「敵って…ひゃあぁああっ?!」 繰り返して問いかけようとすると、再びシローが自分の体を抱きかかえ、後ろへと跳躍した。間髪いれず、四方手裏剣がつきささる。 ざん!と鈴魚を抱き抱えたままシローは土埃をあげて降りたつ。 「誰だ!!」 いつもびくびくおどおどとしている少年の口から発せられるとは思えぬほどの強い語調。きっと闇色の影を睨む。 太陽の炎の光がさし込む山道は、影を作る部分が一層濃い闇色となる。そこにまぎれるように数人の影。 「…童子、か」 ひくく、篭った声が聞こえた。 音もなく動いた。わずかな太陽の残光にその姿がぼんやりと浮かび上がる。 黒装束。この国特有の造りの衣装。 「興ざめだな。一国の主の護衛がこんな童子一人だけとは」 「その君主もまだ本当に子供じゃないか。噂には聞いていたが、こんなに幼いとはねぇ」 呆れた口調の後に、軽い調子のからかうような声が続いた。 ムロマチ───ジポングの者らしいいでたち。だが、その言葉には微妙に訛りを感じた。 どこかの大名の差し金か、と思った。 この大陸が統一され、数年たった時、当時のムロマチ君主は追放された。反逆者として。 それに乗じて帝国に取り入り、東方を己が手の内に治めようとした者達が幾人もいる。だがしかし、帝国のやり方に反発を持つ民衆が、帝国に取入った者を受け入れるはずもなく。 東方四天の内3つはかつてからその大地を治め続けていた者達の血族がやはり治め、ムロマチもまた、追放された主の娘を君主とした。 主は奔放で豪快なその性格が民に好かれており、例え帝国から追放された反逆者とされても、民は帝国よりも反逆者を選んだ。 彼の血を受け継ぐ子を選んだ。 だがしかし、主の子は娘でありまだ成人もしていない幼子である。その下に立つ事を良しとしない者達はどうしても出てくる。 だから、その関係かとおもった。 ────だが、少し違うようだ。 「…童子をやるのはあまり気がすすまんが…これも仕事なのでな」 誰が雇い主かは知らないが、この者達の発音はジポングの者ではない。 「ボロイ仕事だよな。このガキを消せば元から集束力の弱い四天同盟は崩れる。そうすりゃ簡単に攻略出来るってわけだ」 「おい!」 からから笑いながらいう者に、低い、声からして年嵩のものだと思われる男が叱咤した。 「いーじゃないか。どうせ相手はガキだ。何より、これから死ぬ。」 にぃ。と獲物を狙う蛇のような笑い。 瞬時にシローはクナイを構える。 四方の集束力がなくなり、攻略出来る。 ああ、そうか。 この者達は外部の手の者だ。 わざわざこの国特有の装束を着ているのは、その方がここでは動き易いからだ。 「…姫様」 ぼそりと小さい声で、自分の腕の中にいる君主に囁きかける。 「僕があいつらの足どめをしますから、どうかその隙にお逃げください」 「何をいうか!シロちゃん!」 シローの言葉に鈴魚はむっとして声をあげる。ただし、あくまで小声で。 「予はシロちゃんより強いのじゃぞ!あんな奴ら、予が倒してくれようぞ!」 「そうかもしれませんが、駄目です!」 「何でじゃ!」 いつもだったら一言怒ればすぐに縮こまって引き下がるのに。だのに今日はきっぱりと反対され、鈴魚は尚更頭にきた。 「確かに姫様はお強いですが、万が一にも姫様が怪我を負われたら御館様や蓮撃様に申し訳がたちません。それに」 鈴魚を腕の中から解放してやる。 「僕達忍びは、主を守る為に生きているのです」 「……」 主の影となり。盾となり。 命令をただ黙々と完璧に遂行し。 主を守る為ならば己が命をも差し出すいきもの。 そう教えられた。 そうして自分は、まだ幼いけれど自分は、その価値のある主の下にいる。 そうして自分はただ、純粋にこの姫君を守りたい。 「…………」 むっつりと、鈴魚はだまりこくる。 昔から本当に、変なところでは頑固だ。いつもなら困り果てながらもついてきてくれるのに。 「…シロちゃんのくせに偉そうじゃぞ。」 「す、すみません」 言われて、シローは顔を赤くして謝る。いつもと同じ。 「だいたい、それなら予とシロちゃんであやつ等をぶちのめせばいいではないか!シロちゃんだけじゃはっきりいって心もとないわ!」 さっくりと傷つける言葉にシローはいつもの事だが、内心涙する。 「だ、だから、姫様が怪我をされてしまっては事です。とにかく早くいってください。きっと、蓮撃様が近くまできておられますから」 「お話は終わったかい?」 ふいに声をかけられ、シローと鈴魚はそちらの方を向く。 「いってください。姫様!」 どん!とシローは有無をいわせず、鈴魚の背中をおした。少しつんのめってから、ととっと体制を立て直す。そうして軽くふりかえり少年の背中をみた。 「……シロちゃんの馬鹿者ー!!!!」 大声でそう、怒鳴りつけてから、鈴魚は全力で山道を駈けおりた。 「お姫様だけでも逃がそうとする少年忍者。いやぁ、小さいくせに忠義だけはご立派ご立派」 パンパンと大げさに拍手をする年若い刺客。 「そのへんでやめておけ。さっさと片付けて追うぞ」 「りょーかい」 年嵩の男に睨まれ、年若い男は間延びした声で返事をする。 「すまぬが、童子。全て殺せとの依頼なのでな」 そういって腕を軽くふる。すると、鎌のような刃が現れた。暗器だ。 「姫様には、指1本ふれさせない!」 「ははぁ!威勢がいいなボーズ!」 山の向こうへと落ちる太陽の残光が、一瞬強く光って、消えた。 BACK NEXT 小説トップへ。 |