永望





 「…よぅ、姫さんよ」
 「何じゃ極楽」
 「城の中で待ってねぇか?もう真っ暗だぜ?」
 「いやじゃ」
 即答。
 城の門の前で、鈴魚がしゃがみ両足を抱えこんでうずくまって座っている。じっと、目の前にある城へと続く一本道を睨みつけるように。
その隣には、腰に刀と銃を携えた、奇抜で派手な格好の一人の侍。金の髪をはねあげるように高くゆいあげ、片手には煙管。
 「…は。頑固だねぃ」
 極楽丸は煙草を吸いこんでから、ぷかりと煙をはきだす。
 周りはとっくに日が落ちて、静かな闇につつまれている。城下の街の光が遠くにまるで星のように見える。城内のいたる所でも明かりが灯され、門の両脇でも篝火が火の粉をちらし、あたりをぼんやりとてらしていた。
 「蓮撃のジィさんが一緒ならシローの奴も大丈夫だって。それよか、こんな所にいて姫さんが風邪でも引いたら、そっちの方が大変だぜ?」
 「うるさいのじゃ。そんなに戻りたければ、お主だけもどればいいじゃろう。だいたい」
 前を見つめていた鈴魚が、むっすりと不機嫌な顔で極楽丸をみあげる。
 「何でお主がここにおるのじゃ」
 「そりゃ、姫サンをこんなとこで一人にしておけるわけねぇだろ?そんな事したら、オレが蓮撃のジィさんに殴りたおされちまう。それでなくてもいつも怒鳴られてるのによぅ」
 「ふん、いつも女郎の所にあしげくかよって無駄金つかってるからじゃ。少しは自粛せぬと身を滅ぼすぞ?」
 その言葉に、こっそりと極楽丸は姫サンにいわれたくねぇなとか思ったりした。戦場で彼女の目に叶う男をみれば、戦にも関わらずその場で口説きはじめるのに。
 「…とにかく、もうすぐ帰ってくるだろうからよ、城ん中入って待ってようぜ?」
 「だーかーら、お主一人で戻っておれといっておるじゃろう」
 頑として、ここを動かぬ姿勢を取る鈴魚。極楽丸は、片眉をあげて、くわえ煙管をしながら頭をがりがりとかく。ほとほと困ったという風に。
 と。
 「?」
 不意に、がばりと鈴魚が立ちあがった。それをみて極楽丸は彼女の視線の方を見やる。馬の樋爪の音が規則ただしく、闇の中から聞こえてくる。
 「…シロちゃん!!」
 「あ、おい、姫サン!」
 だっと、鈴魚が駆け出した。それに一瞬遅れて、慌てて極楽丸も追いかける。
 「シロちゃん、シロちゃん!」
 こちらに向かって来るのをまてないかのように、鈴魚は声をあげながら駈ける。篝火にてらされた闇の中から、ぼぅ、とその姿が浮かび上がる。
 「…姫」
 その声に、かつ、と馬の手綱を引いて馬を立ち止まらせる。声の主は蓮撃。その腕に抱かれているのは、傷だらけの幼い忍びの少年。
 「蓮撃!シロちゃんは…?!」
 馬の足もとにきて、大老をみあげて焦るように問いかける。
 「…姫、こんな時間まで、こんなところで何をしておられたのですか」
 「御主等をまっていたのじゃ!のう、シロちゃんは大丈夫なのか?!」
 両手をぎゅっと握りこみ、心配げに眉をさげながら、再度蓮撃に問いかける。そんな鈴魚をみてから、後ろにいた極楽丸をじろりと見やる。その視線に気がついて、慌てて極楽丸は両手をあげた。
 「お、オレは何度も戻るようにいったんですよ!でももどらねぇってんで、しょうがないからこうしてついてたんですが…」
 「そんな事よりシロちゃんはどうなのじゃ、蓮撃!!」
 言葉をさえぎり更に声をはりあげた。
 「…大丈夫ですよ、姫。命に別状はありません。ですがそれでも少々酷い怪我をおっているので、すぐに医者にみせねば」
 「医者、医者じゃな!極楽!すぐに医師をよんでまいれ!すぐにじゃ!!」
 「へ?」
 「へ?ではない、はよう行かぬか!!!」
 「あ、あいよぅ!」
 せっつかれて慌てて極楽丸は城の中へと駈けこんでいった。
 「では、私達も参りましょう」
 そう言いながら、蓮撃はそっと馬からおりた。腕の中のシローを下手に揺らさぬようにここまで馬を歩かせていたのだが、ここまで来たら己の足で行った方がいい。
 「シロちゃんは、本当に大丈夫なのか?」
 己の服を掴みながら、不安げにみあげてくる姫君。
 「大丈夫ですよ、姫」
 再び同じ事を繰り返し言いながら、蓮撃は馬を家臣に預けて城の中へと鈴魚と共に入っていった。
 


 BACK  NEXT

 小説トップへ。