワーであった時よりも低い声だ。
16、7年ほど前。
スペクトラルタワーにヒロは挑んだ。そこであった人間の青年。まだ幼さの残る顔立ちに印象づくのはやはり、優しいエメラルドの瞳。
あの時青年は、自然の象徴である皇竜スペクトラルを倒し、そして競いあった、好敵手であり友人でもある銀の髪の青年を倒し。そして頂上にあったアカシックレコードに触れた。
あまりの膨大な知識量。今までしてきた己の所業。人の、人間の行い。それら全てを一度に見てとって。
そして。
壊れ。
魔法力を解放してしまった。
それにより自然の25%が失われる事となり、ウェイブ本人もまた、心を失った。
再び現れたその姿には、以前の優しい色はなくなっていた。
ただ、痛いほどに強く、恐ろしく、悲しい瞳の闘神の姿があっただけ。あの青年の姿は、どこにもなかった。
昔のあの青年を知っているからこそ、ヒロは哀しかった。
以前、敵国の援軍として現れた男。
青年の求めていたものは、こんな事だったのか?
けれど。
「……久しいな。ヒロ」
「…………?!」
呟かれた声は、何故か以前の時よりも柔らかさを含んでいた。それにヒロは目を見開き、ウェイブを見上げる。
「あ、そういえばヒロ、ウェイブさんと知り合いだったんだよね!」
「え?あ、ああ……一応な……」
ぽんと手を叩いてシンバが思い出したようにいい、いきなりふられたヒロは少し声を上擦らせながら返事をした。
一方。
「………………」
大蛇丸は居心地悪いように顔を顰め、ウェイブを睨んでいた。
「……ちっ……」
知らずにぎりりと手を握り締める。何やら体がうずく。自分の中の何かが沸き立つように熱い。
──────皇竜スペクトラル。
かつて、ウェイブが倒した自然の宰(つかさ)。
皇竜の魂を宿す身の大蛇丸。だが、皇竜としての記憶はあやふやで、でもその魂が覚えているのだろうか。
自然を汚され、破壊した一人の人間への憎しみを。
「………………」
ウェイブの方も、ヒロから視線をはずしてちらりと大蛇丸のほうを見る。視線がかち合い、大蛇丸はぎり、とさらに睨みつけた。
「………………」
だが、ウェイブの方は一瞥したあと、ふいと視線を外してしまった。
「……………?」
それに大蛇丸は意外そうに、怪訝そうな顔をする。
その時だ。
がしゃん!とけたたましい音がして、その場にいた全員が一斉に音のほうを見た。
見れば、そこにはアルがたっていて、今し方いれてきたばかりの冷たい茶が器ごと床におち、床を濡らしていた。器は四方に砕け散っていて、でもアルはただ呆然と一人を目に止めている。
「………………アル」
ウェイブがポツリと、彼女の名を呼んだ。表情はかわらず無表情で、でも名を呼ぶ声はわずかに安堵の色が混じっていて、けれどそれには誰も気がつかない。
呼ばれて、呆然と立ちつくしていたアルはそれにようやく反応し。
「……ウェイブ……様……」
愛しい己の君主の名を呼んだ。
はらはらと落ちる涙。
止めようにも止まる事はなく、頬を濡らす。
「……ウェイブ様……」
もう一度名を呼び、目の前に立つ男の姿をしっかりと瞳におさめる。だけれど涙で歪んで、奥が痺れるように、痛い。
「ご無事……だったんですね……よか……っ…………」
それでもわきあがるどうしようもないほどの安堵に体が崩れ落ちそうになる。それを必死にこらえ、アルはほっと笑みを浮かべて見せた。
「……お前も無事でなによりだ」
床に散らばる破片など意にも介せずに歩み寄り、ウェイブはぽん、と軽く頭をなぜた。
「…………はい。」
さりげなくも優しい仕草。表情は相変わらずだが、そんなわずかの優しさを感じとって、アルは涙をぬぐい、花がほころぶように笑って答えた。
「………………」
ほんの少し。口もとが歪み、本当のわずかに笑みの形に彩られる。
「………………!」
昔とは比べ物にならないほどに微かなものだが、それを見てヒロははっとなる。
「……ああ……」
何となく感じ取った。
先ほど名を呼ばれて言われたときに感じたわずかな優しげな色。
あれほどまでに恐ろしく、哀しい男の中にに感じたもの。
「────────…………」
あの少女か。
あの少女の存在が、少なからずとも全てをなくした男に、なくしたものを見つけさせ、蘇らせたのではないか。
「……そうか」
ぽつりと嬉しさに笑みを零した。
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