独白



 月日が流れて時は1005年。
 この年、シンバに国を譲り渡し、どこかへと姿を消してしまっていた大蛇丸が帰ってきた。
 「大蛇丸が帰ってきてくれて嬉しいよ!これでもっと戦況が有利になる!」
 まだ年が明けたばかりで、雪ぶかいこの時期。外は寒いけれどシンバはがぜんやる気を出して燃えて
いた。
 「はははっ。はりきってるなぁ、シンバ」
 はたから見ると、何とも仲の良さそうな兄弟と言ったところだろうか。
 「あ、あのね、大蛇丸たちが帰ってくる前に、ここに凄い人が仲間になってくれたんだよ!」
 「へぇ?誰だい?」
 「あのね」
 シンバが名を言おうとした時。
 「シンバ、はいるぞ」
 少女の声がして、戸が開いた。立っていたのは、何やら枚数の多い紙束を持ったヒロだった。
 「 ──────── 」
 「お、よう!お姫さんじゃねぇか!」
 ヒロの姿を目に止めて、大蛇丸が至極嬉しそうに挨拶をした。ヒロもシンバの部屋の中にいるはずの
ない相手の姿を認識し、戸を開けたまま動きを止めた。
 で。
 ぴしゃり。
 「ああっ!!」煤i ̄□ ̄)
 何も言わず、それはすばやい動きで戸を勢いよく閉めてしまった。大蛇丸とシンバは驚いて声をあげる。
 「何で、いきなり、人の顔、見たとたん、しめ、やがんっだっ!」
 「うるさいっ!だいたい、何で貴様、こんなところに、いるんだ!!」
 戸を開けようと踏ん張りながら喋る大蛇丸に、向こう側から、戸を閉めようと力をこめるヒロ。シンバ
はおろおろしながらそれを見守っている。
 「帰ってきたんだ!文句あるか!!」
 「ある!!」
 きっぱり言われて大蛇丸は汗タラになる。
 「え、ええええと、ひ、ヒロ、どうしたの?何か用があったんじゃないの?入っておいでよ、ね?」
 このままだとどっちも引かない押し問答になりそうなので、シンバが話題を変えようと声をかけた。
 「用はあるが、とにかくそいつを追い出せ!!」
 「何だよそりゃ!」
 しばらくその状態が続いた。


 「えと…と、とりあえず。どうしたのヒロ?」
 折れたのはヒロの方だった。いつまでやってても仕方ないしくだらないと言う事で。
結局大蛇丸を追い出す事はできずに、彼はそこにいる。ヒロは大蛇丸に目もくれずにシンバの質問に答 える。
 「ああ、これを持ってきたんだ。サトーが頼まれたらしいな」
 そう言って持っていた紙束を渡す。見ればそれは各国の情報が事細かに記された報告書。
 「サトーのおじさんから!有難う!あとでソルティと見るね」
 シンバはサトーの事を呼ぶ時、すっかりその呼び名が定着してしまっている。初めて会ったときはお
じさんと呼ばれるほどの年でも・・・いや、あったけれど。既に二十を越え、少年から青年になったシ
ンバにいわれると何だかもの悲しいものがある。
 「サトー?」
 大蛇丸が片眉を上げた。
 「うん、ヒロと一緒に仲間になってくれたんだ!今は他の仕事で忙しくていないけど・・・そういえ
ば、大蛇丸達とは昔からの知り合いだよね?」
 「いや、知り合いっつーか、なんつーか」
 正確には敵同士だったのだが。
 「なるほど。何で姫さんがここにいるのか不思議だったが、そうか、サトーの奴か・・・」
 ちらりとヒロを横目で見る。その視線に気がついたヒロはぎろりと睨み返してやった。
 「おっと、怖いねぇ。だが、怒った顔もかわいいぜ」
相も変わらず、と言ったところか。そういいながら、大蛇丸はヒロの肩に手をまわす。
 「気安く触るな」
 パン!と音を立ててヒロはその伸びてきた手を払いのけ、そして底冷えのしそうな鋭い視線をつきつ
ける。はっきりとした拒絶の態度に、大蛇丸は少し呆気とした。
 「用件はそれだけだ。ではな、シンバ」
 「うん。ありがと。あ、そうだ!ね、サトーのおじさんは元気?久しぶりに会いたいな」
 「元気だが・・・諜報活動のほうが忙しいようだから、無理だろう」
 「そっか、残念」
 ヒロの言葉に眉を下げてため息をつく。
 「じゃあな」
 何事もなかったかのように、見事に大蛇丸を無視して立ちあがり、ヒロはさっさと部屋から出ていっ
てしまった。
 「・・・どうしたんだ?お姫様。前はもうちょい可愛げがあったと思ったが・・・」
 以前あったときも同じように口説いたら、顔を赤くして怒鳴り返してきた。それが今は。
 「あー、そりゃそうだよ」
 ぺらぺらと報告書をめくりながら、シンバがのほほんと言った。
 「そりゃどういうこった?」
 「だって、ヒロにはサトーのおじさんがいるからね。ちゃんと好きな人がいるんだから、他の男の人
が声かけても駄目だよ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 この青年と話していると、こっちまでのほほんとした気分になってきてしまう。だが、今の大蛇丸に
は今、さらりと言われた驚くべき事実に開いた口がふさがらない。
 「大蛇丸?」
 間抜けな顔で止まっている大蛇丸を怪訝そうにシンバが見た。その声で我に返ったというわけではな
いが、大きくかぶりを振って驚愕の声をあげる。
 「・・・・・って、おいおいおいおいおい!!そりゃマジかよ!マジで姫さんとサトーが?!」
 「そうだよ?え、そんなに意外なの?」
 「意外も意外!前、会ったときはそんなん全然感じなかったからなぁ!はぁん。なるほど。しかし驚
いたねぇ!まさかあのサトーが。お姫さんにねぇ」
 顎に手をあて、神妙な顔で呟いた。
 「おじさんがヒロを好きだと、そんなに意外なんだ?やっぱり相手が魔族だからとか?でも、そうい
うのって、あんまり関係ないんじゃないかな。誰かを好きになったら、種族の違いとか身分の違いとか
って、気にしなくなっちゃうから」
 裏表のない、屈託ない笑顔。あまりの邪気のなさに、大蛇丸は毒気を抜かれる。
 「・・・お前って、幸せな奴だなぁ・・・」
 「なんだよ、それ!」
 馬鹿にされたかのようなその言葉にむっときて、シンバがふくれる。だが、大蛇丸は小さく笑いを吹
き出して、目を細め、至極嬉しそうに言う。
 「誉めてんだよ。いい奴だよな。お前」
 「?」
 そう言って頭をぐりぐり撫ぜる。

