「これでいいでしょう」 ぱしゃり、と、そばにおいてある桶の水に布を浸してしぼり、それを目の前で布団に横たわっている少年の額にのせる。 少年はいたるところを包帯などで白くまかれ、傷だらけの先ほどよりはまだましなものの、その姿はやはり痛々しい。 「流石に鍛えてあるだけはありますね。この細い身体でよくまぁ戦えるものだ」 感心したように小さく笑って初老の医師が言う。 「シロちゃんはもう大丈夫なのか?」 シローを挟んで医師の向かいに座っていた鈴魚が身を乗り出して訊く。 「はい。ですがそれでもしばらくは絶対安静です。無理をしたら治るものも治りません」 「うむ。分かった。シロちゃんに言っておくのじゃ」 こくりと頷いて、鈴魚はシローに目をやる。 片目が包帯でまかれてあり、口元にも手当てがされているが、殴られたのか少しはれあがってしまっている。 それでも今は、落ちついたように規則正しい呼吸をくりかえし、眠っている。麻酔がきいているようだ。 「それでは私はこれで」 「うむ。夜分遅くにすまなかったのう」 「いえいえ。姫様の頼みでしたら」 そう言って、医師は部屋からでていった。 「姫」 入れ違いに蓮撃がはいってくる。 「姫様、もう遅いですし、もうお休みになられてください。シローは私が看ますゆえ」 「いやじゃ。」 「姫」 「こればかりは言う事は訊けぬぞ。蓮撃」 そう言って、ぬるくなった額の布をとって、水にひたす。その白い小さな手できつく絞って、再びシローの額にのせてやる。 「…予に、もっともっと力があれば、あんな奴らなぞ、すぐに倒せたのじゃ」 「………」 「…確かに忍びは君主を守る為に戦うのかもしれん。じゃがその前に、君主は皆を守る為に戦うのじゃろう?」 振り返り、蓮撃をみあげる。 「皆に守られてるだけの君主なぞ、ただの御飾りにすぎぬ。君主と言うのは、皆を守る為におるのではないのか?」 「姫…」 強い意志を秘めたるその琥珀の双眸。 普段はやれ野駈けだやれ婿探しだと、政務を嫌って奔放に駈け回っているのに。 今起きている戦ですら、政(まつりごと)だと豪語するのに。 それでもこの幼い姫君は、本当にすべき事を知っている。 「大好きな者等を守れもせず、ただのうのうと守られるだけなぞ、予は嫌じゃ。例え御主らが予を守ってくれても、御主らがいなくなってしまうのは絶対嫌じゃ」 誰一人、欠けてはいけない。 それはこの戦乱の中では到底、無理からぬ事。 だけれど、それでも。 「…それに」 「………」 「…さっきも言ったように、シロちゃんは予の友達じゃ。君主やら臣下やらなぞ知らぬ。友達の看病くらいしなくてどうするのじゃ」 己の為に命を簡単に投げだし、盾となる者。 そんなものしらない。そんな関係なんていらない。 ただ純粋に友達を心配し、看病する事の何処が悪い。何故いけない。 「だから、シロちゃんの看病は予がするのじゃ」 きっぱりと、挑むように言い放つ。 それに蓮撃は少し笑う。 ああ。 やはり親子なのだな。 金と黒の髪の、金の瞳をもつ我が君主。 いつも自分に無茶難題をふっかけたり、奔放にふるまってはいらぬ心配をかけたり、自分勝手この上なかった。 だがそれでも、けして誰かを傷つけるような横暴なことは一切せず、それどころか、己の身一つで皆の前に立ち、誰かの後ろに隠れるような事はせずに、常に先陣をきり戦っていた。 王だから君主だからとはなにかけるでもなく、誰とでも親しみつきあう。 何よりも己に正直な男。 再び思って、蓮撃はやはり、嬉しく思った。 「…では、姫におまかせいたします。ですが、ご無理はなさらぬよう…」 挑むような視線に優しい眼差しを返す。 「まかせておくのじゃ!」 言われて、鈴魚は自信満々に、いつものあの笑顔で応えた。 BACK NEXT 小説トップへ。 |