向日葵
「ウェイブ様!」 あの頃と変わらぬように、アルはウェイブの身の回りのことをしている。これはすでに極自然のものとなっているのか、違和感がない。かといって、アルは他の事をおろそかにしたりはせずに働いていた。 「ウェイブ様、シンバさん達が探しておられましたよ?魔王軍との対決に備えていろいろ策を練りたいと」 「……ああ、そうか。わかった。すぐに行こう」 「はい!」 近寄りがたくどこか恐ろしいものを感じてしまうウェイブ相手に、アルは何の躊躇もなく接しているので、ある意味尊敬の眼差しを受けている。 確かにウェイブは妙に重圧感を持ってはいるが、それは以前ほどではない。だが、ここの者達はその以前を知らないし、何よりウェイブ本人が、ほとんど喋らず表情を変えずにいる。無口で無表情。それだけでも怖いものがあるのだ。 「………………」 長めの茶色の髪。夏の緑のエメラルドの瞳。あの頃と、かわり無いその姿。 「どうした?」 「いえ」 視線に気がついて、振りかえったウェイブにアルはにこりと笑って返す。 ああ。 またこの人の側にいる事が出来て、よかった。 それからまたしばらくたって。 「ウェイブ!」 「どうした。ヒロ」 いつものように廊下をアルと一緒に歩いていたウェイブを見つけてヒロが声をかけてきた。 「いや、この間の会議の事なんだけどな、ちょっといいか?」 「うん?──────」 言われて、ウェイブが少し答えに間をおいた。すると、 「あ、では私は先に行って部隊の指示を伝えておきますね」 すぐに察したように、アルがそういう。 「ああ、頼む」 「はい。では」 ぺこりとヒロに頭を下げて、アルは初夏の光の中を歩いていく。 「………………」 その後ろ姿を見おくってから、 「それで、どうしたんだ?」 ウェイブは視線をヒロにもどす。すると、ヒロはむぅん、と難しい顔をしてこちらを見あげていた。 「……なんだ。」 「……いや。……もしかして悪い事をしたか?」 「………………………………。」 ヒロにしては珍しく気がついたらしく(失礼な)、少し申し訳なさそうにウェイブにいった。ウェイブは表情をかえずにただ黙って魔王の娘を見下ろしている。 「……アルとは別に、そういう仲ではない」 「そうなのか?」 意外そうな声を出す。ウェイブはまた黙って答えを返さない。 「だって、以前お前が他国の援軍でやって来た時はもっと、こう……なんというか……」 冷徹な視線でも、憎しみにもえる瞳でもなく。 その目には感情というものが灯っていなかった。そう、強いて言うなれば。 「……虚無に近かったぞ」 「………………」 全てに絶望をし、ならば、その全てを自分の手で消しさろうと。 誰も受けいれず、ただ、黙々と。 拒絶よりももっと深く黒いもの。虚無。 「そのお前があの娘の前では、昔のお前ほどではないにしても、ちゃんと笑っている」 「………………」 「確かにそういう仲ではないかもしれんが、お前は、あの娘が大切なのだろう?」 あの時、全部失ってしまったと思った。 全てに絶望したあの時から。 だのに、あの娘はそのなくしたもの全てをもって現れた。 真っ直ぐな、真摯な瞳。 「……君がそんな事を言うとは思わなかったな」 「どういう意味だ?」 ウェイブの感想にヒロはむっすりと不機嫌そうになる。 「……以前の君なら、気がつかなかっただろうと思ってな」 「………………………………………………。」 すっぱりと、無表情で言われてヒロはますます不機嫌そうに眉を吊り上げた。 だがしかし。的は得ている。 もともと、そういった事には殊更鈍感で、興味も無かったはずである。……とはいっても、ヒロとあったのはまだ彼女がほんの小さな子供の頃だ。そんな頃からそういった事に鋭く興味をもっていたら、それはそれで問題だ。 「……あの傭兵か?」 「え?」 「君が昔よりも、人の前で素直に笑うようになったのは」 「────────」 ふいの台詞にヒロは言葉を失う。 以前戦場であった時に、この娘の側につかえていた金と黒の髪の傭兵忍者。 こちらに来てから、一度、その男とヒロが一緒にいるのを見た事があった。 昔のように、人間を拒絶していた頃が嘘のように、彼女は穏やかに笑っていた。 「………………それはつまり、お互い様だ、と言う事か?」 まだ不機嫌そうな顔のまま、ヒロがウェイブをにらみあげる。それはどこか、すねた子供のようだった。 「……さぁな」 気の無い返事にヒロはますます不機嫌になったようにふくれる。 「……だが」 「ん?」 ふ、と雰囲気が和らぐ。 「……悪い事ではないな」 あの無邪気な笑顔。真っ直ぐに、何にもとらわれずに『己』を見てくれるあの娘。 その娘によって、己でも気がつかぬうちに何かがかわりはじめている。 変化。変容。 新たな自分を見つけ出す事。なくしてしまった自分を取り戻す事。 「…………ああ」 ヒロは、今度はひどく嬉そうに笑った。 ←BACK NEXT→ 『小説』に戻る。 『サトヒロ同盟』に戻る。 |