 確かに、止められないほどに誰かを好きになってしまったら、種族の違いや身分の差など、ちっぽけ
な定義でしかない。そんな小さなものなど蹴飛ばして、ただ、相手を求めてしまう。
 だが、心というのは厄介なもので。
 セーブの出来ないあまりにも強い想いは、その相手だけでなく、周りの者にも迷惑をかけてしまう。
そうなる前に、大概は想いを封じ込めてしまい、消えない痛みを伴ないながら過ごしてゆく。
サトーもある意味そうだった。自分の想いで、相手を、ヒロを傷つけたくないが為に心を殺してきた。
相手のため、などと言って、本当は想いを打ち明けて嫌われてしまうのではないかという恐怖もつきま
とう。だが、彼の場合は自分の想いより、ただ、彼女を守りたいが一心だった。

 「んで、そのサトーが持ってきた報告書は何だって?」
 がしがし頭を撫ぜながら、ふと思い至ったように大蛇丸が聞く。
 「あ、うん。魔王軍がね。南の方を制圧するのをやめて、こっちの方へ矛先を向けてくるみたいだっ
て。僕達と魔王軍の間にルネージュとイプシロイアがあるけど、どうやらイプシロイアを攻めこむみた
いなんだ」
 


 さて。その頃ヒロは。
 とりあえず暇なので日当たりのいい窓辺で外を眺めていた。日の光をうけ、白い雪がきらきら光って
いる。
 「ん・・・?」
 眺めていると、人影が遠くに見えた。すばやい動きで建物の間を飛び越えて、音も無く向こうの窓辺
に降り立った。その身のこなしが、サトーのそれと似ていたので忍者なのだと分かった。
 青みがかった艶やかな烏のぬれ羽色の髪。その色と似た藍色の瞳をしているようだ。怜悧な整った顔
立ちの女性。
 見覚えがある。確か以前、大蛇丸と一緒にいたくの一だ。
 「・・・騒がしくなるな」
 そうぼやいていると、
 「姫様」
 どこからともなく低い、ヒロにしか聞こえないほどの声が聞こえてきた。
 「サトーか。どうした?」
 声の相手がわかっているヒロは、姿はないけれど話し掛ける。すると、音も立てずにサトーが現れた。
 「すまねぇ。報告書を一部忘れててな。渡しといてくれるか?」
 そう言って、まとめられた紙の束を渡す。ちゃんと、公用語のイプシロン文字で書かれた緻密な内容。
 「分かった、渡しておこう。・・・そうだサトー、シンバが会いたがっていたぞ?どうせなら今、一緒に
いくか?」
 先程のシンバを思い出してヒロが言う。
 「うん?そうだなぁ・・・。顔見せくらいならいいか。久しぶりだしな」
 顎をひとなでしてから、答えた。
 シンバは一国の王だ。いろいろ忙しくて報告書を持っていっても、会う事はあまりない。サトーの方
もそうはのんびりしていられないので、ヒロ達に報告書を渡すと、さっさと次の仕事へとうつる。
だが、ヒロにだけは毎回、どんなに時間がなくても顔見せだけには行くが。
 「しかし、あの馬鹿もいるかもしれんな・・・」
 眉をひそめて一人ごちる。
 「あの馬鹿?」
 「・・・大蛇丸だ」
 先程あった飛竜の名をいう。すると、サトーは少し複雑そうに片眉をあげる。それからやや間があっ
てから、わずかに苦笑した。
 「いいさ。いこうぜ」
 ぽんと背中を叩いて促した。
 ヒロは大蛇丸とサトーの間に何があったのかはよく知らない。ただ、昔は敵対していたと言う事だけ。
サトーの複雑な何とも言い難そうな表情は、ただ、敵対していた相手というには足りない。けれど、サ
トーは何も言わない。
いわないのならば、あえて無理にきく必要もないだろう。と、少し寂しい想いを秘めながらも思った。



 「シンバ、いるか?」
 シンバの部屋の戸を開けると、何だかいつのまにか人が増えている。
 シンバと大蛇丸。そしてソルティもいた。他にも二人。サトーや大蛇丸よりも年かさの、片目のない
男と、先程見たくの一。
 「!!!!」
 それはまさに瞬時。お互いがお互いを目に止めた瞬間、男とくの一、そしてサトーは身構えた。
 「大魔王の娘!?それに・・・!」
 「・・・・サトーっ!!」
 「・・・やっぱりなぁ。大蛇丸が帰ってきてるってきいて、多分とは思っていたが・・・」
 皮肉じみた笑みで言いながら、サトーはヒロの前に出る。
 「貴様等、何故ここにいる!!」
 男は今にも腰に携えている刀を抜刀しそうな剣幕で怒鳴り散らした。ヒロは別段驚く様子も見せない。
自分に向けられる人間からの殺気は飽きるほどに受けている。
ただ、サトーをつれてきたのは失敗したかと思った。過去に何があったかは知らないが、根が深そうだ。
 サトーは変わらず、向けられる殺気に真正面から向き合っていた。
 「おいおい、こんな所で殺り合う気か?蓮撃」
 緊張した空気を払いのけるように、大蛇丸がのっそりと立ち上がって、男の刀にかかっている手を押
さえる。口調は相変わらずくだけている。
 「大蛇丸様!!」
 「やめとけって。味方斬ってどうするんだ」
 「・・・味方?!こ奴等が、ですか?!」
 大蛇丸の言葉に驚愕して、蓮撃と呼ばれた片目の男は再度聞き返す。
 「そ。言ってなかったけか?」
 「きいておりません。」
 けろっとした態度の大蛇丸にこめかみに青筋びしびし立てながら蓮撃がいう。
 「ま、とにかくそう言うわけよ。だからそう熱くなんなって」
 軽快な声。そうしてぽんぽんと蓮撃の肩を叩く。
 「・・・・ですが!!こ奴は大魔王の娘!魔族ですぞ!!おまけにそこにいる男は、国を飛び出し、人間
でありながら魔族の臣下などに下った裏切り者!!捨て置くわけには参りませぬ!!この場で・・・!!」
 「殺す気か。貴様」
 再び刀を握ろうとした蓮撃に、不意にヒロがひどく威圧の込めた低い声で呟いた。
 一同の視線がヒロへと向けられる。
 「私を殺したいと思うのは勝手だ。だが、こいつをも殺そうとするならば、まずは私を斬ることだな」
 「姫様!」
 サトーを押しのけてヒロは前に出る。
 ひたり、と、赫い、魔族特有の瞳が蓮撃を鋭く捕らえる。
 「貴様等の過去に何があったかなど私は知らん。だが、貴様がこいつを斬るならばまずは私を殺せ。
こいつは私の臣下だ。私はシンバの傘下には入ったが、サトーは私に仕えているのであってここに仕え
ている訳ではない。・・・・私のものを奪うと言うならば、先に私を殺す事だな」
 「・・・・・・っ」
 誰しも息を飲み、竦み上がらせてしまうかのような威圧に、蓮撃は言葉を飲み込んだ。
 「・・・や、やめようよ!そんな、殺すの殺さないの!!昔、何があったのかは知らないけど、今は
皆仲間だろ?!魔族とか、人間とかも関係ないし!!」
 「シンバ」
 肌が痛いような殺気に耐え兼ねて、シンバが声を張り上げる。半ば泣きそうな表情。
 「駄目だよ、そんな、仲間なのに、殺すとかって・・・っ!」
 「・・・・・・・」
 シンバの言葉に一同は押し黙る。その中で大蛇丸が小さくため息をついて、シンバの頭を軽く叩く。
 「・・・シンバの言う事はもっともだ」
 「大蛇丸」
 「蓮撃、確かに姫さんは魔族だし、サトーももともとは俺等の敵で、しかも魔族の姫さんに従っては
いる。だがな、ちぃと視野が狭過ぎやしねぇか?魔族も人間も同じ生きてるんだし。いつまでもしがら
み背負って生きてるもんじゃねぇ」
 「ですが・・・」
 「・・・おめぇが許せねぇ気持ちもわからないでもないがな。今はそんなこと言ってる場合じゃねぇ
だろ?全部終わってからでも、それからでも遅くはねぇ。今はとりあえず、そういうの無しでいこうや。
そんなもんに縛られて生きてくなんざ、つまんねぇじゃねぇか」
 一つの事に拘りすぎて、相手の全てが見えていなくなってはいないか。
 それぞれが、それぞれの想いで生きているのだ。譲れぬ事があるのも分かる。だが、少し見方を変え
るだけで、今まで見えなかった相手の印象がひどく変わるものなのだ。
 拘りすぎてはいけない。さまざまな角度から物事を見たほうがいい。それは、相手にだけではなく、
己にとってもいい事だ。
 そして何より、その方が生きてゆくのに楽しいではないか。
 「・・・・大蛇丸様・・・」
 大蛇丸の言葉に、蓮撃は恐縮しきったように呟く。
 「不如帰、お前もいいよな?」
 「・・・私は大蛇丸様につかえる身。大蛇丸様がおっしゃられるのなら」
 「・・・・・」
 その返事に少し大蛇丸は何かいいたげだったが、結局何も言わなかった。
 「・・・相変わらずだな、あんた」
 「うん?」
 サトーが苦笑しながら大蛇丸を見る。大蛇丸はわずかに笑って見せた。
 「・・・・はーっ、よかったぁあ・・・・」
 ようやくとけた緊張に、シンバが心底安心したように、胸をなでおろした。
 「やっぱり、皆仲がいいのがいいよ。争ったり、憎んだりなんてどうしても嫌だよ」
 「・・・そうだね、シンバ」
 困ったように笑うシンバに、ソルティが気取られないほどに微かに辛そうな笑みを浮かべた。
 「・・・ふん。貴様もたまにはまともな事をいうのだな」
 「たまにはって、ひでぇな」
 ヒロの言葉に大蛇丸が眉を下げる。だが、ヒロにしてみれば事実を言ったまでだ。
 「とりあえず。シンバ、これを渡しておくぞ。先程の残りだそうだ」
 「え?あ、うん。ありがと」
 「戻るぞ、サトー」
 持っていた書類をシンバに私、ヒロは身を翻す。そうして、蓮撃達を一瞥した。その視線に気がつい
て蓮撃は何やらいいたそうではあったが、言葉を飲み込んだ。ヒロも「ふん」と、一言呟いてサトーを
促し部屋をでた。
 「あ、おい、サトー!」
 と、出て行こうとするサトーを大蛇丸が不意に呼び止めた。立ち止まり、何事かと振り返る。大蛇丸
は持っていた徳利を見せながら笑っていった。
 「今度、一緒に酒でものもうぜ」
 「 ──────── 」
 言われて驚く。相手は屈託なく笑っていた。
 昔の事に拘らず、ただ今は、共に杯をかわそう。
 それにサトーは、内心、本当に相変わらずだと呟き、首筋をかいてから苦笑した。
 「・・・・ああ。そうだな」




NEXT→

『小説』に戻る。

『サトヒロ同盟』に戻る。




続くー。続くのですー。
いや、書いていると長くなってしまって…。一回きらねばと。
前編…だといいのですが。
大蛇丸がでばります。大蛇丸のキャラトークに書いてあったシーンが出てきてますね。少し改造しましたけど。
殿にしかいえん台詞かと。思うんです。
拘りもいいけど、必要以上だとせっかくの人生、楽しく生きていけない。そんなのは真っ平だ!と。
細かい事は後編のあとがきでー。